12 近づく騎士、警戒する領主
呼び出しを受けたのは、翌日のことだ。
「俺は忙しいんだ」
部屋に入るなり、アルバンは不機嫌さを隠すこともしない。
「分かっている。だが、大事な話だ」
クレイドルは、アルバンの態度など気にも留めずに話を進めた。
「あの男は、まだ何かを隠している」
「そんなことは分かっている」
「なら、さらに調べる必要があるだろう」
アルバンは宰相を睨みつけた。
「それを俺がやっているんだ。呼び出されて、お前と話している時間が無駄なんだよ」
クレイドルは、ほう、と小さく息を吐いた。
城の中で、自分にこれほど遠慮のない態度を取る男は、アルバンくらいのものだ。
普通なら、宰相を前にすればもう少し言葉を選ぶ。だが、この騎士には、そんな気遣いをするつもりなどないらしい。
「君は、休暇を欲しがっていたな」
「それどころじゃない」
本当なら、今すぐにでも、あの男の領地へ向かいたい。
それに、あのとき一緒にいた黒いドレスの女性のことも気になっていた。
だが、王都を離れるわけにはいかない、
盗賊たちが捕らえられたからといって、事件が終わったわけではない。
それどころか、神殿と王族、貴族たちの対立に発展する可能性がでてきた。
「王も悩んでいる。神殿に盗賊たちを押しつけるのは簡単ではないと分かったようだ」
「厄介な話だな」
アルバンは顔をしかめた。
クレイドルは淡々と答えた。
「一人につき金貨千枚。しかも、だが、それだけで済むわけではない。食料、病人の世話をする人員、隔離施設の確保。その費用まで負担するとなれば、相当な額になる」
「城の財政だって、無限ではないからな」
盗賊を捕らえたまではよかった。だが、その後始末となると、誰もが責任を押しつけ合っている。
「問題は、誰が責任を負うのかということだ」
「そんなことは、王と貴族たちで決めればいい。俺まで巻き込むな」
「君も騎士団の責任者だろう?」
「だから、調査をしているんだ。金の話まで俺に振るな」
アルバンは吐き捨てるように言った。
「君が、あの男の領地へ行きたがっている理由は何だ?」
「……詮索をするな」
アルバンの目が鋭くなった。
「心配しなくても、今すぐ行けとは言わない。だが、王都にいる間にできることもあるはずだ」
「何が言いたい?」
「街の様子だ、盗賊の残党が潜んでいる可能性もあるのだからな」
アルバンは、疑わしげにクレイドルを見た。
「……調査の名目で、街を歩けということか」
「そういうことだ」
「最初からそう言えばいいだろう」
アルバンは椅子から立ち上がった。
「俺は行くぞ。今度こそ、邪魔をするなよ」
「善処しよう」
「その言い方が一番信用できないんだ」
アルバンは捨て台詞を残し、部屋を出ていった。
その背中を見送りながら、クレイドルは静かに微笑んだ。
騎士団長が街へ出る。それだけでも、得られる情報はあるだろう。
そして、思いがけない出会いが待っていることなど、このときのアルバンは知る由もなかった。
街中を歩いていたアルバンは、花屋の前で足を止めた。
数日前のことだ。
あのとき、ジョルジュと一緒にいた黒いドレスの女性。彼女は、いったい何者なのだろう。
アルバンは近くの茶屋に立ち寄り、喉を潤した。
あの男は、もう領地に帰ったのだろうか。
クレイドルから聞いた話では、ジョルジュの領地は王都から遠いらしい。
王都まで来たのだから、少しくらい滞在することもあるのではないか。
だが、盗賊騒ぎの後だ。
一刻も早く自分の領地へ戻り、領民の様子を確かめたいと思っていても不思議ではない。
アルバンは、あのとき一緒にいた女性を思い出そうとした。
顔をはっきり覚えているわけではない。
気になっているのは黒いドレスを着ていたことだ。
花屋の主が話していたことを思い出す、王都の女性で、黒いドレスを着ている者を、アルバンはほとんど見たことがない。
華やかな色を好む女性が多いからだ。
では、顔はどうだっただろう。
数日前のことなのに、思い出そうとすると、かえって曖昧になる。
「……もう一度、あの花屋に行ってみるか」
扉を開けると、花の香りがふわりと漂ってきた。
店の奥から、女性たちの楽しそうな声が聞こえる。
「切り花と球根ですか?」
年配の女性が尋ねた。
「はい。マーサさん、館の中に花を飾りましょう。玄関や書斎、台所にも。それから、マーサさんやトマスさん、ほかのメイドさんたちの部屋にも!」
若い女性の声だ。
「旦那様の部屋にもね」
年配の女性が笑いながら付け加えた。
「ジョルジュさんは、何色が好きでしょうか」
「匂いがきつくなければ、何でもいいんじゃないですか」
マーサは楽しそうに笑った。
「旦那様の部屋に花を飾るなんて、特別なときか、お客様がいらっしゃるときくらいですよ」
