11 妖精と狼に振り回される貧乏領主 改
馬車の中で、ジョルジュとバルジャンは弁当を食べていた。
ミヤはマーサと一緒に花屋へ向かっている。
久しぶりに会えたばかりだというのに、落ち着いて話をする暇もない。
「説明してくれ。いったい何があった?」
バルジャンは食べる手を止めた。
「実は、妖精と黒い狼が私の部屋に現れたのです。そこで、旦那様が城で陛下たちと話している様子を見せられました」
「見せられた? どうやって?」
「鏡です。部屋の鏡に、旦那様と陛下、側近たちが話している様子が映っていたのです」
遠く離れた王城の様子を、鏡で見ることができるというのか。
妖精たちなら、そんな不思議なことをしてもおかしくない。そう思ってしまう自分にも、少しばかり驚いた。
「白い狼の話、旦那様が狼の背に乗ったことを説明していたときです。黒い狼が怒りました。グラスが砕け、窓ガラスまで割れたでしょう」
ジョルジュは城で起きた出来事を思い出した。
妖精たちは、ウルたちが怒っていると言っていた。やはり、あの騒ぎは偶然ではなかったらしい。
「黒い狼は、もしかして魔獣なのか?」
バルジャンは首を横に振った。
「違います。私も不思議に思って黒い狼に尋ねてみました。呆れていました」
ジョルジュは意味がわからない。
「黒い狼は、もしかして魔獣なのか?」
バルジャンは首を横に振った。
「魔獣などいない、と言われました。妖精については詳しく話してくれませんでしたが、聖女については、あれは神殿が自分たちの力を誇示するための仕掛けだと」
「仕掛け、だと?」
ジョルジュは驚いた。
聖女といえば、神に選ばれた特別な存在ではないのか。それを仕掛けだと言うとは、いったいどういうことなのだろう。
「祈りで天候が変わることはないと。風や雲の流れを観察すれば、天気の変化を事前に予測できる。それを予言として人々に伝えているのだとか」
ジョルジュは言葉を失った。
それが本当なら、聖女の予言は神の奇跡ではなく、知識と観察によるものだということになる。
「病気についても、同じような話をしていました。気温や天候が、病気の流行に影響するそうです。それから……」
バルジャンは少し言いよどんだ。
「亡くなった人間から病気の原因となるものを取り出して保存し、それを使って病気を広めることもできる、と」
「病気を、人為的に広めるというのか?」
ジョルジュは目を見開いた。
病気は天から降りかかる災いであり、人の手で操れるものではない。少なくとも、彼はそう考えていた。
だが、黒い狼の話が事実なら、病気の流行さえも誰かの思惑によって引き起こされる可能性がある。
「黒い狼は、それを神殿がやっていると言ったのか?」
「そこまでは聞いておりません。聖女の予言には仕掛けがある、と言っただけです」
バルジャンは慎重に答えた。
「神殿が人々に見せているものを、そのまま信じるなという意味ではないかと」
ジョルジュは黙り込んだ。
魔獣はいない。聖女の予言にも仕掛けがある。病気さえ、人の手で広められるかもしれない。
バルジャンは真面目な顔で言った。
「神殿が盗賊に襲われたら、責任を取れるのかと」
「……無理だろうな」
「被害が出れば、国内だけの問題では済みません。信仰を重んじる他国から非難される可能性もあります。外交問題に発展すれば、王国の弱みを握られ、他国に付け入る隙を与えることにもなります」
バルジャンの言葉は重かった。
「旦那様、盗賊が街中だけにいるとは限りません」
「おい、それは」
「貴族の屋敷に勤める使用人と親しくなり、仕事を紹介してほしいと頼んで入り込む」
ジョルジュは眉を寄せた。
「使用人の恋人から『自分も同じ屋敷で働きたい』と頼まれたらどうでしょう。事情を知っている者が口を利けば、身元を十分に調べず、雇われる可能性もあります」
盗賊の一味が、貴族の屋敷に使用人として潜り込む。
ジョルジュは無言になった、盗賊といえば、武器を持って旅人や商人を襲う者。
