16.大雨の後の澄んだ青空
あの後、セルジュさんとは時々会うようになった。
会うといっても別にデートとかじゃなくて、普通のお喋りだけど。
彼は、私のことをただの仲の良い知り合いだと思ってる。
でも、私は……
(もう少し進めたら、いいな……って)
セルジュさんの好みは、落ち着いていて女性らしい子だそう。
前の世界で言うところの、女子アナとかそういう系。
今までのサイラス好みの派手な服は全部捨て、そして新たに清楚系の服を買い揃えた。
香水も石鹸のような爽やかな香りのものをつけるようになって。
まるで今までとは別人のような変わりように、自分でも少しびっくり。
そして、一通り念入りに準備して……いよいよデート当日。
数時間前まで降っていた土砂降りはさぁっと止んで……今は雲一つない、眩しいくらいの快晴。
まるで私の再出発を祝福してくれてるかのようだった。
結局その日選んだのは、ふんわりとしたフレアワンピースだ。
ほんのり薄い水色で後ろに大きなリボンがついていて、結構甘めのやつ。
前までの派手で色っぽい感じから、いきなり甘い感じのものに変わってしまった私。
着慣れないそれに内心ソワソワしつつ、待ち合わせ場所に向かった。
先に待っていたセルジュさんは、私にはすぐには気づかず。
彼に向かって大きく両手で手を振るとようやくそこで私だと分かり、驚いた顔をしていた。
「いやぁ、ごめんごめん。すごく可愛い人がいるもんだから、恥ずかしくって目を逸らしちゃって……」
どうやら必死に揃えたコーデは正解だったようだ。
(しかも、すごい可愛いって……!やった……!)
驚いて、しかも喜んでもらえた。
彼の前じゃなければ、やった〜!と声を出して跳ね回りたいくらいだった。
さすがに本人いるからやらないけど。
でも、嬉しい。
セルジュさんの前だし、なんとか綺麗な顔を維持しようとするけど……どうにも口がニヤけてしまう。
けど、同時にちょっと恥ずかしくもあった。
何度も言うけど、いつも着ない格好だから。
(わ〜っ!わ〜っ!)
私の頭、大混乱中。
何が『わ〜っ!』なの?と聞かれても答えられないけど、とにかく『わ〜っ!』って感じ。
嬉しいんだか、恥ずかしいんだか、自分でも混乱してよく分からなくなっていた。
褒めてくれたお礼を言おうと緊張でカラカラの喉をなんとか震わせて、音を出す。
「あ"り"がどゔ」
(うわ、変な声出た!)
出たのは一文字ずつ濁点がつくような、掠れた汚い声。
いつもの声を機械で加工したみたいな、耳障りな音。
久々の恋愛に、私の体は思っていた以上に緊張しているみたいだった。
(お願い、頑張って私の喉……!今日はたまたま外だけど、いつもみたいにお茶するだけだから!そんな何時間でもないから!お願い!)
出だしからのいきなりの失敗に、恐る恐るセルジュさんの方を見ると……
にっこりと穏やかな微笑みがそこにはあった。
(……っ!)
久々のイケメンの笑顔に胸の奥がキュンと鳴る。
(ちょ、ちょちょ、ちょっと待って!待って待って!)
キュンキュンいっていた心は、やがて心臓を潰すような苦しい痛みに変わった。
久しぶりすぎてなんだか刺激が強すぎてしまったようだ。
(わっ!ま、ま、待って!まだ心の準備が……!)
甘い刺激に圧倒され、一瞬のうちにカーッと赤くなる顔。
メイクで多少誤魔化せてるとは思ってはいるけど……これがサイラスじゃなくて良かった。
彼だったらすぐ勘づかれてたから。
セルジュさんはちょっと鈍感なタイプみたいだから、こういう意味では良かった。
その日はちょっとお洒落なカフェに行くことに。
いつもなら誰かにコーヒーとお茶菓子を買ってくるよう命じて終わりだけど、今日はまたわざと貴族用のVIPルームを予約して個室で二人きり。
せっかく周りの目を気にせず話せるんだから、時間が許す限りたくさん喋りたかった。色々と聞きたかった。
とにかくセルジュさんの事はなんでも知りたかった。
「セルジュさん!」
「なんだい?」
「ええっと、あの……」
でも、いざようやく二人きりになると……頭は大混乱。
「あ、あの、その……」
(う、嘘でしょ!あれほど準備したはずなのに……)
自分から話しかけておいて、これ。最悪だ。
あれも聞きたいこれも聞きたい、で頭の中は完全にぐちゃぐちゃになってしまっていた。
(せめて、せめて!どれか一個でもいいから、聞かなきゃ……!)
家族のこと、仕事のこと、趣味のこと、それとできれば……彼の恋愛遍歴も。
(まず最初は無難に仕事のこと?いや、でもここは趣味を聞いてまず場を温めて……いやいや、でも……あ〜も〜!決まんないよ〜!)
頭の中ではこうしてめちゃくちゃ喋ってるけど、未だ外には何ひとつ声は出ていない。
彼の目に映る私は、ひたすら無言でそわそわしているだけだった。
(何か言わなきゃ!私から話しかけたんだから、早く何か!何か話を振らないと!)
結局、何も言葉が出ず。
待てど暮らせどそんな調子の私に、彼が話を振ってくれた。
(あ〜あ。早速気を遣わせてしまった……)
彼が振ってくれる話に、ただ私が答える。
緊張のあまり、面接のような時間になってしまって……とんだ大失敗だった。
結局、この日は始終そんな感じで最後までグダグダだったけど……セルジュさんはずっと楽しそうな笑顔だった。
愛想笑いもあるんだろうけど……でも、嫌いになったわけじゃなさそうで内心ホッとしている。
……とはいえ、私にとっては貴重な時間だった。
主に目の保養的な意味で。
(ああ、イケメンだったなぁ……)
たったの数時間だけだったけど、なんだか濃厚な時間だった。




