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『青春Playing』  作者: K+
青春Playing
14/31

“?”との遭遇  中

 補習の最終日は、巷がお盆休みに入る直前だった。

 通い切れた朱音(あかね)は、教室でささやかな達成感にひたりつつ帰り支度をする。

 フルで(かよ)っていたのは朱音だけで、日を追う毎に参加者は目減りしていた。やっぱり、一、二年生の補習も本来の意味のヤツだったのだろう。

 朱音の場合、世界史に関しては現実より進行していて、生物はとんとんといったところだった。残りの科目は壊滅的だったが、今回の補習で幾らか追い着けたと思う。

 付き合ってくれた先生方に感謝だ。

 廊下へ出たら、向こうから佐藤(さとう)先生が珍しく早足でやって来た。両手で何かたくさん抱えている。

「あぁ、良かった、森、居た」

 先生は肩を上下させつつ言う。朱音は照れ笑いした。

「無事に皆勤しました」

「あぁ、うん、良かった。君、小さいのに根性あるよ」

 小さいは余計です、とツッコミたかったが黙しておく。

 祖父母も父も背丈はあるから、朱音の身長は母譲りなのだろう。猛烈なコンプレックスだった。

 中学二年生以降、伸び悩んで一五〇・一cm。本当はアカネくらいになりたい。夢の一六五cm。

(先生は、背筋伸ばしたらマサタカさんぐらいあるんじゃないかな)

 アカネよりも十cmは高そうな位置にある顔を見やると、これなんだけど、と先生は抱えていた物を向けてきた。

「ごめん、渡すの忘れてたんだ。夏休みの宿題」

 出した両腕に、どさどさと問題集やプリント束を乗せられる。朱音は軽く背後へよろめいた。

(この量を二週間で片付けろって……?)

 気が遠くなりかける。元はと言えば、学校に来ていなかった朱音が悪いのだけれど。

 先生は、何とも言えないへたりとした笑みを浮かべた。気をつけて帰れよ、と呑気に片手を上げてから去っていく。

 一週間ぶりに『青春Playing』へログインしようと思っていたのに。

 汗まみれで宿題を持ち帰った朱音は、半泣きで机にかじりつく羽目になった。


 ログインできないまま、アルバイトと宿題漬けで三日ばかり経過した日。

 夕飯の支度を手伝いに朱音が台所へ入ると、お疲れさま、と祖母が目を細めた。

 今夜はちらし寿司らしい。朱音は錦糸玉子作りを割り当てられる。

 作業しながら、わかは主にゲーム内の出来事を話してくれる。大半は〝本日のマサタカ〟の報告だ。祖母の青春は実に痒い。

 わかは短大在学中に柾高(まさたか)と出会ったようだが、当時を只今ゲームで再現中という感じだった。

 朱音は秘かな仲睦まじさに憧れると同時に、どうしてこんな二人の息子が妻に逃げられたのかと暗い気持ちになる。

 より正確には、どうしてあんな裏切り者を妻にしたのか、なのだけれど。

 己が深淵を覗きかけ、朱音は慌てて思考を止めた。

 仮想空間でも共に過ごして、朱音は祖父母が前よりも好きになっている。だからこそ、異物になりたくない。

「嗚呼、桜高校にも行きたいなぁ」

 ぽつりと朱音が洩らすと、わかは柔らかく笑声をこぼした。ふと思い出したように言う。

「オミ君が心配してたよ。アカネちゃんが何かしたのかと思ってたみたい」

「へ?」

「もう一週間以上もログインしてないでしょ。アカウント停止喰らってるの、って訊かれた」

「一緒にすんな、って伝えといて」

 すかさず返すと、祖母は笑う。

「現実のアルバイトと宿題を頑張ってるって言っておいたけど」

 わかは、ワカを彷彿とさせる可愛い角度で小首を傾げた。「ちょっとインして、リフレッシュしてから宿題やったら、捗ると思うよ」

「……うん」

 背中を押してもらえた気分で、朱音は頷いた。




 翌日、アルバイト後に宿題を少しやってから、朱音は久々にVR眼鏡(グラス)を装着した。

 午前十時になろうとしているから、ゲーム内では昼Ⅳの時間帯だ。水曜とはいえお盆期間、友達も誰がログインしているやら判らない。

 ゲーム起動画面に広がった澄明な空色と波音に、きゅんとなる。

 自分でも意外だったが、随分とこのゲームを気に入ってしまっていると実感した。


 現れたのは寮の食堂だった。うっちーと西瓜を食べつつ〝?〟エリアの噂を聞いて、切りのいいところでそのままログアウトしたのを思い出す。

 時刻バーは明るい青色で、やはり昼Ⅳ。半休だったので、授業は終わってしまっている。

 昼時間だから食堂は機能していない。昼間の明るさに満ちてはいたが、がらんとした広い空間が淋しかった。アカネはすぐに自室へと向かう。

 いそいそと部屋に入り、ベッドに腰かけ、どこでもフォンを確認した。ちょっと肩が落ちる。

 青色ネームが非常に少ない。おまけに居るのは、登録してそれっきりとなってしまっている人達だ。

 メールも少ない。一昨日の日付で、インしてないっぽいけど何かやったのか? という、お前が言うな的代物が桐臣から来ていて、軽くムカっとした。

 直接言ってやりたいところだのに、〝オミ〟は灰色だ。

「あーあ」

 独り言を洩らし、アカネは膝の上でコバルトブルーのプレートを持ったまま、所在なく目線を彷徨わせる。机の上に真新しい銅色の時計を見て、立ち上がった。

 十五分間の仮眠ができて、結構すっきりする。確か桐臣(きりおみ)はそう言っていた。今日のログインはリフレッシュのつもりだったのだから、ちょうどいい。

 仮想空間で眠るなんて、夢の中でも布団にしがみつこうとしているかのようで、何処か間抜けな気もするが。

(せっかく枕も買ったし)

