22.嘘つき
セルジュの質問に、なんて返したかは覚えていない。
それに、あれからずっと気もそぞろで……色々見て回ったはずなのに記憶が一切残っていなかった。
「いやぁ、今日はよかったね」
「ええ。楽しかったわ」
「運がいいのか、今日はなかなか珍しい瞬間が見れたね」
「えっと……」
「特に猿。人間のモノマネして、全く同じポーズで頬杖なんかついちゃってさ」
「……」
猿?猿なんて見たっけ?
正直全く覚えていなかった。
「私達に興味津々って感じで……子供だったのかな。まるで人間の子供みたいで、久しぶりに大笑いさせてもらったよ」
「あ、ああ!あれはすごかったですよね!」
覚えてない。全然記憶にない。
楽しいはずのデートは、なんとなく落ち着かない気持ちのまま終わってしまった。
部屋に戻るなり、着替えもせずに手鏡を取り出して見つめる。
(……)
そこには私の顔をした、可愛らしい格好の女性がいた。
(これは、私……?)
ここにいるのは私。それは分かってる。
でも、目の前に映っている人が誰だか分からないのだ。
なんだかまるで、全然知らない人のようで……
(私よね……?)
恋をして、好きな人のために変わった。
(いや、変わってしまった。あまりにも変わりすぎてしまった……)
『それって、おかしくない?』
いきなり鏡の中の私が話しかけてきた。
「何よ急に、別におかしくなんてないわ」
『いや……だって、だってさ。これもう……私じゃなくない?』
「私よ、これは私」
『これもう、別の人じゃない?』
「いいえ。彼の好みに合わせたまでよ、別人なんかじゃないわ」
『随分と我の強い女ね……』
「あなたもね」
なかなか勝負は拮抗していた。
『私の好みは、もっとこう……違うでしょ?水色なんて好きじゃないでしょ?』
「でも、嫌いじゃないわ」
『言うわね。でも、一番好きなのは緑色。嘘だと思うなら見てみなさい、綺麗なモスグリーンのドレスがクローゼットの一番奥にしまってあるから……それはもう、大事に大事にカバーまでしっかり被せてね』
「……」
『でしょ?』
でも、彼……セルジュさんは好みのタイプ。
見た目もいいけど、でも今度はそれだけじゃなくて中身に惚れたんだから。
真っ直ぐで、爽やかで、素直で。
何も隠し事なんてないし、人間的にも何の問題もない。
(だから……正直、この彼を逃したくない。諦めたくない)
でも……
『その彼が見てるのは、あくまで嘘の私よ。好みに合わせて着飾った私。本当の姿なんかじゃないわ』
「いいの。そうだとしても私はこのまま進むわ」
『嘘ついたままで?』
「ええ。恋愛で着飾ったり猫被ったりするのは、誰だってそうでしょう?最初からそのままの自分でいく人なんていないわ」
誰だって始まりは少しは嘘をつくもの。
ちょっと背伸びして良く魅せて、うまく相手の気を引いて。
『あらそう。じゃあ、自分にも嘘をつき続けるって事ね?』
「それは……」
『それは?』
「う、うるさいっ……!うるさいのよ、あなた!」
棚の引き出しを乱暴に引っぱり出し、ガチャン!と大きな音を立てて手鏡を押し込む。
「ふぅ……」
嘘がどうだとか、そんなの関係ない。
(これで、いい。これでいいの、私は……)
好みのイケメンなんて、そうそういないわけだし。
彼も彼で……あともう一押しで、その気になりそうなんだから。
せっかく手に入れた幸せのチャンスを……ここで逃してたまるもんか。
『嘘つき』
「……っ?!」
虚空から声がして思わず振り返る。
しかし、部屋には私以外誰もいなかった。




