12.優しい手紙
〜 二章 セルジュ編 〜
失恋の苦しみからなんとか立ち直ったアンナは、今度こそまともな恋愛をと張り切っていた。
しかし、それは失恋の傷と自分の心の迷いが作った幻影で……
今日も朝食を終えて、さっさと部屋に戻る。
今日は丸一日予定が一切ない。
(今日は、というか『今日も』だけど)
私を心配してか、しばらくは友達からひっきりなしに色々な誘いが来ていた。
アフタヌーンティーだとか、女子会だとか。
でも、どこに行っても何しても上の空なもんだから、段々と呼ばれなくなってきていた。
気を遣ってくれてる訳だし断ったら悪いと思って無理矢理参加したけど、かえって裏目に出てしまったみたいだった。
とはいえ、それをいちいち弁解して回るほどの気力なんてなくて。
だから、昨日も予定ゼロ。
一昨日は夜に晩餐会があったけど、それ以外は1日のほとんどを部屋で過ごしていた。
(今日はなんの本を読もうかな……)
恋愛小説なんてまだしばらく読みたくない。
かと言って、小難しい学術書なんて読む気もなくて。
結局消去法で……ファンタジー小説か、あるいはミステリーか。
(でも結局、何読んだって何かしら恋愛要素が入ってくるのよね……)
「アンナ様!」
本棚を前に悩んでいると、侍女に呼び止められた。
手に封筒を待っている。
でもそれはいつも彼から届く白いシンプルなものではなくて、可愛らしい花の模様ついた封筒だった。
(デザインが変わった……まぁ、そうよね。あれだけバンバン送ってりゃ、用紙なんてすぐ足りなくなるでしょうね)
「アンナ様、お手紙が届いたのですが……」
「ああ、どうせハルからでしょ?いつものところに置いといてちょうだい」
冷たく言い放つ私。
しかし、いつもならここで下がるはずの侍女はまだそこにいた。
「いや、その、それが……差出人が……」
「差出人?」
侍女から封筒を受け取ると、
(『セルジュ・ミラー』!これって……)
「あの……いつもと違う方のようだったので、念のためご報告にと思いまして……」
侍女の優しさすら、荒んだ心には雑音に聞こえてしまっていた。
(そんなひどい人間にまで落ちぶれてしまったのね、私)
「ごめんなさい、適当にあしらってしまって。ありがとうね」
なるべく優しい声色で話しかけたつもりだったけど、怯えた顔でそそくさと去っていってしまった。
(ごめんね……)
たった一人、たった一回の恋愛で、こんなにも心が狂ってしまうなんて。
なんて弱い人間なんだろう。
(そういえば、前の世界もこうだったっけ……)
ふと脳裏によぎる、前世の記憶。
同棲してた彼氏に浮気されて、ドミノ倒しのようにバタバタと狂っていった……ズタボロのひどい人生だった。
本当は結婚と同時に仕事を辞めて、彼の実家の農園を手伝うつもりだった。
だから、小さな会社の事務員として給料低くても我慢して働いてたけど……
別れて一人になって。
この先そんな低収入じゃ生きていけないからって、死に物狂いで転職して。
毎日の残業と過労で人が変わったかのようにトゲトゲしくなって。
同僚からは嫌われ、いじめられた。
友達にはたくさんひどい事を言った。
家族にも散々八つ当たりした。
自分から周りの皆を傷つけてしまった。
そうやって自分で自分の首を絞めていって、しまいには味方なんて誰もいなくなって……
(それで、うまく死ぬ方法を探してスマホをいじっていたあの日……ちょうどタイミングよく、お迎えが来てくれたんだった)
目を閉じれば、今でもあの時の音が聞こえる。
慌てて急ブレーキを踏んだ、甲高いタイヤの悲鳴が……
(あ〜、嫌な事思い出しちゃったなぁ)
大きくかぶりを振って、気持ちを切り替える。
(思い出は一旦置いといて……)
肝心の手紙の内容はというと。
体調の方はいかがでしょうか。
サイラスの件、本人から色々とお聞きしました。
どんなにおつらい事か……心中お察しします。
ところで。
上者の茶葉が手に入ったので、もしよろしければ一緒にお茶でもいかがでしょうか。
他にも色々丁寧に書かれてたけど、ざっくり言うとこんな感じ。
まさかたった一日、それもあの時だけの出会いで……私の事を覚えていてくれたどころか、気にかけてくれていたなんて。嬉しい。
胸の辺りがほわほわと暖かくなったかと思うと……トクン、と大きく鼓動が鳴った。
久々に聞いた、恋の始まりの音だった。
(えっ、嘘……まさか……)
まさかの事態だった。
頭とは別に、心が勝手に反応していた。
これが小説とかの正統派ヒロインなら……こういうのは断固拒否するんだろうけど。
なんてったって相手は前から少しだけ気になってた人だ。
ぼんやりと綺麗な人だなって思ってた程度だけど……でも、サイラスと会っていなかったらきっと惚れていたんじゃないかってくらいの人。
その上、つらい時にこんな優しくされたら……
(優しくされて、すぐこうやって落ちる……ほんと馬鹿な女ね、私)
なんて内心毒づくも、心は高鳴り続けていた。
自分の性格が悪いのは充分すぎるくらい分かってる。
別れたからって他の男に乗り換えるかのような、この行為。
このタイミングだと誰が見てもそうとしか思えない。
そんなの全然褒められたもんじゃないのは知ってる。
だけど……かといって、膨らみ始めたこの想いは意識して止められるものでもなかった。
暗く沈んだ心に差し込んだ一筋の光。
それはまやかしか、本物か。
分からないけど……でも、今度こそ挑戦したい。
そしてもし、この恋が叶ったなら……しっかり愛を育んで確かな未来へ進みたい。
そう決意して、私は行きますと返事の手紙を出した。




