9 原因不明の病と王宮の招集 改
集められたのは、貴族や領主だけではない、商人や教会関係者の姿もある。
王宮の広間には、国内の有力者たちが次々と集められていた。
普段ならば、こうした場では挨拶や世間話が交わされ、互いの腹を探るような駆け引きが始まるのだが、今日だけは違う。
広間の出入り口には兵士たちが、招集された者たちが揃っても、持ち場を離れようとしない。
それどころか、広間に入ってきた者たちの顔を一人ずつ確かめている。
明らかに普通ではない。
何が起きたのか。なぜ、これほどの人間が突然呼び集められたのか。
誰もが疑問を抱きながら、周囲の様子をうかがっていた。
国王が姿を見せると、人々は一斉に頭を下げた。
隣の王妃も、いつもとは様子が違う。
普段ならば、優雅な微笑みを絶やさず、どのような場でも落ち着き払っている。その王妃の表情が、硬い。
皆、事態の深刻さを感じていた。
「皆、突然の呼び出しにもかかわらず、集まってくれたことに礼を言う」
国王の声が広間に響いた、前置きもない。
「先日、盗賊の一味が捕らえられた。残党が街に潜んでいる可能性を考え、捜索を続けていたが、新たな報告が入った」
国王が目を向けると、一人の男が進み出た。
騎士団の関係者らしい。険しい表情からは、報告を前にした緊張がうかがえた。
「街で、原因不明の病にかかった者が確認されました。体中に黒や赤の斑点が浮かび上がり、皮膚が変色するというものです」
広間がざわついた。
「原因不明だと?」
「伝染する病ではないのか?」
「どこの地区で発生した?」
あちこちから声が上がる。
商人たちは、店や取引先への影響を考えたのか、隣の者と顔を見合わせた。
領主たちは、自分の領地に同じ病が広がった場合を想像したのだろう。表情を険しくしている。
病気というだけでも厄介なのに、原因不明となれば、なおさらだった。
「医者には診せなかったのですか?」
誰かが尋ねた。
報告に立った男は、静かに首を振った。
「患者は宿屋の一室にこもり、外へ出ようとしませんでした。宿屋の主人も当初は不審に思ったようですが、宿代はきちんと支払われていたため、強く問いただすことはなかったそうです。しかし、やがて食事すら必要ないと言い出した。さすがにおかしいと考え、騎士団へ報告しました」
男は一度、言葉を切った。
「その男は盗賊の一味です」
「盗賊が病に?」
「では、盗賊たちの間で何かが起きているのか」
「ほかにも患者がいるのではないか?」
盗賊が病に倒れたという話なら、同情する者は少ないかもしれない。だが、街に潜んでいた残党が病にかかっているのだとしたら、話は別だ。
彼らがどこを歩き、誰と接触したのか。宿屋の主人や従業員は無事なのか。ほかの客にまで広がってはいないのか。
わからないことばかりだ。
「……患者たちが出入りしていたのは、娼館です」
短い言葉、だが、広間にもたらした衝撃は大きかった。
「娼館だと?」
「まさか、女からうつされた病なのか?」
「病気を持った女と遊んだということか……」
男は、それ以上は答えない。
だが、広間にいる者たちは、それぞれの都合で話を受け止めていた。
娼館を利用すること自体は、金を持つ男たちにとって珍しいことではない。
貴族も商人も、身分や立場を問わず、表には出さずとも、そうした場所に通う者はいる。
盗賊の病気だと聞いていた者たちの顔色が変わり始めた。
自分は関係ない、そう思いたい者もいただろう。
だが、病の原因が娼館にあるのなら、盗賊だけの問題では済まない。
あの店は安全なのか。自分が通った店はどうなのか。知人や取引相手が感染していたら?
