体育祭 2日目 後
アカネは、ワカからの差し入れを思い出した。
食べる? と訊いたら、ワカの腕前をきちんと知っているうっちーは二つ返事。ほどいたハチマキを首に引っ掛けた桐臣は、後頭部をさすりながら、頬を引きつらせた。
種目の入れ代わりまでは二十分近くある。何が何でも登録する必要も無いし、三人は競技場をぐるりと囲む観客席へと石段を上がった。
トラック中央では騎馬戦の真っ最中だ。高い位置からだと状況が良く見える。
騎馬戦は一斉に覇を競うそうで、人がひしめき合っていた。右半分では女子が、左半分では男子が戦っている。ハチマキでなく紅白帽を被って、それの取り合いだ。
紙袋からコーヒーゼリーのプラスチックカップと匙を取り出し、アカネは二人に手渡す。ちょっと苦いかもしれないって、と付け加えたら、うっちーは却って嬉しそうだった。
桐臣は、じっと黒褐色のゼリーを眺めている。ホイップクリームではなく、オレンジを少し添えてあるのが、マサタカ向けだとアカネはしみじみ思う。
美味しそうに食べ始めたうっちーの横で、アカネも匙を入れる。
コーヒーのかぐわしいほろ苦さが、ほんの微かな甘みを連れて、舌の上でするりと溶け広がった。
今日もワカのデザートは美味しい。作りたい相手が居ると、こうも上達するものなんだろうか。
幸せそうに目を細めたアカネとうっちーを横目で見て、桐臣はとうとう意を決したように一口含んだ。きょとんとした顔になる。甘党ゆえかそれ以上は華やがなかったものの、ゼリーは美味いんだね、とぽつりとコメントした。アカネはニヤリとする。
「他のもとっくに美味しいんだよ、オミ。昨日の蜂蜜とレモンクリームの添えられたフルーツたっぷりタルトも絶品だったよ」
「なんだって……」
「その前のマンゴーと黄桃どっさりプリンも、とろける美味しさだったよ」
「ちょっと待って」
「ふんわりワッフルにジューシーなミックスベリー、ラムレーズンクリームも付いてきたのは最高でした」
「ぅぉおおお、オレの知らないスイートな過去なんて聞きたくねぇえ……っ」
カップと匙を握り締めて涙目になる桐臣に、うっちーがガムシロップとコーヒークリームを渡す。アイテム欄に入っている物も十人十色のようだ。
ガムシロップは返却して、桐臣は礼を言うとクリームだけ追加していた。匙を咥えた頬に、えくぼが出来ている。
笑ってしまいそうになって、アカネは騎馬戦へ目を移した。
男子も女子も、だいぶ騎馬の数が減っている。戦況はより判り易くなっていて、真っ向からぶつかって行く様が壮観だ。
匙を止めて見守るアカネの隣で、容器を空にしたうっちーが鼻で息をついた。
「騎馬戦はNPCのプログラムが猪突猛進一択のようで、槍の一騎打ちみたいになっている。団体での戦略は立てようが無いから、面白味に欠ける」
「ふぅん」
「交錯した瞬間のプレイヤースキルが物を言うよなぁ」
あっと言う間に平らげたらしい桐臣が、眉尻を下げた。「オレはリーチの短さを補う方法を思いつけずに、呆気無く帽子を取られた」
「嗚呼、なるほど」
「NPCの肩を借りてるのも落ち着かなかったんだよな。ポリスに担がれてるようで、このまま暗黒面に墜ちていいのかという気が……」
「そんな感想をいだくのは、ポリスと親密なオミぐらいだよ」
「さもありなん」
うっちーが合いの手を入れてくれる。
ぷくっと桐臣が膨れたので、ゼリーまだあるよ、と言ったら黙って手を出してきた。横からコーヒークリームも回ってきたので、一緒に乗せてやる。
そうこうする内に、騎馬戦は男子も女子も白組が勝ち残っていた。
十二時間毎に集計結果が出るという得点表では、白組が紅組より五百ポイント近く多い。この差は大きいのか小さいのか、アカネには判断できなかった。まだイベント二日目でもあり、この先どうなることやらといった感じだ。
賞品についても明確に公表されておらず、憶測や希望が飛び交っている。Rコインが追加されないかと期待している人も居たし、各種クーポンなどを望む人も居た。
そろそろ種目が入れ代わる。
二個目のゼリーもぺろりと食べてしまった桐臣が、まだ半分近く残っているアカネの器を見て眉を上げた。
「ウッチ、綱引きやる?」
「食べてすぐは動きたくない。応援しながら休む」
そか、と桐臣は手すりに腕をあずけて下方を見やる。元気が有り余っている風で、首に掛けていたハチマキを頭に縛った。
「運試ししてくる」
ひょいひょいと桐臣は階段を降りて行った。友達が居たのか、白ハチマキの男子と拳を当て合い、連れ立って一方へ向かう。
「借り物だな」
うっちーが可笑しそうに言った。アカネはゼリーを楽しみながら、頬を緩める。
「くじ引き扱いか」
「当たりを引けばポイントが簡単に入ってくるわけだ」
「今度は〝鹿〟を引きそうだけどね」
ぶふ、とうっちーは噴く。
