31.幸せに包まれていく
静かに待つ事数分。
長々間を置いて、ようやく彼は話し始めた。
「えっと、僕は……」
「……」
「なんだろ、ええと……僕は君が幸せならなんでもいいかな」
「へっ?」
予想と違った彼の答え。
てっきり、ここは単純に『君が好き』って言うのかと思っていた。
「な、なんでもって……」
「うん。ほんとになんでもいいんだ、君が幸せならどんな形でもいい」
「……」
「君が毎日笑って暮らせれば、それでいい……それが僕の幸せだから」
まるで純愛ものの小説とかにありそうな答え。
(ほ、ほんとに……?それ、本気で言ってるの?)
「でも、そうだなぁ……」
静かな夜の景色に、月光というスポットライトに照らされた演者が二人。
舞台はクライマックスを迎えていた。
「君が側にいてくれるなら……もっと幸せだろうな」
「……!」
目を細めて私を見つめるハル。
何か声を出すわけでも飛び跳ねて喜ぶでもなく、いたって静か。
でも、心の中の激しい喜びが洪水のように溢れ……全身から漏れ出てしまっていた。
「君の笑顔は魔法の薬なんだよ。他につらい事があっても、すぐにどうでもよくなっちゃう」
そう言い、はははっと笑った。
なんだかいつもの彼らしくない爽やかな声に、これまた彼らしくない笑顔で。
(そんな顔するなんて、卑怯だよ……)
今までの二人ならまだしも、ハルまでそんな顔できるなんて。
いつものボーッとした表情じゃなくて、普通の男性の……いや、普通なんてレベルじゃない……これはもういわゆるイケメンと呼ばれるような人がするような、そんな綺麗な笑顔。
もっと言うと……心がキュンってなるような、爽やかでちょっと可愛い笑顔。
「……」
「……」
ハルは相槌を待っていたようだったけど、思わず見惚れて黙り込んでしまった。
「……だから僕は、君が幸せになる道を選んでくれればそれでいい。無理に僕のために一緒にいる必要は全然ないよ」
「ハル……」
彼は、心から私の幸せを願ってくれている。
自身の幸せすら犠牲にしてもいいと言えるほどの、深い愛。
(ほんとに、どこまでも優しい人ね……でも)
「でも、それは違うわ」
「違う?」
「無理なんかじゃないって事」
「それは、どういう……?」
「言ったでしょ?私は……あなたがいないと駄目なの」
「……!」
「だから、あなたと一緒にいたいの。この気持ちに無理も何もないわ……私の本心よ」
彼は信じられないといった感じで、二、三度大きく瞬きをした。
「アンナ……!」
次の瞬間、私の目の前は真っ暗になった。
暖かいハルの胸元に顔を埋めて、彼の匂いに包まれて……じんわりと体が蕩けていく。
お互い顔は見えないまま。
でも、気持ちは伝わってくる。
段々と熱を持ち高まっていく体温と、もはやどちらのものだか分からないけたたましい鼓動が、二人の溢れる感情を代弁してくれていた。
(ああ、幸せだなぁ……)
この感じ……いつぶりだろう?
久しぶりの触れ合い。
でも、以前とはまるで内にある感情が違う。
ハルも男性だし、異性と触れる時のドキドキはある。
でも、それ以上になんだかポカポカというか……心が満たされていくような感じがして……
(いや、いつぶりとかじゃない。これは、きっと……『初めて』だ)
「ええっと……じゃ、じゃあ……これは、あれか」
「へ?『あれ』って?」
いきなり変な事言い出すから、急に現実に戻されてしまった私。
甘いムードはサーっと消えていき、暗闇の向こうでブヒヒーン!と鳴く馬達の声が響いている。
(えっ……何?何かあるっていうの?)
「その……」
ゴクリ、とお互い唾を飲み込む音が聞こえた。
「僕達……つ、付き合おっか……?」
「……?!」
なんで疑問系?!
っていうか、溜めておいてそれだけ?!
色々と突っ込みどころ満載のセリフに、いつもの私なら多分そう返してた。
でも、今はそれよりもはるかに……嬉しさが上回っていて。
「ハル……!」
勢いをつけて、ぼふっと彼の胸にまたダイブ。
ふわふわしっぱなしの私の脳は、まだ彼の感触を欲しがっていた。
「うわっ!ア、アンナ?!」
なんだよいきなり!とか言いながらもその声は弾んでいて、ますます嬉しくなりギュッと抱きつく。
その私のギュッに反応して、彼はさらに強く抱き締め返してきて。
(好き……!)
私は……いや、私達は幸せに包まれていった。




