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「森で行き倒れたアラサー女、ビンボー領主に厄介になります」  作者: 三ノ宮 みさき


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13/20

13  盗賊は潜んでいる?

アルバンは、落ち着けと自分に言い聞かせた。

 相手は領主だ。騎士団長である自分が、感情に任せて言い争うわけにはいかない。

「領主殿。あなたは知っていることは話したと言った。だが、すべてではないだろう」

「だから、彼女から聞き出そうとしたのか」

「狼の背に乗っていた、何か気づいたことがあるかもしれないと思った」

「盗賊に囲まれ、命の危険にさらされたんだ。逃げるだけで必死だった。そんな状況で、何を見て、覚えているというんだ」

 アルバンは、すぐには言葉を返せなかった。

 正論に聞こえるが、引き下がれない、調べる必要があると思っていた。

「王だけではない。あの部屋にいた側近たちもだ」

 ジョルジュの表情には怒りよりも呆れが見えた。

「気にしていたのは盗賊のことではない、狼のことだ」

 王は、ジョルジュが帰るのを止めようとはしなかった。

 窓とグラスが突然割れたことで、皆が動揺していた。あの騒ぎが収まったあと、アルバンは王や側近たちが交わしていた言葉を思い出した。


『人の言葉を話す狼など、信じられません』

『魔獣ではないでしょうか』

『街を歩き回れば、民が不安に思うのでは?』

『城で管理する必要があるのではありませんか』


 盗賊たちの原因不明の病気、捕らえられた者たちの処遇についても、解決したわけではない。

 それなのに、彼らの関心は狼に向いていた。

 城で管理する、その言葉が、アルバンの胸に引っかかった。

 

「盗賊が街の中に潜んでいるだけだと思っているのか?」

 ジョルジュの言葉に、アルバンは息をのんだ。

 盗賊の残党がどこかに潜んでいる可能性は、当然考えていた。街の宿屋や裏路地、盗賊たちが逃げ込めそうな場所は、騎士たちも調べている。

 だが、この男が指摘しているのは、街の中ではない?

「城や貴族の屋敷に紛れ込んでいたらどうだ。使用人や、出入りする商人に成りすましてな」

 ジョルジュは、相手の反応を確かめるように視線を向けた。

「使用人と親しくなる、何気ない会話から情報を手に入れる。その可能性はないのか?」

 アルバンは返事ができない。

 使用人同士の交友関係に、商人との付き合い。貴族の屋敷には、外部の人間が出入りする機会もある。

 誰が、どこで、何を聞いているのか。

 すべてを把握することなどできない。

「盗賊たちは、仲間を見捨てるつもりだと思うか?」

 ジョルジュの声は静かだ。

「仲間を救いだす為に策を練っているかもしれない。あるいは、口を封じようとしているのかもしれない」

 アルバンは黙り込んだ、今、騎士たちは街を調べている。

 だが、盗賊たちのほうも動いているとしたら。

 仲間が捕まって、逃げ出す、いや、助け出そうとしているなら。

 城に侵入するかもしれない、下働きの人間からから情報を手に入れているかもしれない。

 考えれば考えるほど、危険な可能性が浮かび上がってくる。

「あなたは、そこまで考えていたのか?」

 ジョルジュはすぐには答えなかった。

 アルバンは、目の前の男を見つめた、貧しい領地を治める、一人の領主。

 騎士団長である自分でさえ、そこまで考えていたか?

