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「森で行き倒れたアラサー女、ビンボー領主に厄介になります」  作者: 三ノ宮 みさき


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12/21

12 近づく騎士、警戒する領主 

 呼び出しを受けたのは、翌日のことだ。

「俺は忙しいんだ」

 部屋に入るなり、アルバンは不機嫌さを隠すこともしない。

「分かっている。だが、大事な話だ」

 クレイドルは、アルバンの態度など気にも留めずに話を進めた。

「あの男は、まだ何かを隠している」

「そんなことは分かっている」

「なら、さらに調べる必要があるだろう」

 アルバンは宰相を睨みつけた。

「それを俺がやっているんだ。呼び出されて、お前と話している時間が無駄なんだよ」

 クレイドルは、ほう、と小さく息を吐いた。

 城の中で、自分にこれほど遠慮のない態度を取る男は、アルバンくらいのものだ。

 普通なら、宰相を前にすればもう少し言葉を選ぶ。だが、この騎士には、そんな気遣いをするつもりなどないらしい。

「君は、休暇を欲しがっていたな」

「それどころじゃない」

 本当なら、今すぐにでも、あの男の領地へ向かいたい。

 それに、あのとき一緒にいた黒いドレスの女性のことも気になっていた。

 だが、王都を離れるわけにはいかない、

 盗賊たちが捕らえられたからといって、事件が終わったわけではない。

 それどころか、神殿と王族、貴族たちの対立に発展する可能性がでてきた。

「王も悩んでいる。神殿に盗賊たちを押しつけるのは簡単ではないと分かったようだ」

「厄介な話だな」

 アルバンは顔をしかめた。

 クレイドルは淡々と答えた。

「一人につき金貨千枚。しかも、だが、それだけで済むわけではない。食料、病人の世話をする人員、隔離施設の確保。その費用まで負担するとなれば、相当な額になる」

「城の財政だって、無限ではないからな」

 盗賊を捕らえたまではよかった。だが、その後始末となると、誰もが責任を押しつけ合っている。

「問題は、誰が責任を負うのかということだ」

「そんなことは、王と貴族たちで決めればいい。俺まで巻き込むな」

「君も騎士団の責任者だろう?」

「だから、調査をしているんだ。金の話まで俺に振るな」

 アルバンは吐き捨てるように言った。

「君が、あの男の領地へ行きたがっている理由は何だ?」

「……詮索をするな」

 アルバンの目が鋭くなった。

「心配しなくても、今すぐ行けとは言わない。だが、王都にいる間にできることもあるはずだ」

「何が言いたい?」

「街の様子だ、盗賊の残党が潜んでいる可能性もあるのだからな」

 アルバンは、疑わしげにクレイドルを見た。

「……調査の名目で、街を歩けということか」

「そういうことだ」

「最初からそう言えばいいだろう」

 アルバンは椅子から立ち上がった。

「俺は行くぞ。今度こそ、邪魔をするなよ」

「善処しよう」

「その言い方が一番信用できないんだ」

 アルバンは捨て台詞を残し、部屋を出ていった。

 その背中を見送りながら、クレイドルは静かに微笑んだ。

 騎士団長が街へ出る。それだけでも、得られる情報はあるだろう。

 そして、思いがけない出会いが待っていることなど、このときのアルバンは知る由もなかった。


 街中を歩いていたアルバンは、花屋の前で足を止めた。

 数日前のことだ。

 あのとき、ジョルジュと一緒にいた黒いドレスの女性。彼女は、いったい何者なのだろう。

 アルバンは近くの茶屋に立ち寄り、喉を潤した。

 あの男は、もう領地に帰ったのだろうか。

 クレイドルから聞いた話では、ジョルジュの領地は王都から遠いらしい。

 王都まで来たのだから、少しくらい滞在することもあるのではないか。

 だが、盗賊騒ぎの後だ。

 一刻も早く自分の領地へ戻り、領民の様子を確かめたいと思っていても不思議ではない。

 アルバンは、あのとき一緒にいた女性を思い出そうとした。

 顔をはっきり覚えているわけではない。

 気になっているのは黒いドレスを着ていたことだ。

 花屋の主が話していたことを思い出す、王都の女性で、黒いドレスを着ている者を、アルバンはほとんど見たことがない。

 華やかな色を好む女性が多いからだ。

 では、顔はどうだっただろう。

 数日前のことなのに、思い出そうとすると、かえって曖昧になる。

「……もう一度、あの花屋に行ってみるか」



 扉を開けると、花の香りがふわりと漂ってきた。

 店の奥から、女性たちの楽しそうな声が聞こえる。

「切り花と球根ですか?」

 年配の女性が尋ねた。

「はい。マーサさん、館の中に花を飾りましょう。玄関や書斎、台所にも。それから、マーサさんやトマスさん、ほかのメイドさんたちの部屋にも!」

 若い女性の声だ。

「旦那様の部屋にもね」

 年配の女性が笑いながら付け加えた。

「ジョルジュさんは、何色が好きでしょうか」

「匂いがきつくなければ、何でもいいんじゃないですか」

 マーサは楽しそうに笑った。

