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『青春Playing』  作者: K+
青春Playing
15/31

“?”との遭遇  後

 昼食の席で、朱音(あかね)は何気なさを装って訊いてみた。

「あのゲーム、部屋でペット飼ったりできないよね……?」

 斜向かいで姿勢良く味噌汁を飲んでいた柾高(まさたか)は、ごましお眉を器用に片方上げる。

「自宅なら飼えるようにできるかもしれないな。駄目元で要望出したらどうだ」

「朱音ちゃん、犬でも飼いたいの?」

 わかが弾んだ声で言う。「私はマメシバがいいなぁ。眉毛みたいな模様の子」

「現実では飼わないからな」

 祖父は、冷や(やっこ)と一緒にすぱっと切っていた。


 わけの解らない生命体を放置したままで宿題にとりかかるなど、朱音には無理だった。

 このままでは、現実に逃避というカオス展開である。

 アレを取り除いてこそ、リフレッシュできるというものだろう。

 昼過ぎ、朱音はおっかなびっくり、その日二度目のログインを決行した。




 自室の二段ベッドの上段、壁に張り付いたような位置で、アカネは息をひそめた。

 半休から休日に移行して、時刻は朝が終わりかけている。

 窓から陽光が差し込み、室内は明るい。

 しばし様子を窺うが、しんとしていた。流石に冷蔵庫の音は再現されず、外で鳥の鳴き交わす声がするくらいだ。

 どこでもフォンをちらりと見て、桐臣(きりおみ)もワカもマサタカも居るのを確かめる。運営に最も近いgakuが不在だけれど、アカネは覚悟を決めて身を乗り出した。

 そうっと下を覗き込む。

 見慣れた、マットだけの空間があった。

 広くない部屋だ。ざっと視線を巡らせ、何もおかしな物が見当たらないことを確かめる。足音を殺して床に降り、机の下も見ておく。へっぴり腰で、押し入れとクローゼットも開けてみた。

 あの何かは影も形も無かった。

 アカネは盛大に息を吐き出し、ベッドに座り込みかけてから、後ろが怖くて椅子の方にへたり込む。

 狭い座面で両膝を抱え、握り締めていたどこでもフォンを見た。

 桐臣から、大丈夫か? とメールが来ていた。

 今一度、息をつく。呼吸を整えてから、電話した。

 ワンコールで繋がる。

〔どう?〕

「お騒がせしました」

 昼前の醜態が恥ずかしくて、頬が熱い。「えと、居なくなってる。大丈夫みたい」

 向こうも息をつくのが耳に届いた。

〔ひとまず良かったけど……オレにも確かに聞こえた、さっきの何かの声〕

「うぁ……」

〝幽霊の正体見たり枯れ尾花〟じゃないかと期待しかけていたアカネは、言葉に詰まる。寝惚けて勘違いしたというオチでは、やはりないのか。

 一人で部屋に居て、また急に現れたりしたら怖い。

 ショッピングモールに在るカフェで落ち合うことにして、アカネは急いで部屋を出る。

 ロビーに降りた所で、食堂から出てきたうっちーに会った。

 これから桐臣と会うと言ったら、逢引か、と口角を上げるので、アカネは先程直面した事態を手早く話した。

 寮だから、彼女もアカネとそっくりの部屋に住んでいるわけで。結局、うっちーも一緒にカフェへ行くことになった。桐臣に改めて電話を入れてから、蝉の声がする中を二人で向かう。

