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『青春Playing』  作者: K+
青春Playing
19/31

体育祭 2日目  前

 現実の学校は、火曜日ながら本日も午前中で終了だ。

 授業は明日から始まる。

 朱音(あかね)は眠気と闘いつつ、眼鏡のクラス委員長が黒板に列記した、体育祭の種目を眺めていた。

 百m走、障害物競争、綱引き、リレー。男子のみ騎馬戦があるらしい。

 リレー以外は、昨夜にゲーム内でも見かけた種目だ。

「希望優先で、定員オーバーの場合はジャンケン。リレーは体力測定時のタイムで選んじゃいます」

(体力測定、やってないかも。ま、いっか)

 机に肘をついて両手に顎を預け、朱音は欠伸を噛み殺す。

 現実でも百m走は人気だった。教壇の周りに集まってジャンケンを始めたクラスメイトを、朱音はぼんやりと目に映す。

 昨日の夜は、みんなとはしゃぎながら、百mには出ようなどと言い合っていたのに。

 拙いなぁ、と思う。

 あちらは架空世界で、現実はこちらなのだ。しかも、あちらの世界は三ヶ月後、一旦閉じる。もうあまり、あちらに寄りかかっていられない。

 けれど、朱音の居場所は明らかにあちらの方が多かった。

 自業自得とはいえ、現実の余所余所しさが淋しい。

「百mと綱引き、決定ね。希望出さない人は残りのヤツで」

 委員長が宣告し、誰も文句は言わなかった。朱音もこの()に及んで挙手などして、悪目立ちしたくない。なるようになれという心境だ。

 男子は騎馬戦が嫌なようで、積極的に他の種目に入りたがっていた。ジャンケンで負けた面々が回された模様。女子は障害物競争を避ける子が多かったのか、朱音の名前はそこに入った。

 昨日、アカネがログアウトする寸前、うっちーも桐臣(きりおみ)も、明日も昼過ぎにログインすると張り切っていた。

(障害物を、わたしも試しておくか)

