34.たまにはスパイスをひとつまみ
今日は結婚後初めての、ハルの誕生日だ。
夫への初めての誕生日プレゼントは、彼の生まれ年のワインにした。
夕飯と一緒に飲んで……食べ終わった今はソファでくつろいでいるところ。
まだ新婚だというのに、付き合いが長いせいかお互いもうすっかり慣れきってしまった。
彼の考え方の癖もなんとなく見えてきたから、最後まで言い切る前に意味が分かってしまうくらいくらい。
怒るポイントだってお互い分かってきたようで、付き合いたてのぶつかってばかりの頃よりもだいぶ穏やかに過ごせている。
毎日幸せだし、嬉しいっちゃ嬉しいんだけど。
なんだか色々かっ飛ばして、もう熟年夫婦みたいになっちゃって……なんとも微妙な気持ち。
思い描いていた甘い生活と、全然違う毎日。
(こんなでも、一応まだ新婚なんだけどなぁ)
ふと隣を見るとふにゃっとした笑顔があった。
程よいほろ酔いで、心地よさそうにふわふわしている。
(そろそろかな……)
両手の拳を握り締め、ぎゅっと力を込めて。
(よし!行くぞ……!)
これから決戦だ!いざ出陣!
……なんてね。
今日は彼に喜んでもらおうって、前々から念入りに準備してきた。
(今日のために用意した、この……ちょっとセクシーな下着……!)
いつものよりだいぶ攻めてみた。
大人っぽい紫色の、でもふりふりで可愛いやつ。
さすがに、最初からもろそのままというわけにはいかないから……今は前の大きくはだけた服を着て、わざとちょっとだけ見えるようにしている。
彼はこの『予兆』に気づいているのか、いないのか。
(いや、多分気づいてないだろうな……)
なんだかもはや、夜の仕事の人みたいになっちゃってるけど……でもこれはあくまで彼のため、サプライズのためだから。
(って自分でやっといてなんだけど、やっぱり結構恥ずかしい、これ……!)
まだふわふわしているハルの両肩を強く押す。
背中をソファの背もたれから離して、今度は座面に倒れ込むように……ぐいぐいと。
彼は訳が分からないといった表情で、そのままされるがまま全くの無抵抗。
そして何度か押してようやく、彼を押し倒す事に成功した。
「……アンナ?」
ここでやっと異変に気づいたらしい彼はようやく慌て出した。
「えっ、アンナ……?急に何して……」
今からやろうとしている事はつまり。
……の、お誘いな訳だけど。
(ううう、恥ずかしい……)
こうしている間にも今にも顔から火が出そう。
恥ずかしいなんてもんじゃない。
むしろ、今までのこの流れを取り消してすぐにいつも通りの感じに戻りたいくらい。
でも、今日は彼のためにちょっとご褒美というか、サプライズしようと思ってここまで準備してきた。
だから、恥ずかしいけど……めちゃくちゃ恥ずかしいけど、ここまで来たらもう引き下がれない。
(ここで引くわけにはいかないし!今だ、頑張れ私!やるんだ私……!)
心の中で自分を鼓舞して、なんとかサプライズを遂行する。
「ねぇ、ハル……」
精一杯の甘え声で、体をくねらせ上目遣いで彼を煽る。
気分はまるで女優のよう。
といっても……真っ赤に染まった頬のせいで、どう見ても演技なのがバレバレだけど。
「ね〜ぇ?」
ハルの返事はない。目を見開いたまま、無言。
(ちょっとハル!なんか言ってよ!スルーはさすがに恥ずかしいから!)
やっぱり返事なし。
(お〜い!ちょっと、聞いてる?!なんか言ってよ!)
しばらくの間、石化したかのようにカチンと固まっていたハル。
けど、やがて意味を理解したらしく……固まったままで顔だけどんどん赤くなっていく。
(あれ?もしかして、照れてる?)
買うのも結構勇気いったけど、こうして面と向かって誘う方が何十倍も何百倍も恥ずかしいし……さらにその相手が赤面してるとなると、もっとだ。
「……」
「……」
沈黙すら今は私の敵だった。
恥ずかしくて恥ずかしくて、顔が焼けそう。
恋愛してた頃の比じゃない。
(ちょっと!照れるのは分かったから、せめてなんか一言……!やってる方は恥ずかしいんだってば!)
「ア、アンナ……」
「……」
「あ、えっと、その……」
「……」
「ええっと……」
「……」
ちゅ。
返ってきたのは、どこか異国の挨拶のような軽いキス。
「……!」
あれだけ恥ずかしい思いしたのに、うまく誤魔化されたみたいでなんだかすごい悔しい。
「な、なによ今の!ずるい!」
「『ずるい』?」
「ええ、卑怯よあんなの!」
こんなに頑張ってるのに、あれで終わりなんて……ずるい。ずるすぎる。
「それは……今のじゃ不満だったって事かい?」
「なによ、私に言わせるつもり?」
申し訳なさそうにしながらも、さっきから彼の口元は不自然な硬い直線を保っている。
(ん?ハル、まさか……笑ってる?)
唇にぎゅっと力を込めて、笑いを隠そうとしているようで……なんだか余計に腹が立ってきた。
「……もういい、もういいわ!ふん!」
そう言ってソファからゆっくり立ち上がろうとすると、いきなり強い力で引き戻される。
(……?!)
不意打ちで思いっきりバランスを崩した私は、勢いよく彼の胸に落っこちた。
「うわっ?!いきなり何して……!」
「さっきの仕返しだよ、アンナ」
ニヤニヤと笑みを浮かべて、いやらしい手つきで私の腰をねっとりとさする。
触れられた場所から甘い電流が走り、体がじんわりと蕩けていく。
「ハ、ハル……?!ちょっと、何して……!」
「言っとくけど……あんな格好で誘ってきた君が悪いんだからね?」
忙しなく上下する胸、至近距離ではっきり聞こえる吐息。
「ハ、ハル……?いきなり、なに……」
「ナニって?そんなの、分かってるくせに……」
(そんな顔、できるんだ……)
いつもの彼らしくない妖艶な笑みに、体がカッと熱を帯びていく。
「今日は覚悟しなよ」
その一言を最後に私は溶けていった。
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