 うっちーが颯爽と歩きながら、開襟ロングブラウスとブラックレギンスに早変わりしたのは、ゲームならではだった。


 クーラーの効いたカフェは、他のプレイヤーも数組来ていた。それぞれ楽しげに雑談しているようだ。

 アカネとうっちーが連れ立って入店すると、カウンター近くのテーブル席で、桐臣が片手を上げる。

 怪我はすっかり治っていて、今日は半襟立てた白いラガーシャツにデニムジーンズ。桐臣はひょっとすると、乙女のアカネより衣装持ちである。

 飲み物を持って席に着いた三人は、早速本題に入った。

 桐臣が、結論で口火を切る。

「まぁ、バグだろ」

 うっちーが同意の頷きを見せ、アイスカフェラテの氷をストローでつついた。

「ありのまま、運営に通報しておいた方がいい」

「そうする」

 不具合報告はテスターの使命でもある。アカネは、バッグからメモ帳と筆入れを出した。

 布団のサイズが書いてある頁をめくり、まっさらの一枚を出す。

「えーと、リアル時間、ゲーム内での時間、場所……」

 箇条書きを始めた手元を、斜向かいの二人が覗き込む。【ベッドの下段】と書いたら、桐臣が軽く口を曲げた。

「アカネ、梯子ちまちま登って、上で寝てんの?」

「楽しいじゃん」

「何とかと馬鹿は高い所が好きなんだぜ」

「それを言うなら何とかと煙に濁そうよ」

 ぐふっ、とうっちーがくぐもった笑いを洩らす。アカネは口を突き出して問うた。「ウッチ、下なの?」

「うーん、下かも。このゲームで、まだ寝たことが無いけれど」

「むー。わたし、寝たのは今回初めてだったんだよ。それで起きたら、あんなのが下に居るんだもんなぁ」

「それも書いといた方がいいんじゃね」

 桐臣がキャラメルフロートを匙ですくいながら言った。「オレ、もう何度か寝てるけど、起きたら上に何か居たことなんて無い」

「発生条件がありそうだ」

 うっちーがメモを見直す。「眠らなきゃいけないんだろうか」

「目覚まし使ったら出ないとか?」

 テーブルに桐臣は頬杖をつく。アカネはアイスレモンティーを一口飲んでから、小首を傾げた。

「案外もっと単純で、夜に下が()いてるぐらいで良かったりしてね」

「わたしは夜に部屋で過ごしていたことが何度かある。消灯している必要もあるかも」

「ふむふむ」

 桐臣が勝手に、メモ帳の隅っこに書き連ねる。左利きで、崩れ気味の癖字。

【夜

 消灯

 上で待つ】

「なんで再現計画になってんの」

 アカネが半眼を閉じると、しれっと桐臣は言ってのけた。

「ヤバかったら落ちるけど、せっかくだから正体ぐらいは確かめたいじゃないか」

「この後の夜時間もインできそうだから、わたしも試してみよう」

 うっちーまで参戦する。アカネは呆れて椅子の背へ身を引いた。

「ベッドが窮屈そうな大きさだったよ、凄い唸ってたよ。何か臭かったし、猛獣だよっ?」

牧場(まきば)駅で降りると、動物園があるんだよな」

 思い返すようなそぶりで、桐臣が店内の高い天井を見上げる。レトロなファンの長い羽が、ゆったりと回転していた。「そこの画像が重なったかなぁ」

 アカネは眉を寄せた。

「でも、毛布? タオルケット? 着てたみたい」

 わたしは枕しか持ってないのに、と言うのは完全なるヒガミなので黙っておく。

 桐臣とうっちーは、え、と声をハモらせた。

「まさか男子寮と重なったとか?」

 顔をしかめる桐臣に、アカネは頭の上に左右の手で半円を描く。

「こんな耳飾り着けて寝るごっつい男子、居そう?」

「知りたくねぇ」

 思わず想像しかけ、二人は口を歪める。

 うっちーが、山吹色のどこでもフォンを目の辺りに構えた。

「チャンスがあったら写真を撮ってみよう」


 結局、アカネはカフェで文章を纏め、その場で運営に通報しておいた。

 桐臣とうっちーは、この後の夜時間に、自室で同じ現象が起きるか試してみると決まる。

 気をつけてよ、とアカネは念を押し、昼時間の内にログアウトしたのだった。




 次の日、いささか落ち着かない気分で宿題を少し片づけ、いつもの時間に朱音はログインしてみた。