そうした印象が強かった。
屋敷の中に入り込み、働きながら情報を集める者がいる、あり得ない話ではない。
「男相手なら、酒や食事を奢って親しくなることもできるでしょう。相手が気を許せば、屋敷の様子や主人の予定、出入りする人間について聞き出すこともできます」
「使用人たちの何気ない会話からでも、情報は集められるというわけか」
「そういうことです。本人は世間話のつもりでも、聞いている側には役立つ情報かもしれません」
「人間の言葉を話す、それについては」
バルジャンは首を振った。
「詳しくは話してくれませんでした。学んだのだと。それに大抵の動物は人間の言葉を理解している。ただ、声帯、体の作りが言葉にできる機能を持っていないと言われました」
「そうか」
「面倒なことになったと言っていました。王だけでなく、仮面の男や騎士も、今後、旦那様に接触してくる可能性があるのではないか、と」
ジョルジュは王の顔を思い出した。
「気になるのは盗賊の問題だ」
「神殿や教会に押しつけるつもりなのでしょう」
バルジャンは、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに肩をすくめた。
「ええ。『あの王は馬鹿なのか』と、呆れていました」
「……何だって?」
ジョルジュは思わず聞き返した。
バルジャンはこらえきれず、くすりと笑った。
「私も驚きました。狼が陛下を馬鹿呼ばわりするとは思いませんでしたから」
そう言いながらも、バルジャンの口元には笑みが残っていた。
どうやら、王城で起きた騒ぎは、自分が思っていた以上に厄介なものだったらしい。
「神殿が盗賊に襲われたら、責任を取れるのかと」
「……無理だろうな」
「被害が出れば、国内だけの問題では済みません。信仰を重んじる他国から非難される可能性もあります。外交問題に発展すれば、王国の弱みを握られ、他国に付け入る隙を与えることにもなります」
バルジャンの言葉は重かった。
「旦那様、盗賊が街中だけにいるとは限りません」
「おい、それは」
「貴族の屋敷に勤める使用人と親しくなり、仕事を紹介してほしいと頼んで入り込む」
ジョルジュは眉を寄せた。
「使用人の恋人から『自分も同じ屋敷で働きたい』と頼まれたらどうでしょう。事情を知っている者が口を利けば、身元を十分に調べず、雇われる可能性もあります」
盗賊の一味が、貴族の屋敷に使用人として潜り込む。
ジョルジュは無言になった、盗賊といえば、武器を持って旅人や商人を襲う者。
そうした印象が強かった。
貴族の屋敷には、領主の予定や財産に関する情報が集まる。誰がいつ訪れるのか、どこに何が保管されているのか。そこで働く者にとっては何気ない日常の一部でも、外部の者にとっては貴重な情報になり得る。
しかも、相手が盗賊だと気づかなければ、警戒することさえない。
屋敷に入り込んだ者が、何気ない会話から少しずつ情報を集めていたとしたら。
気づいたときには、手遅れになっている可能性もあった。
「……それは、狼が言ったのか?」
ジョルジュが低く尋ねると、バルジャンは静かに頷いた。
「盗賊というものをよく理解しているようです」
ジョルジュは黙り込んだ。
人間の言葉を話すだけでも驚きなのに、人間の社会や犯罪の手口まで理解している。
「この問題に深入りする必要はありません。領民を守る、それが旦那様の役目です。盗賊の始末は王と貴族が担うべき、国を治める者の役目なのだと」
バルジャンの顔が少し明るくなっていることに、ジョルジュは気づいた。
「そうは言うが、簡単には割り切れないだろう」
「私どものいる領地にも、盗賊はいました。王都や他国から逃げて森に身を潜めていたらしいのです」
「森に?」
ジョルジュは嫌な予感を覚えた。
「狩りの訓練に、よかったそうです」
「……何だと?」
思わず聞き返したジョルジュに、バルジャンは落ち着くように手を上げた。
「驚かないでください」
