28.やっと気づいた、大事な事
しかし、その二日前になって……ハルが慌てて屋敷を訪問してきた。
それも夜遅くに、だ。
「どうしたの?そんなに焦って……」
「アンナ……ごめん!」
そう言って深々と頭を下げるハル。
「えっ?」
「実は……一昨日、僕の姉が倒れたらしくて」
彼の姉は、先週から旦那と二人でバカンスを楽しんでいた。
ここから遠く離れた海辺の観光地だ。
何の持病もない至って健康な人だったらしいけど……浜辺を歩いていたら突然倒れてしまい、近くの病院へ運ばれたらしい。
今も入院しているんだとか。
「だから、ごめん……その、明後日は行けなくなっちゃって」
「……」
「体調はもう大丈夫みたいだから、すぐ戻ってこれると思う」
「……」
「だから……ごめん!僕、行かないと!ほんとごめん!」
結婚してるんだから、そういうのは旦那さんに任せればいいのに。
私の顔に書いてあるのが見えたのか、彼は一層申し訳なさそうに謝ってくる。
「自分から誘っておいて、ごめん!ほんとに!」
「なによ!お姉さん、旦那さんいるんでしょ?!弟のハルまで行くことないじゃない!」
「だけど、家族だし……放っておけなくて」
「もう、ほんとに心配症ね!誰にでもすぐそうやって心配する!」
彼の顔つきがみるみる変わっていく。
一度派手に喧嘩したから分かる。
これは……相当怒ってる顔だ。
「誰にでもって言ったって、相手は血の繋がった兄弟なんだよ?!行かないわけないじゃないか!」
「はぁ?シスコンなんじゃないの?!」
「君の方こそ、薄情者なんじゃないのか?!」
「なんですって?!……もういいわ、帰ってちょうだい!」
「ふん!言われなくてもとっと帰るさ!」
(ああ、まただ。またこうやって、すぐ喧嘩になる)
後悔先に立たず。
一人になったからって今更悔やんでも、意味がない。
(やっぱり合わないのかな、私達って……)
ふと気づく。
(合わないって……あれ?そもそも私達って何なんだろう……)
どんな関係って言うんだろう。
幼馴染にしては、なんだか近すぎるし。
かといって親友でも恋人でもない。
(なんだこれ)
とはいえ、彼から見たらそうじゃないのは知ってる。
私の事が好きなのは、もう知ってる。
恋のベクトルの矢印はこっちに向いている。
(でも、それなら私は……?)
私はどうなの?どう思ってるの?
私にとってハルって……何なの?
押し入れにしまい込んだものを探すかのように、今まで全く意識していなかった事の記憶を引っ張り出す。
少なくとも恋人同士ではない。
でも……ただの仲の良い幼馴染としては、なんだかその範疇を超えているような気がして。
(じゃあ、一体何なの?私は……一体どうしたいの?)
情報が入り乱れ、混乱し始めた頭。
どうにか落ち着かせようと目を伏せると、瞼の裏に今までの彼との思い出が次から次へと浮かんでくる。
(ああ……今まで、色んな事あったなぁ……)
他の誰にも言えないような、心からの本音が吐き出せて。
時にはひどい言葉ぶつけて、感情をさらけ出して。
でも嫌じゃない。
いや、嫌と言えば嫌だけど……本人自身を嫌いにはならない。
これはきっと、ハルもそう。
直接聞いたわけじゃないけど、強い確信があった。
怒ってぶつかったりしながらも、なんとなくお互い自然と受け入れられる。これって何だろう?
好きだけど、恋じゃない。
ドキドキしないし緊張もない。
じゃあ、なんだろう……親友?
いや、なんか違う。
これは、愛情?
それももっとこう、緩くてふわっとした……家族愛みたいな?
お互いにいて当たり前、みたいな……そんな感覚。
サイラスとも、セルジュさんとも、また違ったもの。
ハルは……こう言うのも何だけど、決してイケメンじゃない。
見た目はそこまで好き!ってほどじゃない。
でも、この先一緒に生きていくなら……ハルがいい。
彼の側にいるのが好き……もっと言うと、彼の側にいる私が好き。
激しいドキドキはないけど、ふわふわとした暖かい愛情がある。
(あれ?もしかして……)
これが私の幸せなんじゃない?
これこそが、私が求めていた幸せなんじゃない?
気づいたら手元に雫が垂れてきていた。
ポタリ、ポタリとこぼれ落ちてくるそれをハンカチで拭うと、拭いたそばからまた次の雫が垂れてくる。
(ハル……)
やっと気づいた、彼の存在の大きさ。
私にとって空気のようで、そこにあるのが当たり前だった。
彼の事なんてほとんど注目した事がなかった。
でも、空気がなければ生きていけないように……私には彼がいなきゃ駄目なんだ。
失恋で苦しんでた時は、彼の優しさに胡座をかいていた。
頼まなくても向こうから勝手に本気で心配してくれて……でもいざ立ち直った時にも何のお礼言わなくても良くて、むしろうるさいって怒って邪険な扱いをしても許してくれる。
それら全部、ハルの優しさに甘えてたんだ。
彼がいなきゃ、きっとあのつらさは乗り越えられなかった。
(私……謝らなきゃ、彼に)
大切なものを失ってしまう前に。




