五月の或る日
一話完結型です。
五月最後の日曜日。
広めの通りに面したカフェのテラス席で、朱音は熱々ジャーマンポテトトーストに息を吹きかける。
向かいでは輝臣が、クラブサンドに手をつけるよりも早く、アイスハニーチャイへ更にミルクを追加していた。マドラーでカラカラかき混ぜながら、こちらを見て可笑しそうな顔をする。
「朱音さ、あったかい物好きだけど猫舌だよな」
「慎重と言ってもらおうか。火傷しないように細心の注意を払っているだけ」
「要するに猫舌なんじゃないの」
「……繊細って言おうか」
街路樹の若葉は明るい黄緑から色を濃くし、五月晴れの空の下で爽やかに風に揺れている。
テラスに張り出した庇の影の中、モスグリーンのストライプシャツにチノパンツの少年は軽く目を眇めた。
「例の先輩にもばれたわけ? 猫舌ちゃんとか言われてんの?」
ゲームでも鋭いことがあったが、素でもやはり勘はいいらしい。
Tシャツにチェックのロングシャツを重ね、ショートデニムを履いた朱音は、トーストに今一度息を吹きかけつつブーツの足先を組む。
「や、今のところソレはばれてないんだけど、どうも猫系が来る率が高い……今回は某青い猫型ロボットの妹の方」
「メロンパンでも食べてたのか」
「なんで判った」
「他にあんまり、朱音との共通点が思いつかない」
さらりと言ってから、輝臣はクラブサンドの一つを頬張った。もぐもぐと噛み締めだしたら頬にえくぼが出来ている。美味しいようだ。
朱音が手に持っているトーストからは、まだうっすらと湯気が出ている。もう少しぬるくなってからじゃないと、舌がちりちりしそう。けれど、お腹が鳴りそう。
「わたしもそっちにすれば良かったかな……」
ぽそりと朱音が洩らしたら、輝臣がひょいと手をのばす。もうひときれ、ほかほかと湯気がたっているトーストの皿を取り上げた。そうして、自分の皿を寄越してくる。
「トレード」
「おぉ、ありがと。美味しそうー」
「一個だけだぞ」
「オミほど食べないやい」
しばらく二人は、通行人を眺めつつ胃を満たす。
クラブサンドは噛み応えのあるフランスパンに微かな塩っけがあって、挟まれたしゃきしゃきのレタスと相性が良かった。マスタードのピリッとしたアクセントもいい。加えて厚手のふんわり卵焼きと薄ハム。ボリュームがある。
トーストは狐色でカリッとサクサク。中のポテトにはチーズと黒胡椒も絡めてあって、ぬるくなってもほくほく感は健在だった。
「このカフェ、こう、ちょっと外でお弁当食べてる感じにもなれるのが又イイね」
アイスティーにレモンを加えながら、朱音は満足感いっぱいで言う。
今日は午前中から適当にぶらぶらしていたわけだが、ここには、なんだか良さそうだと意見が一致して立ち寄ったのだ。
輝臣はチャイを一口飲んでから、少し口を曲げた。
「しっかし、参ったな。あんなにステホ代、跳ね上がってたとは思わなかった」
「嗚呼、いつでも連絡取れるのも考えものだと知ったよ……」
ステルスフォンのアドレスを交換してからというもの、日に一度は馬鹿な話で盛り上がっていたら費用が凄い事になっていた。
朱音はステルスフォンの代金をアルバイト代で賄っていたけれど、未成年用のは定額使い放題の料金契約ができない。利用明細に記載された数字を見た時は、冷蔵庫を開いて新作デザートを目にした祖父とそっくりになった。
「オレもバイトしたいなぁ」
「バイトしててもシビアな金額だったよ、今月の明細」
朱音は少し遠い目を彼方へ投げてから、向かいへ視線を戻す。「というか、オミ、バイトなんかしてる場合? 受験控えてんでしょ。お父さんお母さんが怒ったのは、ソレもあるからなんじゃない?」
「あ、そうそう、朱音の高校、なんて名前」
目をキラキラさせて輝臣は身を乗り出してくる。「オレもソコ行く」
「宮園だよ」
「……そこ、頭良くなかったっけ……」
「頭いいって言うか、頭おかしいって言う方があってるけど」
「生徒会の話はそう聞こえた」
「生徒会じゃなくて、生徒会長ね」
さり気なく自分を除外しておく。
「呑気そうでいいなと思ってたのに、進学校かよっ」
悲壮な顔で輝臣は頭を両手で掴む。「オレの成績で進学校なんて、どうしろと……っ」
「んー、わたしでも受かったから、そこまで難しいガッコじゃないよ。私立だし受けてみれば? オミは有望な〝頭おかしい枠〟っぽいし、受かったら生徒会に来てネ」
「……何その枠」
「いやぁ、所々似てるんだよね、オミと桐間先輩」
輝臣はムスッとした。
「オレは朱音を猫舌ちゃんなんて言わない」
「ソレは先輩も言ってないから」
朱音が笑いながら手をひらひらさせたら、輝臣は何やらムキになった。チャイのグラスを両手で握り締め、真っ赤になって言い放つ。
「おっ、オレなら、オレなら――カワイコちゃんて言う……っ」
「……オミの中の人、実はおっさん?」
「こっ、ここゲームじゃないだろ!」
頬を引きつらせる朱音に、輝臣は赤い顔のままで抗議したものである。




