29.二人を照らす月明かり
月明かりが照らす夜道を静かに歩く。
と言っても、屋敷からその側に停めた馬車までのほんの数メートルだけど。
目の前には見慣れた背中があった。
手を伸ばせば届きそうなくらい近い距離にある、『彼』の広い背中。
彼も彼で意識しているのかいないのか、少しゆっくりとした足取りでこちらが近づくのを待っているようにも見える。
でも、今は話しかける勇気が出ないでいた。
(ハル……)
今日は晩餐会があった。
気もそぞろであんまり内容は覚えていないけど……いつもより人数が多くてかなり賑わっていたのと、最後に出たデザートのレアチーズケーキが美味しかったのだけはなんとなく覚えている。
そして、今はその帰り道。
会場に入るなり、すぐにハルの姿を見つけた。
でも、なかなか声をかけられずにいて。
彼もこちらに気づいていたようだったけど、向こうも向こうでなんとなくぎこちない態度で……お互いどうにも気まずくてずっと変な距離感のまま、何ともいえない変な空気が流れていた。
(でも、謝らないと……私……)
「あ、あのさ、ハル……」
勇気を出して声をかけると、ハルの足がピタッと止まった。
「うわっ……とと!」
完全に止まるとは思っていなかった私は思わずつんのめるも、なんとかつま先で踏ん張る。
「……ハル?」
応えるように、くるっと振り返る彼。
月光に照らされて顔にくっきりと陰影がつき、今日はなんだか凛々しく見えて。
(……っ!)
いつものぽわ〜んとした雰囲気とは違って、なんだかドキッとしてしまった。
「えっと、ハル……その、ごめんなさい」
「こっちこそ、ごめん。ついムキになっちゃって……」
「いいの、家族は大事だもの。それをただ自分の予定が狂ったからって駄々を捏ねるなんて……大人げなかったわ」
「でも、それは僕だって……君の事は誰よりも大事に思っているのに……あっ!」
しまった!と言いたげに慌てて口元を押さえるハル。
ほぼ『あなたが好き』って言ったも同然な発言。
と言っても、前々から何かとそういうのを無意識にチョロチョロ言ってはいたんだけど……それでも、今のは過去最高の直球セリフだった。
(まさかこのタイミングでそれを聞くことになるなんて……)
「ねぇ」
「うん?」
「ハルはさ……私の事、どう思ってるの?」
「えっ?えっ?」
「さっき、なんか言いかけてたから……」
少し間を置いて、あっ……と声が小さく漏れる。
そして私の顔をチラッと見ると、すぐに顔を逸らして俯いた。
暗くてよく見えないけど、今の彼はきっと顔真っ赤だ。
「待って、ちょっと待って」
そう言ったきり、また黙り込んだ彼。
動かなくなってしまった口とは反対に、彼の体は手を組んだり解いたり足を動かしたりと、忙しなくそわそわしている。
シーンとした夜道。
少し離れたところから、ブルルル!と荒い鼻息が聞こえる。
長々と待ちぼうけを食らっている馬車の馬達が、そろそろご立腹のようだ。
(ごめんね。後で美味しい人参たっぷりあげるから……もうちょっと待ってて)
「……でも、ここであなたから先に言わせてしまうのは失礼ね」
「へ?」
「ここは話を振った、私からいくべき。私の気持ちを言うのが先ね」
「アンナの……気持ち?」
「ええ」
夜のひんやり冷たい空気が、なんだか今はとても心地よく感じられた。
「ハル。あのね……」