 アカネは二段ベッドの梯子を登ると、ベッド回りのカーテンを閉める。薄暗くなった中で、置いてあった枕をちょっとならして横になった。マットが固いが、しょうがない。

(いずれ敷き布団と掛け布団を買うぞぉ。奮発して羽毛だ、高級羽毛。ふっかふかのふっわふわだ)

 妄想する内、アカネは肝心なコトを忘れたまま、寝入ってしまった。


 覚醒したのは、覚えのある音が聞こえたからだった。

 深く息をつき、アカネは寝惚け(まなこ)で枕元を手探りする。どこでもフォンに電話がかかってきている。

 真っ暗な中で、薄いプレートの端が点滅していた。メールも来ている。

 取り敢えず、この場合は電話が先だ。確認すると、仄かに光る画面に〝オミ〟と出ていた。

「おー……ひしゃしぶりぃ」

〔ラリってる……?〕

 耳馴染みのいい声が、腹立たしい台詞を届けてきた。〔やっぱりホントはアカ停止されてたな? ていうか、クスリだけはやめとけ〕

「薬の世話になったのはオミでしょうが」

 失礼な疑惑に言い返せて、すっきりする。

 すっきりしたが、アカネは周りの暗さに眉を寄せた。時刻バーを意識すると夜だ。半分以上、紫が広がっている。

 一時間半は優に経過していた。

「え、あれ? 仮眠て十五分じゃなかったっけ」

 跳ね起き、思わず電話に言ってしまう。

〔あ、仮眠中だった? ごめん〕

「や、だから、十五分じゃ……」

〔システムメッセージと電話かかって来た時は、設定リセットされて、すぐに目が覚める仕様なんだよ〕

「設定――」

 アカネは、ハタとした。

 目覚ましをセットした覚えが無い。

(ぐは)

 どうやらアカネは、ゲーム内で真正の睡眠を貪ったらしい。

 恐ろしいことに、()だけで桐臣は察してきた。ぶはっ、と笑い声が漏れ聞こえる。

〔すっげ! コレも寝落ちって言う!?〕

 流石にアカネも文句が出ない。桐臣は笑み混じりの声で続けた。〔インしてるのにメールしても一時間以上返事来ないし、避けられてんのかと思っちゃったじゃないか。爆睡かよ〕

「う……ごめん、すみません」

 マット上でアカネは正座する。己が間抜けぶりに項垂れた。

モーニン(morning)。で、今日、いつまでインできんの。この後、休日になるだろ。こっちでもバイト三昧?〕

「あ……もうすぐリアルでお昼御飯だから、落ちなきゃ」

 カーテンを開けても暗い部屋で、アカネはいささか残念な心地で言う。電灯を点けないまま梯子に片足をかけ、宿題が残っていると言葉を続けようとした。

 降りかけた梯子の奥、カーテンを端に寄せたままのベッドの下段に、何か黒々と大きな塊がある。マット以外、何も置いていない筈なのに。

〔そういやそうだな、オレも落ちよ〕

 切られる気配にアカネは焦った。混乱しつつも声を殺して願う。

「待って……!」

〔ん〕

 アカネは慌てて上に戻り、恐る恐る下を覗き込む。人だろうか。ごつい。タオルケットのような布の端が、ベッドから少しはみ出て垂れている。

 闇に慣れてきた目が、人にしては大きな頭部を捉えた。肩の辺りが、割合速い間隔で上下している。毛皮のような生臭い異臭も微かにした。

「な、なな何か――何か部屋に居る」

〔Gか。何の拘りだよ、運営〕

「いやいやいや、でっかいでっかいでっかい」

〔グレゴール・ザムザって名前つけてやれ〕

「虫から離れて……っ」

 必死で声をひそめ、アカネは下を凝視する。人ではない位置に、丸い耳のようなシルエット。ぴくぴく動いている。「らっ、ライオン? 虎? 熊?」

〔じゃ、アスランか李徴(りちょう)かプーで〕

「文学談義したいんじゃないんだってばっ」

〔オレ、帰宅部の他に読書部にも入ってみたんだ〕

「何のロールプレイよっ」

〔失敬な、素に決まってるだろ〕

 電話が繋がっていたから何とか片隅で冷静を保っていたが、グァゥ、と云う低い唸りと共に影が身動き、アカネは悲鳴をあげて壁へ飛び退いた。

「オミ、オミ、オミ――何これ何これぇええっ」

 桐臣が、ようやく声音に緊張を含ませた。

〔ログアウトしろ!〕

「そっ、そか――っ」

 不穏な音が下方から響く中、アカネは震える手でログアウトボタンを現出させる。

〔昼飯の後にでもリログして、まだソレが居るようなら運営に問い合わせればいい〕

 早口で桐臣は言う。〔盆休みだから、すぐ対応されないかもだけど〕

「泣きたくなる付け足しするなぁっ」

〔べそかいてリアルでワカさん達を心配させんなよ〕

「解ってるやいっ」

 またね! と宣言し、アカネは〝ログアウト〟をグーで殴った。

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