 寄りかかるのでなく、利用する方向で。

 誰とも言葉を交わせなかったけれど、クラスの一人として、朱音も帰宅の波に混じった。



 昼御飯に二日目カレーを急いで食べる朱音を、父は落ち着かなげに見てきた。

『男の子の友達、オミだけじゃないから』

 昨晩そう告げたら父はショックを受けたようだが、鬱陶しいので後は放置している。

 一人娘が心配なのは解るが、私服の時は男子小学生に間違われることもある朱音に、その手の色気など無いと気づいてほしいものである。



 私室からいそいそとログインしたら、すぐにワカから電話がかかってきた。

〔これから隆紀(たかのり)と買い物に行くね。お夕飯前には戻る〕

「ほーい」

〔で、今、何処。コーヒーゼリー作ってあるから、みんなで食べてよ〕

「おぉ? 競技場前だよ」

「あ、居た」

 (じか)にワカの声がして、アカネが見やると、美少女が桜色のどこでもフォンと紙袋を手に駆けてくる。「アカネちゃん、紅組の服いいね。紅の方が可愛いなぁ」

 白で統一されているワカの体操服姿もやけに清純さが際立っていたけれど、アカネはニヤリと笑んでおく。

「父さん押し付けてゴメン」

「ふふふ。せっかくのお休みなのに、みんなでゲームしちゃうと流石に可哀相だからね」

 ワカは笑って紙袋を向けてきた。「(まさ)さん好みで、ちょっと苦いかもしれないけど」

「平気。御馳走様」

 じゃあね、とワカは可憐な仕種で手を振ると、その場でログアウトする。あれ、と横からうっちーの声がした。

「ワカさん、今日は短いね」

「ん。家族サービスデー」

「ゲームでもリアルでもサービス精神に溢れてるな」

 全くその通りで、アイテム欄に紙袋をしまいつつ、アカネは笑声をこぼす。

 夜ほどには混んでいなかったパネルで希望種目に登録し、二人は競技場内に入った。

 うっちーの話だと、応援以外の種目にはMVP判定があって、該当者にはポイントが多めに付くそうだ。

 種目別では、二人三脚が最もポイントが入ってくるらしい。ただ、やはりその分、難易度は高い。NPCのフォローが無いので、同じ組の人と連名で登録する必要がある。

 おまけに練習もせずに挑む人だらけで、転倒者続出。二人三脚の一画は、応援区域も含めて悲鳴と笑いが入り乱れ、変に盛り上がっていたそうだ。

「でも、効率を考えるとイマイチかも。転ぶ人が多くて、三十分しか無いのに回転が悪い。待機してたのに走れなかった人も出た。運営に苦情を送った人が結構居ると思う」

「難しいもんだね。部活みたいに場を重ねて同時進行させることもできるんだろうけど……イベントとして味気なくなりそうだしなぁ」

「昨日は時間が経つ毎に、パン食いが人気になっていた」

 うっちーはポニーテールを揺らし、苦笑した。「リアルでお腹が空いてきたのと、ポイントもそれほど悪くないのが重なったみたい。オミは三順目でパン以外も吊ってほしいと言い出してた」

「贅沢者め」

 アカネが笑いながらコメントしたら、噂をすればというヤツか、たたっと軽い足音と共に後方から桐臣が並んできた。

「二人とも何に出る?」

「応援と障害物」

 異口同音に答えると、んじゃオレも、と桐臣は観客席の傍にもあるパネルへ走っていく。

 開始五分前になると、トラックの方へと矢印が出てきた。

 これからの三十分間、障害物競争の他には、もう半分のトラックでパン食い競争、トラックの内側で玉入れがある。他のプレイヤー達もそれぞれ動き出していた。休憩に移る人や続けて挑む人、応援に回る人と様々だ。