「どう切り抜けるか、見ものだな」
アカネは若干急いで残りを食べ終えた。俄然、応援と言う名の見物をしたくなった。
行こう、と二人も階段を降りる。
応援区域の近くでは、レジャーマットを広げ、ポイント関係無しの観戦モードに入っている人の姿もあった。イベントらしい雰囲気に、アカネも心が弾む。
借り物競走が始まった。
向こうのトラックでは二人三脚も始まっている。
そういえば、スタート合図に関してだけは弄っているのだろう。他の競技は見えているし、ざわめきも耳に入ってくるが、パーンという例の音だけは複数割り込んでこない。
工夫されていることに感心している間に、第一組の女子が紙を選び、開いている。表情を固める子から、すぐさまきょろきょろし始める子。可愛い子が多くて、見ている方はにやけてくる。
協力するぞぉ、と応援していた男子の一団が騒いで、どんとこーい、と女子も次々手を挙げた。アカネもうっちーも手をひらひらさせ、頑張れー、と声をかける。
「ガムシロップって何ぃ!?」
白組の子の絶叫に、アカネとうっちーは小さく口を開けて目を見交わした。
「あるよ!」
うっちーがポニーテールを弾ませて飛び出していく。なんでそんな物持ってんだ、と方々から笑い声が起こっていた。
アカネは思わず、自分のアイテム欄に入っている物を確認してしまう。制服と部屋着とコーヒーゼリーの入った紙袋にデイバッグ。どこでもフォンと生徒証は制服のポケットの筈。リップクリームも入っていたか。財布、ハンカチ、ちり紙、ヘアブラシ、筆記用具とメモ帳がデイバッグの中。
あたふたと確かめていたら、次の組がスタートしていた。うっちーも戻ってきている。
「さぁ、オミ選手のくじ運や如何に――おっ、迷わず正面を選択」
うっちーの実況解説に、アカネは桐臣がもう出ていると知った。目を投げると、紙が散らばっている所に居る。さっと紙片を開いていた。
ぱっとこちらを見る。
「お?」
うっちーが実況を続ける。「おやおや? 来る来る、何でしょう、一直線」
「アカネ!」
「ゼリーか!」
「違う違う」
勢い込んだアカネの手首を掴んで、桐臣はコース上に三人並んで立っている〝判定〟とプリントされたTシャツ姿のNPCの元へと、てってけ駆け出す。応援区域から、囃し立てる口笛の音が響いた。
「袋!?」
「違うし」
「鹿じゃないでしょうねっ」
「百mの様は、カモシカっぽくはあった」
「誰がバンビだ!」
「可愛く変えるな」
笑いながら、桐臣は左手に持っていた紙片をNPCに見せた。恰幅のいいおじさん判定員から、クイズに正解した時のようなピロピロピロンと云うコミカルな音が起こる。その姿の何処から出した音なのか猛烈に気になる。
よっしゃッ、とひと声叫ぶや、桐臣はアカネの手を取ったままスピードをつけて走り出した。後は直線五十mばかりだ。
引っ張られたままじゃ面白くなくて、アカネも競うように並んで走る。他の走者はまだ居ない。
「Yeah!」
二人で両手を突き上げてゴールした。
【協力報酬五ポイント獲得】
アカネがお知らせに目を奪われている横で、MVP! と桐臣は御満悦だ。
「Thanks、アカネ」
「お疲れぇ。なんか、わたしも五ポイント貰えたよ、ラッキー」
「おー、そうなんだ」
破顔する桐臣を、で、とアカネは見据えた。
「鹿だったのか」
「何のチョイスなの、それ」
笑声をこぼしながら、桐臣は左手に握っていた紙片を向けてきた。
アカネはよれよれになっている紙切れを、眉を寄せて見やる。
【女の子】と書いてあった。
「え――コレで、なんでわたし」
ぽかんとするアカネに、桐臣は噴き出した。
「なんでと言われても、紅組の子が良かっただろうし。オレの同士はアカネしか居ないじゃん」
「――あ、うん……そか」
頭がすうっとする。
アカネはハチマキをほどき、短い髪をくしゃくしゃ掻いた。
朱音は、母から影響を受けまくっていた。
肌や髪のケア方法から化粧の仕方まで、中学に上がる頃までにはしっかり手ほどきを受けていた。
しかしもはや、あの母親と同じ性別なのは、嫌で嫌で。
ジェンダーは封じているつもりだったのに。
だのに、顧みれば、アカネはこのゲームで折に触れ、自分は女だとアピールしてこなかったか。
そう気づくと、己が気持ち悪い。
生物として、あの女性の遺伝子を継いでいるのが怖い。祖父母と父だけだったら良かったのに、朱音は要らないモノでも構成されている。
うっかり黙りこくってしまったら、桐臣が僅かに目を眇めた。
「アカネがネカマってのは、冗談だったんだけど?」
「……本気でも構わなかったよ」
「んじゃ、次に〝男〟と書いてあってもアカネに来てもらう」
脱力しそうになって、アカネはペシと手の甲でツッコミを入れておいた。
フリーズするNPCが気の毒だったから。