疑念は、瞬く間に広がっていった。
それまで病の流行を心配していた者たちの中にも、別の恐怖を抱き始めた者がいる。
身に覚えがある者ほど、口を閉ざした。
誰もが隣の者の顔色をうかがいながら、余計なことを口にしないようにしている。
「実は、捕らえられて牢に入っている盗賊たちにも、同じ症状が現れています。治療にあたりましたが……」
報告していた男は、そこで言葉を切った。
広間に、重苦しい沈黙が落ちる。
一人の男が進み出た。
三十代ほどだろうか。まだ若いはずだが、その表情には疲労がにじんでいた。
「患者の症状が改善する見込みはありません。医療に携わる者たちとも協議しましたが、現時点では有効な治療法を見つけられていない、という結論に達しました」
「どういうことだ!」
「治療法がないというのか?」
貴族たちから、次々と声が上がった。
医師は説明を続けた。
「異常なのは皮膚の変化です。赤や黒の斑点が全身に出ていますが。回復の見込みが現時点では」
広間のあちこちで、息をのむ音がした。
「不可解な点があります。これほど症状が続いているにもかかわらず、今のところ、患者の中で亡くなった者は一人もおりません」
「命に別状はない?」
誰かが聞き返した。
「では、放っておけば治るのではないか?」
「その可能性は否定できません。しかし、自然に回復する兆候も確認できていません」
医師は静かに答えた。
死者が出ていない。それだけを聞けば、安堵する者もいる。
だが、薬が効かず、症状が改善する見込みもない。
「さらに、調査で判明したことがあります。患者たちが出入りしていたのは、高級娼館でした。調査した限り、病にかかっている娼婦は確認されておりません」
「娼婦の病が客にうつったと、違うのか」
貴族の一人が口を挟んだ。
「その可能性も考え、娼館側にも確認を行いました。しかし、病の症状が出ている者は見つかっておりません」
「隠しているのではないか?」
「そうだ。信用を失いたくないから、病人を隠しているのだろう」
疑いの声が相次いだが、騎士は首を振った。
「今回の娼館は、国内でも有数の高級店です。利用するのは国内の貴族や商人だけではありません。他国から訪れる富裕層や、身分の高い客人が宿泊することもあります」
「それがどうした」
「仮に病人を隠していたとしても、我々が強引に踏み込んで調べれば、店の信用を損なうだけでは済みません。そこを利用していた他国の客人にまで疑いを向けることになりかねないのです」
その声は慎重だ。
「相手が国内の貴族であれば、事情を説明して協力を求めることもできるでしょう。しかし、他国の有力者となれば話は別です。こちらの都合だけで進めるわけにはいきません」
広間が静まり返った。
高級娼館は、金さえ払えば誰でも入れる場所ではない。客の身元や秘密を守ることも、店の信用の一部だ。
騎士団が大勢で押し入り、客の素性を調べ、利用者の名を公表したりすればどうなるか。
国内の貴族から抗議が出るだけではない。他国の要人が侮辱されたと受け取れば、外交問題に発展する恐れもある。
「確認できているのは、病にかかった者たちが、その娼館を利用していたという事実だけです」
誰も、すぐには口を開かなかった。
病の原因を突き止めるには、患者たちの行動を調べなければならない。だが、調べるべき場所には、国内外の有力者たちの秘密が集まっている。
下手に手を出せば、病とは別の問題まで引き起こしかねない。
しばらく沈黙が続いた後、国王が口を開いた。
「症状が現れた者たちを、神殿や教会で保護してもらえないだろうか」
広間が静まり返った。
それまで報告に耳を傾けていた聖職者たちの表情が、一斉に変わった。
「お待ちください、陛下」
年配の聖職者が一歩前に出た。
「保護、とおっしゃいましたか?」
「医師の報告では、今のところ死者は出ていない。しかし、城の牢に患者を閉じ込めたままにするわけにもいかぬ」
「彼らは盗賊です」
別の聖職者が声を上げた。
「罪を犯した者たちであり、いつ我々に襲いかかるとも限りません。しかも、病の正体すらわかっていないのです。病人を受け入れる施設もございますが、危険性のわからない患者を、無条件で引き受けることはできません」
「城の騎士を監視役としてつけよう」
国王は間を置かずに答えた。
「彼らを保護する場所と、必要な世話を頼みたい」
聖職者たちの顔色が、さらに悪くなった。
監視は騎士が行う。だが、患者を受け入れ、日々の世話をし、病の危険にさらされるのは神殿や教会の人間だ。
「陛下、教会は罪人を罰するための施設ではございません。まして、原因不明の病にかかった者たちを預かるとなれば、ほかの病人や修道士たちへの影響も考えなければなりません」
国王の顔が曇る。
「城の牢は罪人を収容するための場所だ。病人を長期間置いておくための施設ではない」
「感染する病だと決まったわけではございません!」
「しないと決まったわけでもない」
国王の言葉に、聖職者は口をつぐんだ。
どちらの主張にも理はある。
病がうつらないという保証もない。治療法がない以上、患者をどこに置くにしても危険は伴う。
そして今、国王はその危険を教会に引き受けさせようとしていた。
「陛下。せめて、受け入れる人数と期間、必要な物資については協議をさせていただきたく存じます」
年配の聖職者が、慎重に言葉を選んだ。
「教会にも守るべき者たちがおります。患者を受け入れることで、罪のない者たちが危険にさらされるようなことがあってはなりません」
「必要な物資は王宮から手配する。騎士による監視も継続させよう」
