10 王が怒らせたのは妖精? 改
広間でジョル、見られていたけど気づいた」
妖精の言葉にジョルジュは、もしかしてと思った。
騎士かと尋ねる。
うんと頷くと、もう一人の妖精が難しい顔で。
「仮面をつけた人もいた」
「多分、王様の側近とかじゃない」
「凄く、偉そうな感じだったもの」
「多分、ジョルのこと気づいているよ」
「……その男も、私を見ていたのか?」
騎士は王の側近たちに報告したのか、可能生はあると思った。
「狼に乗って、えーっ!」
突然、一人の妖精が声を張り上げた。
「街の中を走ったーっ!」
「すごーい、はやーい!」
「るるるーっ!」
「らららー!」
妙な節をつけて歌い始めるだけではない。
踊りだしたのだ。
「……お前たち、何をしている」
ジョルジュが呆れて尋ねても、妖精たちは歌うのをやめなかった。
「白い狼に乗って、街を走ったー!」
「王様もびっくりー、貴族もびっくりー!」
「すごいね、すごいねー、街の子どもたちの頭の上を!」
「飛んだよ、飛び越えたのー、すごいよー」
ジョルジュは額に手を当てた。
この調子では話が進まない。
だが、ようやく歌い終えた妖精は、急に真顔になった。
「ジョル。すぐには帰れないかもね」
「……呼び出しがあるというのか?」
「そうなるかもしれないね」
先ほどまでふざけていた妖精たちの声から、笑いが消えた。
ジョルジュは黙り込んだ。
仮面の男は王の側近なら貴族とは違う。
王宮で何が起きているのかを把握し、人の動きにも目を配っているはずだ。
白い狼に乗っていた人物を探しているのなら。
その人物が自分だと気づいたら、面倒な事になりそうだ。
王宮を出る前に、何かしら接触してくる可能性は十分にあった。
「……対策したほうがいいね」
妖精の一人が、腕を組んで言った。
「うん。ジョルに何かあったら、皆、心配するからね」
妖精たちは、胸を張った。
ジョルジュは、嫌な予感がした。
神殿と貴族たちの間には、わだかまりを残したままだったが、王がその場を収め、会議はお開きとなった。
ジョルジュは、内心ほっとしていた、ようやく帰れる。
館の者たちは、自分の帰りを待っているだろう。バルジャンもマーサ、そして、ミヤも。
彼女は今頃、何をしているだろうか。
そんなことを考えながら、ジョルジュは馬車へ向かった。
「お待ちください」
背後から声をかけられ、ジョルジュは足を止めた。
妖精たちの言葉、嫌な感ほどあたる。
振り返ると、顔の半分を仮面で覆った男が近づいてくる。
額から右頬にかけてを隠す仮面。その口元には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
男はジョルジュの前で足を止め、軽く会釈した。
「クレイドルと申します。陛下の側近を務め、宰相の任を預かっております」
「これは、ご丁寧に」
ジョルジュも頭を下げた。
自分の肩に止まっている妖精が、あからさまに顔をしかめた。
――ほら、来たでしょ
耳元で、小さな声がした。
「実は、陛下があなたとお話ししたいとおっしゃいまして」
クレイドルは、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
「私と、ですか?」
「ええ。少々、お時間をいただけますかな」
断れるはずがない。しかも、陛下が話をしたいと言っている。
小さな領地を治める自分が、ここで断れるわけがない。
いや、断るという選択肢が存在しない。
案内されたのは、王城の一室だった。
広間とは違い、限られた者しかいない。
部屋の奥には王が座り、その近くには数人の男たちが控えていた。
いずれも王の側近と思われる人物ばかりだ。
そして、その中に見覚えのある顔があった。
ジョルジュは表情を変えないように努めながら、王の前へ進み出た。
「陛下のお召しと伺い、参上いたしました」
「うむ。楽にしてくれ」
王は気さくな調子で言った。
しかし、ジョルジュは気を緩めることができなかった。