「今の話を聞いて、驚かずにいられると思うか?」
バルジャンは、少しも悪びれずに頷いた。
「獣の子どもたちに、狩りの練習をさせるのです。そのために、盗賊たちを利用したんです」
「……殺したのか?」
バルジャンは頷いた、盗賊が危険な存在であることはわかる。
だが、獣の子どもたちの狩りの練習に使われたと聞くと、複雑な心境だ。
「旦那様。盗賊たちは獣の子も殺します。毛皮は、貴族が高値で買い取りますから」
「……!」
幼い獣を殺し、その毛皮を売る。
貴族の中には、毛皮の値段にしか興味のない者もいるのだろう。
「人間もですが、獣にも、盗賊は害悪です」
ジョルジュは返す言葉を見つけられなかった。
突然の招集に、領主や貴族、商会の人間だけでなく、神殿や教会の聖職者たちも驚いた。
盗賊騒ぎが起きたばかりだ。何か重大な問題が発生したのではないか。
そう考えていた彼らに告げられたのは、牢屋で原因不明の病気を発症した盗賊たちを引き取り、世話をしてほしいという要請だった。
聖職者たちは、報告を聞いて顔を見合わせた。
「わかりました。一人につき金貨千枚。それを預かり金としていただけるのであれば、引き受けるというのはいかがでしょう」
一人の聖職者が提案した。
「本気か?」
「病気がうつったらどうするのだ」
周囲から不安の声が上がる。
提案した聖職者は首を横に振った。
「王や貴族たちが、この条件を了承すると思いますか?」
神殿の中が静かになった。
「一人につき金貨千枚というのは、病人を預かるための費用です。食事や世話をする人員の給金、隔離する場所の確保などは別途必要になります。それらの費用も、城に負担していただきましょう」
聖職者は一同を見渡した。
「そして、このことを国民に公表します。他国にも知られることになるでしょう。そのとき、城と貴族たちはどうするでしょうか」
「神殿の要求をお受けになりますか?」
クレイドルの問いに、王は不機嫌そうに眉を寄せた。
「かなりの金額になるな」
「一人につき金貨千枚です。これは病人を預かるための費用にすぎません。食事や身の回りの世話をする人員の給金、隔離する場所の確保などは、別途必要になります」
その説明に、側近たちの顔色が変わった。
クレイドルは、彼らの反応を気にする様子もなく続けた。
「神殿の説明では、民から集めた税金だけで賄うことは難しいそうです。陛下をはじめ、貴族の方々にも資金を提供 して頂きたいと」
部屋の中がしんとなる、だが、静寂は長くは続かない。
「なんだと!」
「そんな要求がまかり通るとでも思っているのか!」
「我々が盗賊たちの為に金をだすなど」
声を荒らげたのは側近や貴族たちだ。
病人を神殿に預けるだけなら、彼らの生活に大きな影響はない。
だが、費用を負担するとなれば話は別だ。
金貨千枚を一人につき支払い、それだけではない、食事や人件費まで負担する。
とんでもない金額だ。
自分たちの懐から金を出すとなれば、これまでのような贅沢な暮らしを続けることも難しくなるかもしれない。
クレイドルは、騒ぎ立てる彼らを冷ややかに見渡した。
「神殿の要求は、当然です。病気の正体もわからず、感染の危険も否定できない。さらに、盗賊の残党が神殿を襲う可能性まであるのです。神殿が相応の費用と安全の保証を求めるのは、何もおかしなことではありません」
正論だが貴族たちの顔色は不満げだ。
「陛下。神殿に保護を求めると決めたのは、こちらです。その責任まで神殿に押しつけるわけにはいきません」
王は黙り込んだ。
「もう一つの条件は神殿に盗賊たちを預ける場合、その事実を国民に公表することも条件に含まれています」
王の顔色が変わった。
「他国にまで知られてしまうではないか!」
思わず声を荒らげた王に、クレイドルは静かに頷いた。
「神殿も、それを承知のうえで要求しているのです」
クレイドルは淡々と答えた。
「他国が知れば、陛下の名声だけでなく、この国の貴族たちもどのような目で見られるか……おわかりでしょう」
