25.泥沼に嵌っていく
今日は朝から寝込んでいた。
ただの風邪らしいけど、結構な高熱で眩暈もひどく立ち上がれないほど。
これが何もない日ならよかった。
でも、今日はセルジュとのデートの前日……当日にまで響いたりしたら、デートに行けなくなってしまう。
(もう!どうしてこんな時に……!)
不可抗力とはいえ、あまりのタイミングの悪さに……私は苛立っていた。
熱のせいもあるのかもしれないけど、なぜかいつも以上にカリカリしていた。
「アンナ様、ハロルド様がお出でです」
「ハル?」
「見舞いに来たとのことで……体調はいかがでしょうか?面会できそうですか?」
「いいわ、入れてあげて。どうせ無理だって言ったって強行突破するような奴だから」
あまりのひどい言いように、侍女も一瞬えっ、という顔をしたが、すぐに真顔に戻りハルのところへ迎えに行った。
「アンナ!大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないから、こうして寝込んでんじゃない」
「そっか……つらいね。薬は飲んでる?」
「ええ。お医者様にいただいたわ」
「なら、安心だ。どう?食欲はある?」
そう言って、ハルは鞄からリンゴを取り出した。
「あら、またリンゴ?いつもそれね」
私の刺々しい口調は止まらない。
「文句言わないの。リンゴは体に優しいんだから。待ってて……今、皮剥いて渡すから」
「いらない。別に欲しいなんて言ってないわ」
いつも穏やかなハル。
しかし、私の言いようにとうとう彼も堪忍袋の緒が切れてしまったようだった。
「なっ?!なんだよ、ひどい言い方だな!」
「いらないって言っただけじゃない」
「せっかく持ってきたのに!具合悪いからって、心配で……!」
「そもそも見舞いに来て欲しいだなんて、私言ってないわ」
「なんだよ、なんなんだよさっきから!」
そして始まった喧嘩。
「何もこっちから言ってないのに、怖いわ!ストーカーみたい!」
「はぁ?!人づてに聞いたんだよ!ストーカーなんかじゃない!」
「たかだか風邪で駆けつけてくるなんて、気持ち悪い人ね!」
「高熱出して寝込んでるなんて聞いたら、心配するだろ普通!」
「いつも言ってるけど!心配しすぎなの、あなたは!」
「ああ、そうかいそうかい!分かった!もういい!帰ってやるよ!」
今まで見たことがなかった、怒ったハルの顔。
しまった!と思ったけどもう遅く……ガン!と音を立てて荒っぽくリンゴを机に置いて、スタスタと部屋を出て行ってしまった。
(ハル……!)
ほんと馬鹿だ。馬鹿だ、私。
心配してわざわざ駆けつけてきてくれたのに……八つ当たりするなんて。
(でも、私にとって一番大事なのはセルジュだし……)
いやいや、待って!
何考えてるの!なんて事言うのよ!
セルジュのためにって、全てを犠牲にするつもり?
(……)
けど、やっぱり私は……彼ら二人だったら、セルジュをとるのよね?
好きになった人だもん、当然……よね?
(何また悩んでるのよ、私。悩む事ないでしょ、だって……)
ハルはただの幼馴染止まりだから。
ただちょっと仲が良いだけだから。
(でも……)
悩んでも悩んでも……『でも』、『だって』が止まらない。
なんだか頭がぼんやりして、どうにも考えがまとまらない。
(これは熱のせい?それとも……)
今、セルジュとは……なんとなく付き合っているような雰囲気になっている。
何度か会って、告白とかする事なくズルズルといって……
(多分、セルジュとしてはもう……私は恋人みたいなものだと思ってるんだろうな)
何度も会って、彼が私に好意を抱き始めているのは感じていた。
そして、私も彼が好き。
だから……傍から見れば、私達二人は両思い。
(だから、私はセルジュと付き合うべき……そういう流れなんだわ、今は)
それは分かってる。分かってるけど……
進めない。
進めないというか、進まないように止めている。
この関係をはっきりさせないまま引き延ばしているのは……私だ。
何も彼が渋っているわけではなくて、私。
私が止めている。
愛の言葉を言おうとするセルジュを、私が毎度誤魔化して止めてしまっている。
(関係をはっきりさせて、先に進みたい。でも……)
セルジュの事は好きなんだけど……でも、これでいいの?
知り合いからさらに次のステップに進みたいのに、自分の心がこれ以上の進展を拒んでいる。
(彼じゃ駄目だって言うの?どうして?なんで?)
一体、彼の何が駄目だって言うのか。
無意識に何を感じているのか。
自分の心だというのに、よく分からない。
あれほどハルの事は好きじゃないとか言っておきながらも、まだなんだか未練のような気持ちも残っていて……
(……)
なんだか泥沼に足を突っ込んだかのように、ずっぽりと嵌り、にっちもさっちも動けなくなってしまっていた。