ここにいるのは王だけではない。宰相のクレイドルも、王の側近たちも、そして自分を見ているアルバンもいる。
「ジョルジュ卿」
王が口を開いた。
「そなたは、何か知っているのか?」
何をどこまで知られているのか。それがわからないうちに、余計なことを口にするのは危険だ。
王はジョルジュの顔を見つめた。
「白い狼のことだ。あの狼について、何か知っているのではないか?」
ジョルジュの背中に、じっとりと汗がにじんだ。
何も知らないと言い切ってしまえば、アルバンの証言と食い違う可能性がある。
そのとき、小さな声が耳元に届いた。
――盗賊のことだけ話せばいいよ。
妖精だ
――ウルの事は駄目よ。
すべて話す必要はない。
ジョルジュは、ゆっくりと顔を上げた。
「知っていることでしたら、お話しいたします」
慎重に言葉を選ぶ。
「ただ、私もすべてを知っているわけではございません」
王の目が、わずかに細められた。
クレイドルの口元には笑みが浮かんでいる。
そしてアルバンは、何かを確かめるようにジョルジュを見つめていた。
「陛下、私は知らないことのほうが多いのです」
ジョルジュは慎重に言葉を選んだ。
「盗賊たちは死にません」
「死なない? どういうことだ」
王が身を乗り出した。
「どのような病状なのか、詳しくは存じません。噂を耳にしただけですが、かなりひどい状態だとか」
「ああ。肌に赤や黒の斑点が現れ、変色している。薬を与えても治らぬそうだ」
王の言葉に、ジョルジュは静かにうなずいた。
「元には戻りません。死ぬまで」
その言葉に、部屋の空気が凍りついた。
「……何だと?」
側近の一人が声を上げた。
「死ぬまで治らないというのか?」
「そう申し上げました」
ジョルジュは淡々と答えた。
「ジョルジュ卿」
不意に、クレイドルが口を開いた。
穏やかな声だった。まるで世間話でも始めるかのような口調だったが、その視線はジョルジュを捉えて離さない。
「白い狼の背に乗っていたのは、あなたではありませんか?」
ジョルジュの心臓が、大きく跳ねた。
部屋にいる男たちの視線が、一斉にジョルジュへ向けられる。
「……何のことでしょうか」
「心当たりがないと?」
クレイドルは、わずかに首を傾けた。
「馬よりも速く街を駆け抜けた白い狼です。大人二人を背に乗せていたという話ですが」
穏やかな問いかけだった。
逃げ道を一つずつ塞いでいくような言葉だった。
否定すれば、さらに追及されるだろう。
ジョルジュは、ゆっくりとクレイドルを見返した。
「答なければ、不敬罪に問われるのでしょうか」
その瞬間、側近たちの顔色が変わった。
ジョルジュは王から目をそらさなかった。
「よい。話を続けよ」
王が制すると、側近たちは不満そうな顔だ。
クレイドルは、仮面の奥からジョルジュを見つめていた。
表情はわからない。だが、その視線には、先ほどまでとは違う慎重さが感じられた。
ジョルジュは、短く息を吐いた。
「狼が背中に乗れと言いました」
王の表情が変わった。
「狼が、人間に話しかけた?」
「待て。狼が言葉を話したということか?」
側近たちも、信じられないといった様子だ。
人の言葉を話すのは黒い狼だけではなかった。
王だけでない、側近、クレイドル、アルバンも驚いた。
だから言われるままに背中に乗ったというのか、王は驚いた。
「あなた一人ではなかっただろう」
口を開いたのはクレイドルだ。
ミヤのことを聞かれ、ジョルジュは言葉に詰まった。
アルバンも黒髪の女性が一緒にいことを思い出した。
部屋の空気が変わった。
アルバンはその姿を思い出し、ジョルジュの顔を見た。
彼は、明らかに困っている。
隠したいことがあるのだろう。少なくとも、今ここで話したいとは思っていない。
白い狼の正体を知りたい気持ちは、彼にもある。だが、ジョルジュが語りたくない事情まで、無理に暴く必要はない。
一方、王とクレイドルの関心は、ますます白い狼へと向いていた。
人の言葉を理解するだけでなく、自ら人間に声をかけ、背中に乗せる狼。
