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『青春Playing』  作者: K+
後日Playing
31/31

六月の或る日

 息子の隆紀(たかのり)が一週間前に帰国した。

 現実世界は梅雨(つゆ)近く、蒸した空気が満ち始めている。

『青春Playing』のβ版では一定期間忠実に梅雨を再現していたのだが、かなり不評だったのか、正式版では比較的過ごし易くなっていた。

 昼下がり、柾高(まさたか)とわかがVR眼鏡(グラス)を装着して横になっているのを見たようで、隆紀はいそいそと自分用の『青春Playing』正式版を買ってきていた。

 夕方に朱音(あかね)が学校から帰ってくると、そわそわと待っていた隆紀は、俺も買ったから、と期待するような目で報告。

 朱音は正式版発売当初は随分と購入を迷っているようだったが、学校で役職に就いて楽しんでいるようだし、桐臣の中の子と現実で会うようになっていて、以前ほど架空世界に心残りを見せなくなっていた。

 リアル桐臣(きりおみ)は中学生らしいのだが、いっちょう前に朱音と出かけると家まで送ってくる。ゲームとほぼ同じ姿形だ。

 少し頭に血が上り易いきらいがあるものの、若い証拠と言える程度。玄関口で見かけた時、やけに目を輝かせてこちらを見上げてきたのが解せないが、悪い奴じゃない事は判っている。柾高は放っておいた。

 隆紀は、そんな事を一切知らない。

 朱音はわかに似た丸っこい目を見張ってから、あー、と言葉を探すような顔をした。

「わたしはソフト買ってないよ、父さん」

 事実の一部だけ告げる。

 えっ、と隆紀は呆けた。我が息子ながら抜けている。先ごろ出国する前より、朱音は女の子らしい雰囲気を纏うようになっているのに。

「わたしのことは気にしないで、楽しんだらいいよ。面白いよ」

 朱音は、からりと笑んだ。〝親の心子知らず〟を地でいっている。わかが、ちょっと不憫そうに一人息子を見ていた。


 翌日、愛娘の言葉をどう曲解したのか、隆紀はもう一つ同じソフトに加えVR眼鏡まで新たに買ってきた。VR眼鏡だけでなくソフトも安い代物じゃないのだが……息子の金銭感覚が少し心配になる。

 小雨の中を学校から帰宅した孫娘は、これ朱音の分、とにこやかに隆紀からパッケージを見せられ、絶句していた。

 結構長いこと沈黙した後に、ありがと、と受け取ったので、成り行きを見ていたわかが嬉しそうな顔になった。単純に喜んでいていいのだろうか。

 正式版には桐臣が居るのだ。中身は進化中の状態で。

 今度の日曜日に一緒に遊ぼうと、隆紀と朱音は約束していた。



 その日曜日、迎えに行ってあげようよ、とわかが言うので、顔色が健康的なのを確かめてから柾高は頷いた。週に一、二度ログインするが、わかの体調に関してだけは、あの日以降、どうしても気になってしまう。

 わかが倒れたケースを受けて、正式版では一日のログイン限度時間が六時間迄とされたし、VR眼鏡自体のチェック機構もより細かくなっていた。


 ログインすると、gakuから連絡が来た。

 今回の事を話したら、何故か面白がる。

 シリアルナンバーを用いてのログインも、新規でのログインも、最初に現れるのは公会堂の中だ。

 正式版では桜高校に編入したマサタカは、廊下でワカと、校門の所で学ランのgakuと合流し、連れ立って都市中央へ向かった。

 公会堂へ入ったら、新規プレイヤーらしい四、五人の他に、朱音から聞いていたのだろう、小綺麗な恰好の桐臣がしっかり居た。駆け寄って挨拶してきた顔には、この日を待っていましたと、ありありと書いてある。

 どうも若い者達は、ステルスフォンで語り明かして利用料が厳しい状況になっていたようだ。このごろは、休日に直接会うことで節約していたらしい。

 VR眼鏡もこのゲームソフトも高額だが、オンラインへの接続費用は月額固定でさほど高くない。ステルスフォンを使うよりは割安なのだろう。

 ほどなく、臙脂色のブレザー姿でアカネが現れた。現実より背が高く、中性的な印象。

 すかさず桐臣が反応し、ほんの僅かな空気の動きだけで判ったのか、アカネも顔を向けてくる。二人して似たような顔つきで笑むと、片手を打ち合わせた。

「君らは不思議な一体感があるねぇ」

 gakuが眼鏡の奥で目を細める。ワカがにこにこした。

「最近は現実でも仲良しだよね」

 アカネは安心しきった顔で微笑する。桐臣の方は少し照れたような顔つきになった。誤魔化すように、ウッチにも教えといた、と告げている。

 データをβ版から持って来るだけで良かったアカネと違い、一から設定の必要がある隆紀は時間がかかる。

 中身も若い二人は落ち着かない様子で公会堂の出入口へ向かい、楽しげに話しながら外を覗いたりし始めた。

 そこへようやく、若返った様子の隆紀が姿を見せる。中学生の内に今の背丈ぐらいまで伸びていたから、十六歳でもひょろりとしている。一家で示し合わせたわけではないのだが、名前は【タカノリ】。