【待機区域】と足元に出ている場所で、エントリした人達がたむろしている。

「アカネ、百mもやりなよ」

 桐臣が言った。「百mだけは、その都度タイム出るんだぜ」

「ふぅん」

「韋駄天だからな。いいタイム出るぜ、きっと」

 アカネは口を曲げた。

「大して速くないよ、わたし」

「五十mは」

「八秒くらいだったかな」

「普通に速いな」

 うっちーが、速いのか普通なのか判らないことを言う。桐臣は、えー、と不思議そうな顔をした。

「おかしいな、オレでも六秒台なのに」

「男子と女子じゃ違うでしょ」

「あ……そっか」

 ハタとした様子で、桐臣は乾いた笑いを洩らす。

 アカネは呆れ、うっちーは少年の後頭部へ軽くチョップを入れていた。

 後ろ頭をさすりつつ、そういや、と桐臣は話題を逸らせた。

中の人は女性(ネナベ)の知り合いが寮に居るんだけど、今回のイベント、不利みたい」

「……色々ツッコミ所があるけど、どの辺が不利なのかだけ聞こうか」

「キャラ作成時にスキャンされるのは現実の身体じゃん。コレは、そのデータから予測された十六歳だろ」

 己が胸に拳を当てる桐臣に、アカネとうっちーは頷く。思えば、早くも三ヶ月前の出来事だ。「で、性別変えた人は、その後でコイン払ったわけで」

「ひょっとして、身体能力までは転換されない?」

「そゆこと」

「すると、ネカマの場合は有利なんだな」

 うっちーが不服気に洩らす。桐臣は肩をすくめて見せ、アカネは苦笑いした。

「今回のイベント、ネカマはRコイン使った甲斐があったってトコロだね」

「んー、ネカマとネナベはポイント調整されると思うけど。個人の獲得ポイントでも、上位には賞品が出るみたいだし」

 頭の後ろで両手を組んで、桐臣が空を仰ぐ。スタジアムに区切られて、ぽっかりと開けた上空は快晴だ。

 パーンと音がして、目を向ければ、第一組の男子がスタートしていた。

 知らぬ()に、トラック上には幾つかの障害物が出現している。低めの平均台や網が見えた。

 躍動する少年達は、やっぱり女子に比べると速さや身ごなしが違う。目で追いながら、うーん、とアカネは唸る。

「確かに、本物の女子に紛れこんだら、ネカマはMVP率高まるか」

「ちょい不公平だもんな。ネナベ(知り合い)もビリが多くてモチベ下がってるみたいだし。補正は入りそう」

 ふむ、と納得した様子でうっちーが顎を引く。

 つと、丸っこいお知らせ窓が視線の先に出た。

【スタートライン5に並びましょう】

 隣でうっちーが、出番だ、と呟いている。一緒にスタートのようだ。

「こけんなよー」

 桐臣が笑み混じりで手を上げ、アカネはうっちーと一緒に手を振り返してスタートラインへ向かった。


 紅白交互に並んで、アカネの両隣は白組の子だ。左の四番に知らない子、右の六番にはうっちー。

 用意、とNPCがピストル型の機械を掲げ、みな思い思いに構えた。本格的にクラウチングスタートをするつもりの子も居る。

 左の子が走り出したのは、音が鳴る一瞬前だった気がした。つられそうになって足踏みしたのと、パンッと耳朶が震えたのはほぼ同時。

 アカネも地を蹴る。風が生まれた。

 最初の障害は平均台だ。斜め前を疾走する背中を追い駆け、アカネも台に足を跳ね上げる。勢い余ってバランスが崩れた。低いからいいようなもので、すぐさま再び台に乗り、今度は両手を掲げて慎重に渡る。反復横跳びのように、台と地面と交互に踏んで進んでいる子も居た。その手があったか、と思う。

 アカネが平均台を通過した時には、既に四人くらいが次の障害に差しかかっていた。網の中へ潜り込んでいく。これは髪の長い子が、やや面倒なことになっていた。ぅぎゃあ、と声が起こっている。絡まるとは何処まで凝っているのか、運営。アカネはハチマキも心配になって咄嗟に引きほどいた。ズボンのポケットに突っ込んで網へ飛び込む。

 すばしこく潜り抜けたら三番手になっていた。たくさんの声が、いけいけぇっ、と背中を押す。

 眼前には砂が広がっていた。踏み込むと足が沈み込む。走るに走れない。足を引っこ抜いて、殆ど弾むように砂地を飛び出した。

 息が切れてきた。最後の障害はハードル三つだ。高さはそれほど無いが、疲れた足には結構きつい。

 先頭を走っていた紅組の子が、蹴倒す勢いでハードルと一緒に転んでしまった。

 卒なく進んでいた左の子がトップに躍り出る。懸命にアカネは後に続いた。

 最後の直線、夢中で前を目指す。

 ゴールラインを走り抜け、碧空を瞳に映した。

 肩で息をして、アカネはゆっくりと足を止める。

 二着だった筈なのに、目の前に【MVP! 二〇ポイント獲得】と出ていた。

「お疲れ」

 息を乱しながら、うっちーが来る。「アカネ、やっぱり、速い。わたし、もう何度か、やってるのに、コツさえ掴めてないよ」

 照れ臭くなって、アカネはポケットから出したハチマキを弄る。

「なんか、二番だったと思うんだけど、MVPになってる。バグだったら惜しいな」

「あぁ、微妙なタイミングだったけど、一着の人はフライングしたね」

「――あぁー……フライング、仕切り直せないのか」

「昨日、オミが一度試してた」

「何やってんだか」

「フライングとリタイアは一ポイントしか入らない。わざと繰り返してると判断されたら、ポイント没収もあるらしい」

 トラックを外れて応援区域に移動した二人は、続いてスタートした桐臣へ声援を送る。彼は男子の中でどちらかと言えば小柄だが、障害物を小器用に切り抜け、ちゃっかり一位になっていた。