しかも、その背にはジョルジュ以外の人物も乗っていたらしい。
王は、まだ聞き出せていない情報があると確信したようだった。
突然、大きな音がした。
クレイドルも、アルバンも、王も、側近たちも、何が起きたのかわからず、一斉に音のした方を振り向いた。
テーブルの上に置かれていたグラスが、砕け散っていた。
誰も触れていない。テーブルが揺れたわけでもない。
ただ、グラスだけが粉々になっていたのだ。
「な、何事だ!」
王の声に、側近の一人が慌ててテーブルへ近づこうとした。
そのとき、窓がガタガタと激しく揺れ始めた。
風が吹いているのだろうか。いや、窓の外に風が吹き荒れている様子はない。
「あー、ウルたち、怒っている」
「耳がいいからね」
「王様、頭よくないね」
「怒らせちゃったね」
ジョルジュの耳元で、妖精たちの楽しそうな声が聞こえた。
どうやら、部屋での会話が聞こえていたらしい。
ジョルジュは思わず窓へ目を向けた。
まさか、狼たちが見ている、近くにいるのか。
次の瞬間。
窓ガラスが激しい音を立てて砕け散った。
側近たちが悲鳴を上げ、王は椅子から身を乗り出した。アルバンはとっさに窓へ目を向け、クレイドルも仮面の奥から鋭い視線を走らせる。
窓の外には、誰もいない。
誰かが石を投げ込んだわけでもなければ、矢が飛んできたわけでもない。
それなのに、窓ガラスが砕けた。
「いったい、何が起きているのだ!」
王の声が部屋に響く。
側近たちは窓の外を確認しようとするが、原因らしきものは何ひとつ見つからなかった。
ただ一人、ジョルジュだけは、耳元でくすくすと笑う妖精たちの声を聞いていた。
「陛下。私の知る限りのことは、すべてお話しいたしました。これ以上は、失礼させていただきたく存じます」
ジョルジュの言葉に、側近たちが慌てた。
「待て!」
「陛下に対して、なんという態度だ!」
「ここをどこだと思っている!」
非難の声が飛ぶ。
だが、ジョルジュは動じなかった。
「これ以上、お話しできることはございません」
そう言って、深々と頭を下げた。
王は何か言いたげな表情を浮かべている。クレイドルも、アルバンも同じだった。
まるで、まだ何か隠しているはずだと言いたげな顔だ。
実際、隠していることはある。だが、それを正直に話すつもりはなかった。
「わかった。今日は、ここまでにしよう」
王は残念そうに告げた。
これで解放されるらしい。だが、その目にはまだ好奇心が残っている。
厄介なことになった。
ジョルジュは内心でため息をついた。
「帰らせていただきます。私の領地は王都から遠く、こちらへ出てくるだけでも大変な時間がかかりますので」
これ以上、王やクレイドルに質問されるのは御免だった。
ジョルジュは早々に部屋を出ると、城門へ向かった。
とにかく、少しでも早く城から離れたい。
だが、今から馬車を用意して領地へ戻るとなれば、いったい何日かかることか。
そう考えていたときだった。
「旦那様!」
「ジョルジュさん!」
聞き覚えのある声がした。
城門の近くに、一台の馬車が停まっている。
そのそばに立っていたのは、バルジャンとミヤだった。
「……え?」
ジョルジュは足を止めた。
なぜ、二人がここにいる?
自分が領地を出たのは昨夜のことだ。普通に馬車を走らせたところで、こんな短時間で王都まで来られるはずがない。
「バルジャン、一体どうやって……」
問い詰めようとしたジョルジュに、バルジャンがそっと近づいた。
「旦那様、詳しいことは後ほど。ここでは話せません」
そう言って、バルジャンはジョルジュの耳元に顔を寄せた。
「秘密の通路を通ってまいりました。それから……妖精たちと、黒い狼が現れたのです」
「黒い狼だと?」
ジョルジュは思わず聞き返した。
妖精だけでも十分に驚く話なのに、黒い狼まで現れたというのか。
それに、秘密の通路とは何だ。
ジョルジュはバルジャンを見つめたまま、言葉を失った。
どうやら、自分が城で厄介なことに巻き込まれ