「普通に考えることだろう。王や側近たちは、その可能性がないと思っているのか?」

 アルバンは返事ができない、王が、貴族たちが、考えていないのだとしたら、どうだ。

 あまりにも浅はかだ。

 だが、ジョルジュ自身も、最初からそこまで考えていたわけではない。

 バルジャンの言葉を思い出す。

 王都に来てから、街の行商人や物売りの様子に違和感を覚えた。

 そして、妖精がバルジャンに囁いた。


 『――血の匂いがする』


 盗賊の残党は、街に潜んでいるのではないか。

 彼らが仲間を救い出そうと城の動きを探っていてもおかしくはない。

 商人や物売りに紛れ、城門を通る者たちの様子をうかがっている可能性もある。

 城のすぐ近くまで入り込んでいるとしたら。

 ジョルジュは、胸の内に広がる不安を押し殺した。

「私は、自分の領民を守る責任がある」

 口にしたものの、ジョルジュは内心で苦笑した。

 今の話も、バルジャンや狼から聞いたことが元になっている。自分一人で思いついたわけではない。

 それでも、危険を知りながら黙っているわけにはいかなかった。

「神殿に盗賊を移す。王たちは、その話を進めているのだろう?」

 アルバンは黙って頷いた。

「城へ侵入するかもしれない。いや、移送の途中で助け出そうとしているかもしれない」

 移送の計画は、まだ正式には決まっていない。

 だが、王城ではすでに神殿との交渉が進められている。関係者の間で話が交わされている以上、情報が外へ漏れる可能性はあった。

 もし、盗賊たちがその動きを察知していたら。

 彼らは、騎士たちが街を調べていることも知っているかもしれない。

 先手を打とうとするのではないか。

「……まさか、すでに城の中にまで入り込んでいると?」

 アルバンの声は、先ほどよりも低くなっていた。

「そこまでは分からない」

 ジョルジュは正直に答えた。

「だが、可能性を考えずにいることと、調べたうえで否定することは違う」

 その言葉に、アルバンは息をのんだ。

 盗賊の残党は、街のどこかに潜んでいる。

 だが、自分たちが探している間にも、盗賊たちはこちらの動きを探り、仲間を救い出すために準備を進めているかもしれない。

 そう考えれば、今までの調査だけで十分だとは、とても言えなかった。

 


 アルバンは城に戻ると、真っ先に牢へ向かった。

 入口を守る兵士たちに声をかける。

「変わったことはないか?」

「いえ、特に何もありません。囚人たちにも変化はありません」

 兵士は迷いなく答えた。

「そうか。引き続き警戒を怠るな」

 アルバンはそれだけ告げ、牢を後にした。

 兵士を疑っているわけではない。

 だが、ジョルジュとの会話を思い返すと、今まで気にも留めなかったことまで疑わしく思えてくる。

 囚人に面会を求める者が現れていたら。

 見張りの兵士が金を渡され、何かを見逃していたら。

 あるいは、城で働く使用人が盗賊たちとつながっていたら。

 考え始めれば、きりがない。

 城の警備は厳重だ。簡単に侵入できる場所ではない。

 だが、最初から城の中にいる者ならどうだ。

 向かった先は、宰相クレイドルの執務室だ。


 部屋に入ると、クレイドルは書類から顔を上げた。

「どうした、アルバン。何か分かったのか?」

「確認したいことがある」

 アルバンは前置きもせず、問いを投げかけた。

「城や貴族の屋敷に、盗賊の残党が紛れ込んでいる可能性は?」

 クレイドルの手が止まった。

「……突然、何を言い出す?」

「盗賊たちが捕らえられてから、十日あまり、残党が、捕まった仲間を見捨てたと考えているのか?」

 すぐには答えられない。

「城の守りは強固だ。そう簡単に侵入できるものではない」

「それは外から侵入する場合だろう」

 アルバンは一歩踏み出した。

「城で働く人間の中に、盗賊の仲間がいる可能生は?」

 クレイドルの表情から、微笑みが消えた。

「使用人、出入りする商人。彼らが城の中の情報を集め、盗賊たちに流している可能性は?」

「……待て。君は、城の者が盗賊と通じていると言いたいのか?