国王は淡々と答えた。
「ただし、患者たちを城に置き続けることはできぬ。理解してもらいたい」
それは協力を求める言葉でありながら、拒否を許さない響きを持っていた。
聖職者たちは互いに視線を交わした。
神殿や教会に押しつけるつもりなのだ。
盗賊たちの後始末を、我々にさせるというのか。
彼らの胸中には、そんな不満が渦巻いていた。
しかし、国王の前で声高に反対を続けるわけにもいかない。
静まり返っていた広間に、再び小さなざわめきが戻ってきた。
その一方で、貴族たちの表情には安堵の色が浮かんでいた。
患者が城から移されるのなら、自分たちが暮らす王都や領地に被害が及ぶ可能性も低くなる。少なくとも、今すぐ自分たちが対処に追われる事態は避けられそうだった。
神殿や教会の苦悩を気遣う者はいない。
国王はその様子を見渡し、最後に聖職者たちへ視線を戻した。
盗賊たちがなぜ同じ症状に苦しんでいるのか。なぜ薬が効かないのか。そして、これ以上患者が増えることはないのか。
疑問は何一つ解決していなかった。
広間の空気が変わった。
このままでは、誰が患者を引き受けるのかという議論に終始しかねない。
そのとき、今まで黙っていた王妃が静かに口を開いた。
「陛下。皆、急な呼び出しにもかかわらず、こうして集まってくれたのです。少し休憩を挟んではいかがでしょう。食事も用意しております」
王妃の声は穏やかだった。
その提案に安堵したような表情を浮かべた者はいても、すぐに帰れると考えた者はいなかった。
国王は広間を見回した。
「そうだな。しばし休憩とする。食事を用意してあるので、各自、必要に応じて取るように。ただし、全員、次の指示があるまで城内に留まること」
休憩は許された。食事も用意されている。
しかし、帰ることは許されない。
招集された者たちは、互いに顔を見合わせた。
休憩のために案内された別室には、立食形式のテーブルが用意されていた。
大皿には、城の料理人が腕を振るった料理が並んでいる。
調理法だけではない。使われている食材も、普段はなかなか口にできないような上等なものばかりだ。
香辛料を贅沢に使った肉料理に、色鮮やかな野菜や魚料理。
果物をふんだんに使った菓子まである。
普段なら、喜んで手を伸ばすような料理だ。
しかし、料理へ手を伸ばす者はほとんどいなかった。
先ほど聞かされた話が、あまりにも衝撃的だったからだ。
ジョルジュは、さすがに空腹を感じていた。
急いで王都へ向かい、ようやく休憩になったのだ。
彼は皿を手に取り、テーブルに並んだ料理へ目を向けた。
どれも見事な出来栄えだ、領地では、これほど贅沢な食材を使った料理を日常的に口にすることはできない。
珍しい食材が使われている。手の込んだ料理であることもわかる。
ジョルジュは一口食べて、わずかに眉を動かした。
まずいわけではないが、何かが足りない気がした。
そんなことを考えていると、不意に声が聞こえた。
「ジョル、外に出ない?」
「庭に行こうよ!」
周囲の人間には聞こえていないらしい。
ジョルジュのそばを、妖精たちがふわふわと飛んでいた。
こんなときでも、彼らはいつもどおりだった。
「……なぜだ?」
「つまんないもん」
「みんな怖い顔してるし!」
妖精たちは、広間にいる貴族たちを見た。
ジョルジュは小さく息を吐いた。
この状況で庭に出る気分にはなれなかったが、ここにいても落ち着かないのは事実だった。
人目を避けるように別室を出て、庭へ向かった。
庭園に出ると、妖精たちは待ちかねたように彼の周囲を飛び回った。
「ねえ、ジョル!」
「マーサがお弁当を持たせてくれたでしょ?」
「食べようよ!」
ジョルジュは足を止めた。
出発の際にマーサから弁当を渡されていた。
帰りの道中で食べるつもりだったのだが……。
「いや、あれは帰りに食べるためのものだ」
そう言いかけたところで、妖精の一人が顔をのぞき込んできた。
「おいしくなかったんでしょ、ジョル?」
「……何?」
思わず聞き返した。
「城のお料理!」
「珍しいものはいっぱいあったけど、お野菜、おいしくなかったね」
「うん。見た目はきれいなのにねえ」
妖精たちは、そろって不満げに頷いた。
どうやら彼らも、城の料理を味見していたらしい。
「お前たち、いつの間に……」
「それより、お弁当!」
「早く食べようよ!」
話を聞く気はないようだった。
ジョルジュは諦めて、持ってきた弁当を取り出した。
蓋を開けると、パンと野菜、それに焼き菓子がきれいに詰められている。
その瞬間、妖精たちの表情がぱっと明るくなった。
「やったー! ミヤのお手製のお菓子だ!」
「あたし、これ好きなのー!」
先ほどまで城の料理に文句を言っていたのが嘘のようだ。
妖精たちは、焼き菓子の周りに集まって歓声を上げた。
「これは私の弁当だぞ」
「ジョルも食べるでしょ?」
「だったら、あたしたちも食べていいよね!」
「どういう理屈だ……」
国王に呼び出され、原因不明の病について聞かされ、帰ることまで禁じられた。
頭を悩ませることは山ほどある。
なのに今、彼は妖精たちに弁当を狙われていた。
しかも、相手はまったく悪いことをしているつもりがない。
ジョルジュはため息をつき、焼き菓子を一つ取り出した。
「わーい!」
「ジョル、いい人!」
妖精たちは大喜びだ。
その無邪気な声を聞きながら、ジョルジュは弁当の中身に目を落とした。
王宮の料理は、どれも贅沢で見事だった。
それでも、マーサとミヤが用意してくれた弁当のほうが、今はずっと食べたいと思えた。
妖精たちは、そんな彼の隣で、焼き菓子を巡って楽しそう