「旦那様の部屋に花を飾るなんて、特別なときか、お客様がいらっしゃるときくらいですよ」


 アルバンは、店の入口で足を止めた。

 一人は、メイドらしき年配の女性。

 そして、もう一人は、黒いドレスを着た若い女性だ。

 アルバンの視線が、彼女に吸い寄せられた。

 間違いない。あのとき、一緒にいた女性だ。

 彼女は花を選びながら、楽しそうに笑っている。

 領地で働いている者なのか。それとも……。

 そこまで考えて、アルバンは自分の思考に眉をひそめた。

 なぜ、自分がそんなことを気にしなければならない。

 彼女が誰であろうと、今の自分には関係ない。

 女性が手にしていた花を店主に差し出した。

「これと、こちらの球根もお願いします」

 明るい声だ、数日前、遠くから見ただけの女性。

 顔もろくに覚えていなかったはずなのに、今は、その声まで耳に残った。


 「マーサさん、私が持ちますから」

 店を出る前、黒いドレスの女性がそう言って、マーサの手から荷物を受け取った。

 花や球根の入った袋だ。決して軽くはないだろう。

「あら、すみませんね」

 マーサは遠慮することなく、袋を渡した。

 アルバンは、その様子を不思議そうに眺めた。

 メイドの荷物を、若い女性が自分から持つのか。

 服装や立ち居振る舞いからして、彼女はそれなりの身分の女性だと思っていた。

 貴族の娘、裕福な商人の家の者か。

 使用人の荷物を進んで持つような立場には見えなかった。

 二人の様子には妙な遠慮がない。

 主従関係というより、親しい間柄のようにも見えた。

 領主のジョルジュは、いったいどのような人物なのだろう。

 アルバンは二人が店を出るのを待った。

 声をかけるなら、今しかない。


 アルバンは二人の前に歩み寄った。

「すまない」

 声をかけると、黒いドレスの女性が振り返った。

 彼女は不思議そうにアルバンを見た。突然、見知らぬ騎士に呼び止められたのだから、当然の反応だろう。

 だが、隣にいたメイドは表情を硬くした。

 アルバンは戸惑った、なぜ、警戒する?

 自分は甲冑を身につけている。騎士だと分かるはずだ。


 アルバンには見えないがマーサの肩には妖精が腰掛けていた。

 花屋に入ってきた瞬間から、妖精は彼の存在に気づいていたのだ。


『マーサ、あの騎士がこっちを見ているよ。気をつけて』


 妖精はマーサの耳元で囁いた。

 マーサは妖精の警告を聞いていた。

 騎士だから無条件に信用できるわけではない。


『早く帰ろう。長居しないほうがいいよ』


 妖精の囁きに、マーサは小さく頷いた。

 その様子に気づかないアルバンは、黒いドレスの女性へ視線を戻した。

「以前、領主のジョルジュ卿と一緒にいただろう。盗賊に襲われたときのことを覚えているか?」

 女性は少し考えていたが、思い出したように頷いた。

「はい。覚えています。何か御用ですか?」

 丁寧な受け答えだ。

 彼女は、アルバンを特別に警戒しているようには見えない。

 むしろ、隣のメイドが身構えていた。

 アルバンは疑問を抱きながらも、話を続けようとした。

「実は、ジョルジュ卿について少し聞きたいことが……」

 そのときだ。


「ミヤ!」

 聞き覚えのある男の声が、通りに響いた。

 アルバンが振り返る。

 そこには、険しい顔でこちらへ向かってくる白髪交じりの男の姿があった。

 ジョルジュだった。

「ジョルジュさん? どうしたんです?」

 ミヤは驚いたように彼を見上げた。

 ジョルジュはミヤに答えるより先に、アルバンへ視線を向けた。

 その目は、明らかに警戒していた。

 ジョルジュはマーサを見た、ほんの一瞬、視線が交わる。

 それだけだが、マーサには分かった。

 この場を離れろ。


 「行きましょう」

 マーサはミヤの手を取った。

「えっ? でも、ジョルジュさん……」

「大丈夫ですから」

 マーサは有無を言わせぬ調子で歩き出した。

 ミヤは戸惑いながらも、引かれるままにその場を離れていく。

 アルバンは、二人の背中を見送った。

 引き止めるべきか迷ったが、ジョルジュが目の前にいる以上、勝手なことはできない。

 それにしても、あの女性はミヤという名前なのか。

 アルバンがそう考えていると、ジョルジュが一歩前に出た。

 二人の距離が縮まる。

 ジョルジュは、黙ったままアルバンを見つめていた。

 いや、睨みつけていると言ったほうが正しい。


 「……騎士殿」

 低い声が響いた。

「私は、知っていることはすでに話したはずだ」

 アルバンは眉を上げた。

「ええ。ですが、まだ確認したいことがありまして」

「それなら、私に聞けばいい。なぜ、彼女に声をかけた?」

「彼女が、あなたと一緒にいた女性だったからです。盗賊に襲われたときのことを、少し聞こうと思っただけですよ」

 騎士として街の様子を調べに来ただけなのに、どうして領主に睨まれなければならないのか。

 だが、ジョルジュにしてみれば、王城で余計なことを聞かれたばかりだ。今度は街で、ミヤにまで接触された。

 警戒せずにはいられなかった。


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