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『青春Playing』  作者: K+
青春Playing
13/31

“?”との遭遇  前

 七月の最終週、朱音(あかね)は初めて宮園(みやぞの)高校の夏服に袖を通した。

 アルバイトを始めてからは仮眠していた午前中、家を出る。

 配達に使っているごつい電動自転車で行くのはナンだったので、バスで学校へ向かう。

 最寄りの停車所で降りれば、すぐ校門が見える。

 朱音は深呼吸した。

 自分の将来が見えない遣る瀬なさに、つまずいたけれど。

 予言者じゃあるまいし、そもそも将来の自分なんて見えるわけがない。

 歩いているうち、辿り着くのだ、きっと。

 歴史を積み重ねてきた、みんな、みんな、生きている限り、歩き続けただけだ。

 一直線でも、寄り道しまくっても。どう歩くかは『青春Playing』の中と同じく、自由。気負う必要は無い。

 顎を引き、朱音は校舎に入った。


 驚異的なグラフィック水準の『青春Playing』だけれど、やっぱりゲームなんだな、と朱音は思った。

 現実の学校は、程々、汚れている。ワックスっぽい臭いがする。

 デイバッグから取り出したプリントを頼りに、三階の二年生クラスへ向かう。生徒がちらほら席に着いているのを見留め、朱音はそろりと後ろの出入口から入り込んだ。

 十人ぐらい居る。覚えのある顔は皆無だ。却ってホッとした。

 ゲームと同じく適当に座っているようなので、朱音もそうする。クーラーが入っているみたいだけれど、設定温度は高そうだ。やや暑くて、気だるそうにしている人も見受けられる。

 皆、本物の補習で来ているのか、優秀が故に先行学習に来ているのか、朱音には判断がつかなかった。

 ほぼ全員、正面を見ながら指を動かしている。ステルスフォンでインターネットをしているのだろう。

(どこでもフォンて、移動中も見れるのがいいよなぁ)

 観察しながら朱音は思う。一般向けステルスフォンは通信衛星で位置情報を常にやり取りしていて、止まっていないと使えない仕様だ。歩いたり、乗り物で移動中には接続が強制切断されてしまうのだ。

 音を立てて前の戸が開き、小太りの中年男性がたくさんの紙束を持って入ってきた。これまた覚えの無い顔で、安堵する。

「はい、プリント持ってってー。こっちの三種類は二年、こっち二種類が一年ね」

 教卓で紙束が幾つかに分けられる。がたがたと生徒達が立ち上がった。

 本日は、現代国語と古文の補習になっている。

 プリントを手に席へ戻った朱音は、鼓動が早まった。試験問題のような内容だ。現代国語は何とかなりそうだが、古文がやけに難しそう。

「ステホで調べてもいいが、先ずは自分で解いてみろよー」

 先生は空いた椅子を教壇に持ってくると、腰を下ろした。「解答は後で配るがー、途中でも質問があるなら来ていいぞー。じゃ、始めてー」

(サボってたツケが回ってきたぁああああ)

 内心で絶叫し、朱音は涙目になりつつペンを握った。


 およそ五十分後、朦朧とする頭で朱音は机に突っ伏した。

 ちょっと睡眠不足の中、頑張ったとは思う。

 しかし今日はゲームをせずに、復習した方が良さそうだ。できれば明日の予習も。

 明後日は、現代社会は怪しいものの、世界史だけはついて行けると思う。

 ぐるぐると予定を立てながら身を起こし、他の生徒同様に帰り支度を始める。

 と、前の戸から担任の男性教諭が顔を覗かせたのに気づいた。こちらを見てちょっとだけ笑んだので、朱音は会釈する。まだ三十手前らしいのに、覇気というかやる気の無さそうな印象の人だ。

 幽霊のように、ゆらゆら手招きされた。苦手意識が頭をもたげるが、今日来られたのは佐藤先生のお蔭だった。朱音はデイバックを背に席を立つ。

(先生も、少し前からこの時代を歩いてる仲間ではあるんだな)