 アルバンは慎重に言葉を選んだ。

「捕らえられた仲間を救い出すために、機会を伺っている者がいるかもしれない。移送の計画を探っている可能性もある」

 クレイドルは黙ってアルバンを見つめた。

 城の警備には自信があった。

 門の出入りは管理され、兵士たちは交代で見張りに立っている。囚人たちがいる牢にも、厳重な監視がついていた。

 だが、城で働く者たち全員の交友関係まで把握しているわけではない。

 長年仕えている使用人が、誰と親しくしているのか。

 出入りする商人が、どこで誰と会っているのか。

 普段の仕事を装いながら、情報を持ち出すことはできないのか。

 考えたこともなかった、というわけではない。

 しかし、盗賊の残党がそこまで動いている可能性を、具体的に考えたことはなかった。

「……それは、君の考えか?」

 クレイドルの問いに、アルバンは一瞬、口をつぐんだ。

 領主の顔が脳裏をよぎった、温厚層な白髪混じりの……。

 盗賊たちは街の中に潜んでいるだけではないかもしれない。

 城や貴族の屋敷に入り込み、情報を集めている可能性があると。

 だが、それを話す気にはなれなかった。

「調査を進めるうちに、見落としていた可能性に気づいた」

 クレイドルはしばらく黙っていたが、やがて机の上で指を組んだ。

「それで、神殿への移送をやめろと言いに来たのか?」

「移送そのものが危険だと言わない。残党が動いている可能性を確かめないまま、囚人たちを別の場所へ移すべきではない、と言っている」

 移送の情報が漏れれば、盗賊たちに先手を打たれるかもしれない。

 途中で襲撃される可能性もある。

 神殿へ預けたあとで仲間を救出されれば、これまでの苦労は水の泡だ。

「城の中に情報を流している者がいた場合……」

 クレイドルは、すぐには返事をしなかった。

 先ほどまで、城の守りは強固だと考えていた。

 だが、盗賊たちが、城の外から侵入する必要さえない立場を手に入れていたとしたら。

 どれほど高い城壁も、どれほど厳重な門も、意味をなさない。

 クレイドルは、初めて城の守りに別の穴がある可能性を認めざるを得なかった。


「旦那様、ご機嫌がよろしいですね」

 首都から戻った翌日、ジョルジュの書斎にマーサが花瓶を運んできた。

 色とりどりの花が生けられている。

 ジョルジュは書類から顔を上げた。

「ええ。お帰りになってから、ずいぶんと楽しそうですよ」

「そうか?」

「帰りの馬車の中で、たくさんお話しされたんでしょう? ミヤと」

 マーサが笑う。

 ジョルジュは、そこでようやく彼女が何を言いたいのか察した。

「……別に、いつもと変わらん」

「男の方ですねえ、旦那様」

「マーサ、旦那様をからかうものじゃない」

 ジョルジュは小さく息を吐いた。二人に何を言っても、まともに取り合ってもらえそうにない。

「それで、花はどうだった?」

 話を変えるように尋ねると、マーサは待っていましたとばかりに表情を明るくした。

「はい。球根、花の種も、いろいろと買ってきました。庭に植えるものもあれば、鉢に植えて館の中に飾れるものもありますよ」

「そうか。それは楽しみだな」

「それから、ミヤが気にしていた花の砂糖漬けですが、作るのはなかなか難しいそうです。時間もかかるみたいですよ」


「旦那様」

 バルジャンが口を開いた。

「しばらくは、首都へ行かない方がよろしいかもしれません」

 ジョルジュは眉をひそめた。

 頭に浮かんだ考えを、すぐには口にできなかった。

 マーサは、自分の肩へ視線を落とした。

 妖精は先ほどまでの楽しげな様子とは打って変わり、顔をしかめていた。

「盗賊の残党か?」

 ジョルジュが低く尋ねる。

 バルジャンは慎重に答えた。

「街をうろついているだけとは限りません。捕らえられた仲間を助け出す機会をうかがっている可能性もあります」

 書斎に沈黙が落ちた。

 盗賊たちを神殿へ移送する話は、まだ決着していない。

 王や貴族たちは、費用や責任の押しつけ合いに気を取られていた。騎士たちは街の調査を進めているはずだが、盗賊の残党が何を考え、どう動いているのかまでは分からない。

 もし、彼らが仲間を救い出すつもりなら。

 移送先が決まるのを、ただ待っているとは限らない。

 マーサは、二人の顔を見比べた。

 つい先ほどまで、花の話をしていたのに。

 今では、誰が敵かも分からない話になっている。

「旦那様。しばらく首都へは近づかないよう伝えた方がよろしいですね」

「ああ。危険があると分かっていて、わざわざ近づく必要はない」

 ジョルジュは窓の外へ目を向けた。

 館の庭では、買ってきた花を植える場所をトマスが考えているはずだ。

 いつもと変わらない、穏やかな領地の風景。

 だが、首都では何かが動き始めているのかもしれない。


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