 時間内なら何度も同じ競技にチャレンジできるものの、仮想空間でもこのゲームはそれなりに疲れる。次の種目に切り替わるまで、三人は応援に徹した。


 あっと言う間に時間が過ぎ、種目が入れ代った。次なる三十分間は百m走、玉転がし、騎馬戦が行われる。

 殆どの人が参加している種目だろうし、アカネも百m走に登録しておいた。楽だからと、うっちーと桐臣も一緒だ。

「次は何に登録するかが悩ましい」

 待機区域で、どこでもフォンを見ながらうっちーが言う。「白トモがインしてないから、二人三脚は不可。借り物か綱引きだな」

「借り物って楽しそう」

 アカネが言うと、桐臣が口元を歪めた。

昨夜(ゆうべ)、オレ、馬を探す羽目になったぜ」

「……何処から引っ張ってきた」

「NPCを一人連れて行って、この人、さっき騎馬戦の馬やってましたとゴリ押しした」

 今現在、トラックの内側には大勢のNPCが湧いている。騎馬戦の担ぎ手は、彼らがしてくれるようだ。

 思い出したのか、うっちーが肩を揺すって笑い出す。

「判定役のNPCが長いこと固まってた」

「馬の描いてある服とか本を探せば良かったみたいだな、あれ」

 桐臣は両腕を胸の前で組む。「でもさぁ、紙を開いたら〝馬〟って、どーんと一文字書いてあって……思考停止した」

「意外と難しかったのか、借り物」

「運が良ければ楽勝できるみたいだけど……」

 うっちーは遠い目をした。「わたしは、かつらを探せずに時間切れリタイア扱いになった」

「ちょ――何それ、かつらなんてどう考えても無いでしょ」

 ちっちっち、と桐臣が口元で指を振った。何だか巧くなってきている。

「紙に書かれるのは、スタジアム内で必ず見つかる物。競技説明に明記されてる」

「でも、かつらなんて誰が……」

 うっちーが溜め息まじりに答えた。

「それこそNPCが被ってたんじゃないかと、今になって思う」

「……身体張ってるな、NPC」

 うむ、とうっちーが同意していたら、お知らせが出たらしい。行ってくる、と桐臣がスタートラインへ向かった。

 百m走は回転が早い。すぐにうっちーが、出番だ、と呟いた。相次いで登録したものの、今回は違う組になったらしい。ガンバー、とアカネは送り出す。

 ややして、アカネの前にも案内が出た。今度は一。左端だ。

 直前の男子の組がスタートし、アカネは位置に着く。

 四の所に、先程フライングだったものの一着だった白組の子が居た。肩過ぎぐらいのチョコレート色の髪を、後ろで一つに纏めている。足のすらっとした綺麗な女の子だ。

 ほんの僅かなフライングだったから、単純にミスだったろう。最後はアカネよりだいぶ前にゴールインしていたから、フライングが無かったら正真正銘の一着だったと思う。

(今度は追い着きたい……!)

 むくむくと高揚してきて、アカネは深呼吸した。

 近くに立っているNPCの、機械を構える気配を探る。

 いざ合図が響いたら、少し離れていた所為か、アカネは四の子を忘れてしまった。

 さっきと違い、障害が無いのが爽快だった。

 現実の事も全部忘れて、ただただ。

 真っ直ぐ先に、ひたすら向かった。

 ゴールラインを、オーバーランした。

 お知らせが出て、我に返る。

【MVP! 一五ポイント獲得 タイム一四・六九】

 ぼんやりとそれを見ていたら、やっぱ韋駄天、と桐臣の声が聞こえた。うっちーも一緒に、近くまで来ていた。

 桐臣がタイムを聞いてくるので答えたら、オレと殆ど変わらない、と笑い出した。

「解ったぞ、ネカマだったんだな、アカネ!」

 今度はうっちーだけでなく、アカネもチョップを入れておいた。

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