 物珍しそうに視線を巡らせ、息子はすぐにアカネを見つけた。見つけたはいいが、隣に居る桐臣に目を据わらせる。すぐ近くに親のマサタカやワカが居るのに、気づきもしない。我が子ながら抜けている。

 ワカが口をすぼめている脇で、gakuが可笑しそうな顔を隠すように、眼鏡を指先で押し上げた。小声で洩らす。

「隆紀君、立派な親馬鹿に育ったようだねぇ」

「子離れが遅れそうで心配だ」

 ぼそぼそと交わす二人の視線の先で、アカネが父親に気づいた。

「わぁ、父さん、若い」

 アカネの横で、桐臣が一瞬目を眇めてタカノリを見る。察しのいいトコロがあるようで、敵視されたことに気づいたらしい。無難に口をつぐんで眺めやっている。

「朱音……彼が、け、警察にお世話になっていると言う……」

 どもりながらタカノリが言うと、桐臣は頬を震わせ、アカネはカラカラ笑った。

「うん、ポリスと仲良しのオミだよ。オミはスゴイんだよ、父さんみたいに英語ぺらぺらだよ」

 聞きつけたgakuが肩を震わせた。チェック柄のどこでもフォンを取り出し、画面に素早く文字を打ち込んでマサタカに向ける。

【ワカさんの孫だ!】

 今更である。マサタカが眉根を寄せると、五十年来の悪友は先の文へ上書きで続きを打った。

【空気度外視で誰かさんを褒めちぎってる。すっごくそっくり。】

 憮然としたマサタカの目の先で、タカノリはうろたえたように、へ、へぇ、と相槌を打つ。不意に桐臣を見やると、垂れた眦を下げ、笑顔になって何か言った。英語らしい。言われた少年はぽかんとしている。

 gakuが必死に笑いをこらえている。翻訳してくれた。

【〝俺みたいに、ぺらぺら、か……彼女の一番は俺のようだ〟だって! こりゃ子離れ相当遅れそうだぞ。】

 桐臣はやや目を泳がせたものの、にこりと笑み返した。滑らかに英語を紡ぐ。

【〝そうですね、彼女にとっての父親は貴男しか居ない〟――父親の部分を非常に強調。オミ君、意外と度胸あるな。】

 中学生と張り合うな、と我が子を叱りつけるべきなのか、マサタカはこめかみに手先を当てる。

 ワカが腕にしがみついてきながら背伸びをして、gakuのどこでもフォンを覗き込んできた。ダイアナという友達と英会話の練習をしているらしいが、只今のは流暢過ぎて理解できなかったようだ。

 液晶に書かれた文が、桐臣発言の翻訳だと判ったようで、あらぁ、と感心したような声を洩らす。

 タカノリは少年の切り返しに眉を上げると、更に何か言い出す。

【〝俺の宝物に手を出したら鮫の餌にするからそのつもりで〟――隆紀君が言うと洒落にならない。】

「あの子、二等でいいやとか言ってたけど、一等に上がる気かしら……」

 気にするのはソコなのか、とマサタカは口元が引きつる。

 僅かに顔を赤らめ、桐臣が返答する。

【〝このゲーム、鮫は水族館にしか居ませんが〟――これは手を出すぞ宣言か? 実は正式版から、首から上にだけはキス出来る仕様になったよ。】

「要らん情報挟むな」

 マサタカが呆れてツッコムのと、アカネが腰の両脇に手をついたのは同時だ。

「なんかさ、二人で内緒話を堂々としてない?」

「そ、そんな、まさか」

 タカノリが慌てて言い、桐臣は目を逸らす。

 と、公会堂内へ小走りに入ってきた髪の長い少女が居た。ぱっと表情を明るくしたアカネが声をあげる。

「ウッチ!」

「――アカネ!」

「久しぶりぃーっ」

 揃って言うと、互いに駆け寄った少女二人は両手を絡めてその場で飛び跳ね出す。

 残された男二人の背中には、微かな哀愁が漂っていた。

「俺が帰国した時より……」

「オレと再会した時より……」

【いいねぇ、青春だねぇ。はずんでるねぇ。】


 今日もこの仮想の楽園は、新たなプレイヤーへ青い門を開く。

 これにてお終い。

 読んでくださった人に感謝を!

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