14 盗賊を移送するだけ? 王宮が見落とした危険
クレイドルは落ち着かない気分になっていた。
盗賊の残党が城に入り込み、捕らえられた仲間を救い出す機会をうかがっている可能性がある。城の動きを探り、神殿への移送が決まるのを待っているのかもしれない。
移送を妨害するため、別の場所で騒ぎを起こすことも考えられる。
そんなことが起こるはずはないと、言い切れるだけの根拠はなかった。
アルバンは、自分で気づいたのだと言っていたが、本当にそれだけなのだろうか。何かほかに気づいたことがあるのかもしれない。
いずれにしても、移送を進める前に対策を講じる必要がある。
クレイドルは急いで王と側近たちを集めるよう命じた。ほどなくして、王の執務室に関係者が集まった。
突然の招集に、側近たちは落ち着かない様子で顔を見合わせていた。
「宰相。急な会議とは、何事だ?」
王に尋ねられ、クレイドルは一礼した。
「陛下。盗賊たちを神殿へ移送する件ですが、いったん保留にしてください。いえ、中止すべきです」
王だけでなく、側近たちも驚いた様子だった。
「しかし、いつまでも牢に閉じ込めておくわけにはいかないでしょう」
「神殿との交渉も進めているのですぞ」
「費用の問題はまだ決着していませんが、だからといって、移送を取りやめるというのは……」
口々に反対する側近たちを、クレイドルは静かに見渡した。
「皆様のおっしゃることは分かります。ですが、移送を進める前に、確認しておくべきことがあります」
その言葉に、室内が静まり返った。
「彼らを神殿へ運ぶ途中、盗賊の残党が襲撃してきたら、どうなさいますか?」
王の表情が変わった。側近たちも互いに顔を見合わせている。
「残党が襲撃する? そのような話は聞いておらぬ」
「現時点で、襲撃の計画を確認したわけではありません」
クレイドルは、あくまで冷静に答えた。
「捕らえた盗賊たちが全員ではないことは分かっています。残党がどこに潜み、何を企んでいるのか。それも明らかになっておりません」
「仲間を助け出そうとしている、と言いたいのか?」
王の声が低くなった。
「その可能性があります」
「本気で言っているのか、宰相」
側近の一人が、疑わしげに口を挟んだ。
「城の警備は厳重だ。盗賊ごときが、そう簡単に手を出せるはずがない」
「城の警備が厳重であることと、情報が外へ漏れていないことは別の問題です」
クレイドルの言葉に、側近は口を閉ざした。
「陛下。盗賊たちが城の中の情報を集めていたとしたら、どうなさいますか?」
クレイドルは王を見据えた。
「城で働く者たちや、出入りする商人から話を聞き出していたとしたら、移送の日程や護衛の人数をすでに把握している可能性もあります」
そんなことがあるはずはない。そう言いかけた側近もいたが、言葉は続かなかった。
王も黙ったままだった。
城の守りは強固だ。門は管理され、兵士たちは警備に当たっている。
だが、城に出入りするすべての人間を疑ったことがあっただろうか。
長年仕えている使用人が誰と親しくしているのか。商人がどこで誰と会っているのか。何気ない会話の中で、どれほどの情報が外部に漏れているのか。
すべてを把握できているとは言い切れなかった。
「……宰相。お前は、盗賊の残党が城の中にまで入り込んでいると考えているのか?」
王の問いに、クレイドルは慎重に答えた。
「可能性を否定できない以上、調査もせずに移送を進めるのは危険です」
室内に重い沈黙が落ちた。
これまで、誰もが囚人たちをどう処遇するかばかりを考えていた。神殿に預けるのか。費用を誰が負担するのか。いつまで牢に留めておくのか。
しかし、移送を安全に行えるのかという問題については、誰も真剣に考えていなかった。
クレイドルは返答を待った。今、判断を誤れば、捕らえた盗賊たちを奪い返されるだけでは済まないかもしれない。
「陛下、発言をお許しください」
沈黙を破ったのは、アルバンだった。
王が視線を向けると、アルバンは一歩前に出た。
「城で働く者だけではありません。貴族の屋敷についても調べる必要があります。使用人の中に、盗賊たちとつながっている者がいる可能性も考えてください」
「何だと?」
王の顔色が変わった。側近たちも、思わず顔を見合わせる。
「貴族の使用人まで疑えというのか?」
「可能性を考え、調べるべきだと申し上げているのです」
アルバンは側近の言葉にひるまなかった。
「若いメイドが見知らぬ男から甘い言葉をささやかれたり、使用人が酒をおごられて親しくなったりすることは、珍しくありません。相手から何気なく尋ねられたことに答えるだけでも、情報が渡ってしまうことがあります」
「それだけで、何が分かるというのだ」
側近の一人が反論した。
「一度の会話で、すべてが分かるわけではありません。ですが、何度も話をすればどうでしょう。誰が何時に出入りするのか。どこに何が保管されているのか。主人がいつ屋敷を空けるのか。本人に悪意がなくても、情報は集められます」