アルバンは、店の入口で足を止めた。
一人は、メイドらしき年配の女性。
そして、もう一人は、黒いドレスを着た若い女性だ。
アルバンの視線が、彼女に吸い寄せられた。
間違いない。あのとき、一緒にいた女性だ。
彼女は花を選びながら、楽しそうに笑っている。
領地で働いている者なのか。それとも……。
そこまで考えて、アルバンは自分の思考に眉をひそめた。
なぜ、自分がそんなことを気にしなければならない。
彼女が誰であろうと、今の自分には関係ない。
女性が手にしていた花を店主に差し出した。
「これと、こちらの球根もお願いします」
明るい声だ、数日前、遠くから見ただけの女性。
顔もろくに覚えていなかったはずなのに、今は、その声まで耳に残った。
「マーサさん、私が持ちますから」
店を出る前、黒いドレスの女性がそう言って、マーサの手から荷物を受け取った。
花や球根の入った袋だ。決して軽くはないだろう。
「あら、すみませんね」
マーサは遠慮することなく、袋を渡した。
アルバンは、その様子を不思議そうに眺めた。
メイドの荷物を、若い女性が自分から持つのか。
服装や立ち居振る舞いからして、彼女はそれなりの身分の女性だと思っていた。
貴族の娘、裕福な商人の家の者か。
使用人の荷物を進んで持つような立場には見えなかった。
二人の様子には妙な遠慮がない。
主従関係というより、親しい間柄のようにも見えた。
領主のジョルジュは、いったいどのような人物なのだろう。
アルバンは二人が店を出るのを待った。
声をかけるなら、今しかない。
アルバンは二人の前に歩み寄った。
「すまない」
声をかけると、黒いドレスの女性が振り返った。
彼女は不思議そうにアルバンを見た。突然、見知らぬ騎士に呼び止められたのだから、当然の反応だろう。
だが、隣にいたメイドは表情を硬くした。
アルバンは戸惑った、なぜ、警戒する?
自分は甲冑を身につけている。騎士だと分かるはずだ。
アルバンには見えないがマーサの肩には妖精が腰掛けていた。
花屋に入ってきた瞬間から、妖精は彼の存在に気づいていたのだ。
『マーサ、あの騎士がこっちを見ているよ。気をつけて』
妖精はマーサの耳元で囁いた。
マーサは妖精の警告を聞いていた。
騎士だから無条件に信用できるわけではない。
『早く帰ろう。長居しないほうがいいよ』
妖精の囁きに、マーサは小さく頷いた。
その様子に気づかないアルバンは、黒いドレスの女性へ視線を戻した。
「以前、領主のジョルジュ卿と一緒にいただろう。盗賊に襲われたときのことを覚えているか?」
女性は少し考えていたが、思い出したように頷いた。
「はい。覚えています。何か御用ですか?」
丁寧な受け答えだ。
彼女は、アルバンを特別に警戒しているようには見えない。
むしろ、隣のメイドが身構えていた。
アルバンは疑問を抱きながらも、話を続けようとした。
「実は、ジョルジュ卿について少し聞きたいことが……」
そのときだ。
「ミヤ!」
聞き覚えのある男の声が、通りに響いた。
アルバンが振り返る。
そこには、険しい顔でこちらへ向かってくる白髪交じりの男の姿があった。
ジョルジュだった。
「ジョルジュさん? どうしたんです?」
ミヤは驚いたように彼を見上げた。
ジョルジュはミヤに答えるより先に、アルバンへ視線を向けた。
その目は、明らかに警戒していた。
ジョルジュはマーサを見た、ほんの一瞬、視線が交わる。
それだけだが、マーサには分かった。
この場を離れろ。
「行きましょう」
マーサはミヤの手を取った。
「えっ? でも、ジョルジュさん……」
「大丈夫ですから」
マーサは有無を言わせぬ調子で歩き出した。
ミヤは戸惑いながらも、引かれるままにその場を離れていく。
アルバンは、二人の背中を見送った。
引き止めるべきか迷ったが、ジョルジュが目の前にいる以上、勝手なことはできない。
それにしても、あの女性はミヤという名前なのか。
アルバンがそう考えていると、ジョルジュが一歩前に出た。
二人の距離が縮まる。
ジョルジュは、黙ったままアルバンを見つめていた。
いや、睨みつけていると言ったほうが正しい。
「……騎士殿」
低い声が響いた。
「私は、知っていることはすでに話したはずだ」
アルバンは眉を上げた。
「ええ。ですが、まだ確認したいことがありまして」
「それなら、私に聞けばいい。なぜ、彼女に声をかけた?」
「彼女が、あなたと一緒にいた女性だったからです。盗賊に襲われたときのことを、少し聞こうと思っただけですよ」
騎士として街の様子を調べに来ただけなのに、どうして領主に睨まれなければならないのか。
だが、ジョルジュにしてみれば、王城で余計なことを聞かれたばかりだ。今度は街で、ミヤにまで接触された。
警戒せずにはいられなかった。