 運営から何らかの反応があるまでは部屋が怖かったものだから、現れたのは寮のロビーだ。

 平日3の昼Ⅰで、すぐにワカからD組に入ると電話がかかってくる。うっちーと桐臣からメールが届いているのに気づいたが、制服に着替えてアカネも学校へ向かった。

 久々に情報処理の授業を聴いてから、休み時間にメールを開いてみる。

 先に届いていたのは、うっちーからだった。画像付き。

【夜時間を半分過ぎた頃、私の部屋のベッドにもお客さんが現れた。

 写真には出ていないけれど、頭の付近に名前らしき文字化け表示を確認。

 謎エリアの住民だろうと推察。】

 急いで画像を表示させ、アカネはぽかんとした。

 どこでもフォンを横にして写したらしい。

 暗い背景の中央に、フラッシュで照らし出され、白っぽい生き物が寝ている。

 三、四歳児ほどの大きさの、兎。伏せ気味だが長めの耳。口元にピンピンと髭。どう見ても頭部は兎だ。

 腹の辺りにだけバスタオル大の布がかけてある。半袖の水色チェックパジャマを着ている。人に着せられた感は無い。

 可愛いのか不気味なのか微妙なラインだ。

 アカネは眉を寄せつつ、続いて桐臣からのメールを開く。こちらも画像付き。

【俺のもうじゅう。

 おとなしく寝てて全然うならなかった。】

 何処となく嫌な予感をいだきつつ、アカネは画像を表示してみた。

 こちらは縦長写真だ。やはりフラッシュに照らされ、下の方にグレーの柔らかそうな頭。

 頭には大きめの三角の耳。ちっちゃな額の辺りに黒っぽい縞模様。口元に白や黒の元気な髭。

 猫にしか見えない。

 しかしながら長袖パジャマを着ている。黄色にピンクの花模様。顔の辺りにふかふかそうな猫の手が投げ出されているが、体勢は人間が仰向けで寝ているかのようだ。

 兎モドキ同様に、バスタオルっぽい布が画面上の端に写っているが、ふっくらと胸部が盛り上がっているのが判る。この猫モドキ、女の子らしい。

(何が〝俺の〟だ! ていうか、おかしい。なんでわたしの所だけ唸るような巨大生物が来てんの!?)

 アレは見間違いだったのかと、アカネは写真を見据えて考え込んだ。

 こうなったら、アカネもしっかり、キモ可愛い謎生物を見てみたい。


 私も写真を撮ってみる、と二人に返信し、勇気を出してアカネは夜時間に待ち伏せてみた。

 結果は、床にそっと降りてみただけで再び唸られた。寿命が縮む思いでシャッターを切るのが精一杯。ろくに見ることも叶わずログアウトという始末だった。

 そうして撮った必死の一枚には、見間違いではなかったモノが写っていた。アカネの部屋には、夜な夜な寝間着の虎が訪れていたようである。

 フラッシュを反射した緑がかった白い両目と牙を剥いた様は、ピントがぶれて恐ろしさが増していた。

【ど、どんまい……。】

 恐怖の写真を送りつけられた桐臣とうっちーが全く同じ返事をくれたものの、アカネが釈然としなかったのは言うまでもない。



 休暇明け、運営からは不具合修正が公表された。

 ミニイベントの影響で、〝?〟エリアの住民が意図しないまま渡航してきていたようだ。

 うっちーがかのエリアに魅せられた友人に詳しく訊いてみたところ、あちらは服を着た二足歩行の動物だらけだと言う。

 そこまで擬人化しておいて、喋る言葉はワンだのニャーだの。学園も在って木造の建物に住んでいるようなのに、暮らしぶりはややサバイバル寄りというマニアックさらしい。

 (くだん)の彼は、正式版になったら翻訳アイテムを買い、〝おんにゃの子〟を追っ駆けたいそうだ。恐らく、桐臣の部屋に来ていた猫モドキのことだろう。

 果たして、そんなことをする余裕があるのか。猛獣の存在も知るアカネは、疑わしく思わざるを得ない。

【人並の生活を保障できません。非常に難度の高いエリアです。】

 あの注意書きは、伊達じゃないようだから。



 さておき、運営へ一報したアカネには謝礼のVマネーが振り込まれた。

 貧乏くじを引いていた溜飲が下がり、アカネがそれでふわふわ羽毛布団を揃えたのは余談である。

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