先ほどまで不満を口にしていた者たちも、今は黙り込んでいる。
王国の治安維持能力を疑われるだけではない。
貴族たちも、自分の領地を守る責任を果たしているのかと問われることになる。
「……神殿は、最初から引き受ける気がなかったのではないか?」
王が低い声で呟いた。
「少なくとも、無条件で受け入れるつもりはなかったのでしょう」
クレイドルは微笑んだ。
神殿は王の要請をただ拒絶するのではなく、受け入れるならば相応の費用と安全の保証、そして公表を求めた。
その条件を王が飲めるのか。神殿は、そこを見極めようとしているのだ。
「陛下。神殿に責任を押しつけるだけでは、問題は解決しません」
クレイドルの声は穏やかだった。
「病人をどこで保護するのか。残党をどう捜索するのか。そして、国民に何を説明するのか。私たち自身が決めなければならないことです」
王は何も答えなかった。
側近たちも、もはや神殿への不満を口にしようとはしない。
自分たちは、あまりにも簡単に考えていたのではないか。
盗賊を捕らえた。その後は神殿に預ければいい。
だが、それでは何も解決しない。費用も、病気の危険も、残党への対策も、すべて誰かが引き受けなければならないのだ。
その責任から逃れようとしていたのは自分たちだ。
クレイドルは王の沈黙を見つめた。
「旦那様、気になりますか。マーサとミヤのことが」
「お前の話を聞いたら、なおさら気になる。女二人で街に出ているんだぞ」
バルジャンは、しれっとした顔で答えた。
「盗賊がいるかもしれない、という話ではありません。現実にいるのです」
ジョルジュは、食べかけのパンを喉に詰まらせそうになった。
「おい、そんなにあっさり言うな!」
「城へ旦那様を迎えに行く前に、街を少し歩いてみたのです。旅人や物売りがいましたが、私自身、どうにも違和感を覚えまして」
「違和感?」
「妖精たちが、血の匂いがすると教えてくれました。笑っていても、目に違和感を感じると」
ミヤは大丈夫だろうか。マーサも一緒とはいえ、相手が盗賊なら安心はできない。
「それから、もう一つ。マーサは、妖精が見えるようになったそうです」
ジョルジュは驚いて顔を上げた。
「少し前から気配は感じていたようです。ただ、姿までは見えなかった。それが最近になって、見えるようになったらしいのです」
ジョルジュは黙り込んだ。
マーサまで妖精が見えるようになったとは。
いったい、あの妖精たちは何を基準に、人間に姿を見せているのだろう。
「話しかけてくることもあったようですが、マーサはそのことを誰にも話さなかったそうです」
「誰にも?」
「自分にしか見えていない。信じてもらえないと考えたのかもしれませんね」
バルジャンは少しだけ表情を和らげた。
「ところが、あるとき、妖精が自分から、ジョルジュ様も私も見えているのだと」
「それで、マーサは?」
「笑ったそうです」
「笑った?」
ジョルジュは、きょとんとした。
「自分だけが見えているのではなかったのだと、安心したのかもしれません」
バルジャンは穏やかに続けた。
「妖精たちも、マーサが見えたことを誰かれ構わず言いふらさなかったのを、気に入ったのではないでしょうか」
マーサらしいと思った。
不思議なものが見えるようになっても、騒ぎ立てず、誰かに自慢することもない。自分の胸の中にしまい、普段どおりに暮らしていたのだろう。
「……あの妖精たちは、人をよく見ているんだな」
「そうですね。人間のほうが、見られていることに気づいていないだけなのかもしれません」
バルジャンの言葉に、ジョルジュは苦笑した。
自分も、妖精たちにどこまで見透かされているのか分かったものではない。
それでも、マーサが妖精たちに受け入れられたのなら、悪いことではないだろう。
「マーサなら、妖精たちとも上手くやっていけそうだな」
ジョルジュが呟くと、バルジャンは静かに頷いた。