 おかしな感慨をいだく朱音に頼りなげな背中を見せ、佐藤(さとう)教諭は廊下を端の方まで歩き、振り返った。

「補習、どうかな」

「できれば全部、出たいです」

 先生は、あからさまに肩の力を抜いた。気にかけてくれていただけ、ありがたいのかもしれないが。

「補習、出席日数に加えるから。二学期から出て来れそうなら、日数も足りて、進級できると思うんだ」

「解りました」

 短く済ませてしまってから、それだけでは失礼な気もしてきて、朱音は付け足した。「ありがとうございます、先生」

「あぁ、いや……」

 指先で首の後ろを掻いてから、先生は馬鹿正直に言った。「案内プリント忘れてて、ごめんな」

 気をつけて帰って、と片手を上げる姿に、朱音は知らず笑顔になっていた。

 お人好しらしき川辺(かわべ)先輩を利用したのかと疑ってしまっていたが、佐藤先生も実は天然系のようである。

 また少し、現実の学校のハードルが下がった。




 補習に月曜から土曜まで通い、慣れてきた朱音は、少しだけ仮想都市で息抜きすることにした。

 八月に入った日曜の午前十時近くだ。友達登録している誰かは居るだろう。


 ミニイベント〝夏休み〟は終了していたが、学園都市は休日だった。昼Ⅳの時間帯になろうとしている。

 寮の自室で二段ベッドの下段に腰かけ、先ずは隅っこが点滅しているどこでもフォンを確認した。

 メールは後回しで、友人のログイン状況を見る。

 予想に(たが)わず、割とログインしていた。灰色と、青色表示の名前が半々。

 ただ、灰色〝ワカ〟の下にある〝家臣〟も同じ色で、アカネは軽く口をすぼめる。

 Diana17の送別会以来、桐臣(きりおみ)がどうしているのか判らない。翌日にはNickにペナルティが課せられているらしいと、Diana17からの写真付きメールで察した。恐らく、桐臣も何か罰を受けた筈だ。

 急いでメール画面に移動する。古いモノだと、女子校組からの夏休みの遠出のお誘いだ。時間切れにがっかりする。

 一番新しく届いていたのが、三日前。桐臣からだった。

 ペナルティで一週間ログインできなかったと書いてある。

【ホントに花火が見れたのはあの日だけだった。危なかった。】

 アカネは小さく笑う。

 安心したら気が抜けて、コバルトブルーのフォンを持ったまま背後に転がった。マットのみのベッドは固い。おまけにさほど横幅が広くないので、危うく壁に頭を打ちかけた。

(布団と枕、買うかなぁ)

 どこでもフォンをマット上に投げやって身を起こし、アカネは二段ベッドを検めた。一人っ子なので、初めて見た時はささやかに興奮したものである。

 上段にも下段にも、ぐるりと周囲を覆うカーテンが付いている。ここで眠ったことがないので端に寄せていたけれど、引いてみたら幼い頃に一度だけ乗った寝台列車のようになった。わくわくしてくる。

(これは……! やっぱり上だね!)

 アカネは梯子を登る。当たり前だが天井が近くなる。なかなかイイ。

 床に戻ったアカネは、ペンケースから定規を取り出すと、マットのサイズをちまちま測った。

(そういや、時計があるとか言ってたっけ)

 Rコインショップを開き、目覚まし時計を買ってみた。銅色で、頭にベルが二つくっついている。文字盤はアナログだ。アイテム欄に届いたのを取り出し、ひとまず学習机の上に飾っておく。

 アカネはハーフパンツをデニムジーンズに着替え、どこでもフォンを手にした。スイッチが入ったままで、相変わらず〝家臣〟はグレーだ。

 なんだか、名前に違和感を覚えた。〝オミ〟へ変更してから、薄いプレートを鞄へ入れる。長い肩紐へ斜めに身体をくぐらせ、鞄を腰の後ろへ回すとアカネは寮を出た。


 昼時間ぎりぎり粘ってホームセンター内をうろつき、布団は現在のアカネの所持金では買えないと知った。

 枕だけ抱え、夕暮れが近づく中、寮に戻る。

 NPCの寮母がにこにこと挨拶してくれるので、ただいま、と返していたら、タンクトップにスパッツのうっちーがロビーを通りかかった。よ、と手を上げ合う。

 今日の夕飯は西瓜が出ると言って、うっちーは食堂を示す。

 ようやく友人の一人と会えたのが嬉しくて、アカネも同席させてもらうことにした。



 寮の食堂は割と明るくて広い。片面に窓が並び、厨房カウンターの他には、長いテーブルとパイプ椅子が数組。電子レンジも一つある。奥では、レトロな扇風機が、ゆっくりと首を振っていた。

