26.優しさのメロン
結局、翌日も風邪は治らず。
今日もほぼ一日中ぐーぐー寝てしまって、気づいたら夜だった。
セルジュには手紙で延期をお願いした。
起き上がれない私の代わりに、侍女に頼んで。
返事はすぐに来て、体を労る優しい言葉が書き連ねられていた。
(すごいなぁ……)
受け取ったらすぐに返事。ボールは手元に残さない。
さっと頭が回ってうまくリアクションできる人、いわゆるできる人ってやつだ。
話をしててもなんとなくそれは感じていた。
何が言いたいのかちゃんと伝わるように頭の中で整理しつつ、分かりやすい言葉をきちんと選んで喋っている……そんな話し方。
(もし前の世界にセルジュがいたら……それも、もし会社で仕事してたなら……相当優秀だっただろうな……)
でも、それだと……
私なんかとは釣り合わないんじゃないの?
彼にはもっと合う人が他にいるんじゃないの?
ふいにそんな考えが浮かんできて。
(そ、そんな事……!いや、ないない!ないから……!)
頭に浮かんだ思考をかき消すように、首を大きく振った。
横になったままなんとなく辺りを見回していると、ふとベッドの脇に置かれた木の椅子が目に入る。
それは、昨日ハルが座っていた椅子だった。
(随分、ひどい事言っちゃったな……)
親身になって心配してくれてたのに、私の頭の中はセルジュでいっぱいで……焦るあまり、ハルに八つ当たりしてしまった。
デートの約束があるからって、何もあそこまでムキになる事なかったのに。
(それに……)
元々インドア派なセルジュとアクティブな私。
趣味もあまり合わないし、なんだか無理矢理合わせるのに疲れてきていて。
だから今、むしろセルジュとのデートがなくなったからってホッとしている自分がいた。
彼と合わないって事なのかもしれない。
好きだけど合わない相手。
その一方で、好きじゃないけどなんとなく合う相手がいて。
(はぁ……一体どうしろっていうのよ)
大きなため息が勝手に口から漏れ出てくる。
なんだか複雑な迷宮に迷い込んでしまったような気分で、もうどうしたらいいか分からなくなってきていた。
「ふぅ……」
息を吐ききったところで今度は吸い込むと、急にもやっとした甘ったるい香りが入ってきて思わずむせる。
「っ!けほっ、けほっけほっ!な、何……?なんの匂い?」
匂いの発生源は近い。
(くんくん、くんくん……どこだろ、見当たらないわ。ここに近くて何か物が置けるようなところ……あっ、机?)
予想は正解だった。
ちらっと机の上を見ると、大きな黄緑色の球体が乗っている。
「あら?メロン……」
『アンナ、リンゴは嫌だって言ったでしょ?だから今度はメロンね』
ここにいないはずなのに、声が聞こえた気がした。
(……)
私に見つからないように、寝ている間にこっそりと見舞いに来てたみたい。
あれほどひどい事言われて、嫌な思いして。
でも、まだこうやって来てくれる……
(ハル……)
ポタ、ポタ……と音がして、ベッドのシーツに小さな染みが二つできた。
布に吸われず残っていた透明な球を指で拭うと、被せるようにまた新たな雫が落ちてきて。
本当の優しさって……これだ。こういうのだ。
私にはなかった、人を思う心。
いや……彼が私を好きだからこそ、なせる技なのかもしれないけど。
本当の幸せの在処、ようやく見つけた。
ここだ。ここにあったんだ。
「ハル……」
「何?」
えっ。
声のした方を見ると……彼の姿が。
「うひゃあ?!」
「なんだよ、化け物を見るような目して」
「い、い、いたの?!いつから?!」
「え?今さっき来たばっかりだけど?」
「なんで、どうして……」
「メロンが悪くなる前に回収しに来たの。全然食べてないって聞いたから、勿体無いしここの人達と僕で全部食べちゃおうかなって」
「……」
「結構な値段したんだよ、これ。きっと、めちゃくちゃ美味しいやつだよ。楽しみだなぁ」
「ハル……怒ってないの?」
ハルは困ったような顔をした。
「え?まぁ、そりゃあ……怒ったさ。あんな言われようじゃねぇ」
「今は?怒ってないの?」
「うん、いいよ。僕も大人げなかったなって思って、あの後反省したよ」
何気なく言い放った一言だったけど、私はハンマーで頭を叩かれたかのような衝撃を受けた。
あれほど言われて、こんなに穏やかでいられるなんて。
こんなに謙虚でいられるなんて。
なんて情けないんだろう、私。
私なんかより、彼の方がだいぶ大人だった。
「ハル……ごめんなさい」
「いいよ、別に」
「本当に、本当に……っ!ごめんなさいっ!」
ふいにハルの手が顔に向かって近づいてきた。
「……っ!」
驚いて反射的に目を瞑ると……
「ほら、泣かないの」
彼の長い指はそ〜っと私の頬に触れ、雫を優しく掬い取っていった。
「ハル……!わ、私……!ごめん、なさ……っ!」
ハルは何も言わずに泣き崩れる私をそっと抱き止め、ポンポンと背中を叩いてくれた……私が泣き止むまでずっと。
昔はよく泣いていたハル。
だけど、大人になった今は私の方が泣き虫だった。