アルバンは一度言葉を切り、王たちを見渡した。
誰もすぐには答えなかった。
「私は、街の様子も調べてきました」
アルバンの声が、わずかに低くなった。
「以前なら遅い時間まで営業していた店も、今では暗くなる前に店じまいをしています。屋台も同じです。子供たちも、日が暮れる前には家に帰されています」
王は眉をひそめ、側近たちは無言になった。
「……それが、盗賊と関係していると?」
「断定はできません。しかし、街の人々が不安を感じている可能性はあります」
「不安、だと?」
「盗賊が捕まったと聞いても、残党がいるかもしれない。夜道で襲われるかもしれない。店にいても、屋台を出していても、安全だとは言い切れない。そう考えれば、早く店を閉め、子供を家に帰すのも当然ではありませんか」
会議室が静まり返るが、アルバンは、さらに言葉を続けた。
「盗賊を捕らえました。ですが、それで街の人々が安心して暮らせるようになったのでしょうか?」
王の表情が硬くなった。
「騎士たちは街を調べています。しかし、残党がどこに潜んでいるのかは、まだ分かっていません」
アルバンは王から目をそらさなかった。
「その状況で囚人たちを神殿へ移送すれば、残党が動き出す可能性があります。移送の計画を知られ、襲撃されたらどうなさいますか。街の人々は、今以上に不安を感じることになるでしょう」
反論する者はいなかった。いや、できなかったのだ。
彼らが考えていたのは、捕らえた盗賊たちをどこへ移し、誰が費用を負担するかという問題だった。
だが、アルバンが指摘したのは、城の外で暮らす人々の不安だった。
店を早く閉める商人。日が暮れる前に子供を帰す親たち。彼らが安心して暮らせる状況を取り戻さなければ、盗賊を捕らえた意味がない。
「……我々は、街の様子を見落としていたということか」
アルバンは答えない。
見落としていたのは、街の変化だけではない。盗賊たちは、ただ隠れているだけではなく、仲間を救い出すために情報を集め、機会をうかがっている可能性がある。
その危険を考えずに移送を進めることはできなかった。
「陛下。移送を決める前に、残党の動きと街の状況を、もう一度調べる必要があります」
アルバンの言葉に、王は黙って頷いた。
「旦那様、首都で不穏な動きがあるようです」
朝食を終えたジョルジュが書斎で書類を読んでいると、バルジャンが入ってきた。
ジョルジュは手にしていた書類を置いた。
「盗賊たちを神殿へ移送する話が進んでいるようです。囮にして、残りの盗賊たちを捕らえようとしている可能性もあります」
「うまくいくだろうか」
「失敗したとしても、王城側は残党を捕らえるために手を尽くした、と主張できるでしょう」
盗賊たちを神殿へ預ける話は、費用や責任の問題で揉めていたはずだ。それが急に進み始めたとなれば、何か事情があるのかもしれない。
「宰相のクレイドルは、切れ者だと聞いている」
「そのようですね。今回の件も、何か考えがあってのことかもしれません」
「だが、盗賊の残党がどう動くかは分からん。王城の思惑どおりに進むとは限らない」
ジョルジュは椅子の背にもたれ、考え込んだ。
貧しい領地を治める自分に、王城の方針を変える力はない。だからといって、何もせずにいるわけにもいかなかった。
「ところで、旦那様。何か気になることでも?」
バルジャンに尋ねられ、ジョルジュは顔を上げた。
「首都で、顔見知りの領主たちに会う機会があっただろう」
「はい」
「私と同じように王都へ出向く者もいる。彼らには、しばらく大事な用がない限り、首都や王城へ近づかない方がいいと伝えておいた」
バルジャンは目を見開いた。
「もう、お知らせになったのですか?」
「ああ。確かなことが分かっているわけではない。だが、不穏な噂があると知っていながら、黙っているわけにはいかないだろう」
ジョルジュは、知り合いの領主たちの顔を思い浮かべた。
彼らが自分の忠告をどこまで真剣に受け止めるかは分からない。中には、貧しい領地を治める自分の話など大したことではないと、聞き流す者もいるだろう。
それでも、知らせないよりはいい。
「旦那様らしいですね」
バルジャンが、わずかに笑った。
「何がだ?」
「ご自分の領地のことで手いっぱいのはずなのに、ほかの領主のことまで気にかけていらっしゃる」
「同じ国の領主だ。何かあれば、こちらにも影響が出る。それだけのことだ」
ジョルジュは、何でもないことのように答えた。
だが、バルジャンは知っている。
ジョルジュは、自分の領地が貧しくても、そこで暮らす人々を守ることを何より大切にしている。だからこそ、ほかの領地で暮らす人々が危険にさらされる可能性も、見過ごせないのだ。
「もっとも、私の忠告を聞いてくれるかどうかは分からんがな」
ジョルジュは苦笑した。
「それでも、知らせる価値はあるでしょう」
ジョルジュは窓の外へ目を向けた。
首都で何が起きるのか、まだ分からない。
盗賊たちが仲間を救い出そうと動いているのなら、事態は王城だけの問