 ここでは、朝と夜の時間帯になると、カウンターに予定メニューが並ぶ仕様だ。セルフサービスで、食べたい分を取れるようになっている。但し、ひと品につき、おかわりできるのは一度だけ。

「謎エリアの話、聞いてる?」

 うっちーが、西瓜の種を匙の先で除きながら言った。三角カットの西瓜は、瑞々しい朱赤。

 友人の向かいで同じく西瓜をかじったアカネは、しゃくしゃく感を味わいながら、んーん、と応じた。

 言われるまで、エリアが三つあった事を忘れていた。

 クローズドβ中、インターネット上へのゲーム情報流出を、『青春Playing』運営は禁止事項に挙げている。

 緻密な監視網を張っているようで、例え流出しても即座に削除しているらしい。

 この件に関する違反者は、以降の全バージョンへのアクセスが許可されない。VR眼鏡には虹彩と静脈のダブル個人認証システムが搭載されている。だからこそ可能な、厳しい姿勢である。

 仮想都市に並ぶ商品などを見ても、相当数の企業や団体が関わっているのだ。限定スイーツ一つにしても、現実より先行販売している時もある。正式版かオープンβまでは情報規制したいのだろう。

 そんなこんなで、他のエリアに関する事など、早々流れてこない。海外については今回のイベントもあったからか、少しずつ知るところとなってきたが。

 しかしながら今一つの〝?〟エリア、未だ殆ど神秘のベールに包まれている。

 アカネは、小首を傾げた。

「あ、ひょっとして、渡航チケットで短期体験できた?」

 几帳面に種を落とし続け、何やら重々しくうっちーは頷いた。

 最初に選んだエリアから他へ移住するには、五千Rコイン要る。それまで溜めたポイントや所持Vマネーはリセット。クローゼット内アイテムだけ保持されるようで、つまりは実質、衣服しか持っていけない。

 更に言葉の壁。気軽にエリアチェンジする人はほぼ皆無だ。

 ところが先のミニイベント期間、日本だと五百Rコインで渡航チケットは売られていた。言葉が通じないものの、イベント期間中だけと思えば躊躇も薄れる。

 海外エリアも然り。未知のエリアも然りだ。

「とはいえ、謎エリアの注意事項って不穏でしょう」

 うっちーが匙を僅かに揺らした。アカネは大きく首肯する。

 海外は要英会話といった軽い注意だが、〝?〟には学園ゲームらしからぬ、怪しげな文言が書かれていた。

【当エリアでは言葉が通じません。又、人並の生活を保障できません。非常に難度の高いエリアです。ある種マニア向け。】

「わたしは挑む気になれなかったんだが、友が、チケットを使って行ってみたようで……」

 その男子は、友達二人と男ばかり計三人で、チャレンジしたようだ。

 リアル三日間で彼らは帰ってきた。

 言葉も文字も意味不明で、通貨の両替もままならなかったらしい。

「お互い落ちる寸前の立ち話で、多くは聞けなかったんだ。ただ、早く戻ってきた割に意気揚々といった風情だった。それに……」

 優しい甘みをごくりと飲み、アカネは続く台詞を待つ。

 うっちーは西瓜に匙を差し入れつつ、どう表現したものかと言いたげな顔で続けた。

「妙な死亡フラグ立ててた」


『俺、このゲームが正式版になったら、謎エリアで暮らすんだ』

 そう、恍惚とした表情で呟いていたそうだ。


 アカネが漠然と理由を悟るのは、およそリアル十日後である。

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