15 招待状と森から出てきた男たち
「旦那様、茶会の招待状が届いております。本日だけで三通です」
バルジャンは、手にした招待状を見て驚いたようだった。
招待状が急に増えている。
ジョルジュは驚くというより、不思議そうな顔をした。無理もない。以前なら、こんなことはなかった。
「……どういうことだ?」
理由がわからないのだろう。
「先日、領地の見回りにミヤを連れて行かれたからではありませんか」
それだけで?
だが、バルジャンは無理もないと言いたげな顔をしていた。
「今まで旦那様は、馬に乗るか、雨の日には馬車を使っておられました。それが突然、若い女性と一緒に徒歩で領地を回られたのです。村人たちも驚いたでしょう。噂になっても不思議ではありません」
「仕方ないだろう。彼女は馬に乗ったことがない。それに、領地を見回るのに馬車を使っていたら、畑や作物を見るたびに乗り降りしなければならないではないか」
バルジャンは素直に頷いた。
だが、その顔には、納得していないような笑みが浮かんでいる。
「……何だ、その顔は」
「旦那様が、そこまで熱心に説明なさるとは思いませんでしたので」
「説明しなければ、妙なことを考えるだろう」
「私は何も申し上げておりませんが」
バルジャンは涼しい顔で答えた。
ジョルジュは小さく息を吐いた。何を言っても無駄だと思ったのかもしれない。
「それで、招待状はどうするのですか?」
「断るわけにはいかないのだろうな」
「三通とも付き合いのある方々です。すべて断れば、余計な憶測を招くかもしれません」
「……面倒なことになったな」
「ミヤをお連れになるのですか?」
ジョルジュは、ぴたりと口を閉じた。
茶会に出席するだけなら、どうということはない。だが、ミヤを連れて行けば、今度は彼女についてあれこれ尋ねられるに違いない。
どこの家の出身なのか。
なぜジョルジュの館に滞在しているのか。
二人は、どういう関係なのか。
考えただけでも頭が痛くなった。
「……連れて行くのは、まずいか?」
バルジャンは首を振った。
「ただ、王都に近い地域では、盗賊の問題がまだ片付いておりません」
その声からは、先ほどまでの軽い調子が消えていた。
ジョルジュの表情も変わる。
招待状に気を取られていたが、盗賊の残党がどこに潜んでいるのか、まだ分かっていないのだ。
「……そうだったな」
ジョルジュは、机の上に並んだ招待状を見つめた。
断れば、余計な噂が立つ。
出席すれば、ミヤを連れて行くべきか悩むことになる。
どう転んでも、面倒なことに変わりはなかった。
「実は今朝、領民が気になることを報告してきました。森から数人の男が現れたそうです。怪我をしていたとか」
ジョルジュの表情が変わった。
「怪我は、ひどかったのか?」
「分かりません」
バルジャンは言葉を続けた。
「その男たちは、どこへ?」
「それが、いつの間にか姿を消してしまったそうです」
ジョルジュの顔が曇った。
傷の手当てを自分たちでしたのだろうか。村にも医者はいるはずだ。
ジョルジュが考え込んでいると、声が聞こえてきた。
「盗賊だよ、あいつら」
「悪い奴らだよー」
その声に、バルジャンも驚いた。
妖精たちが部屋の中を飛び回っていた。
「背中や肩に入れ墨があったもん」
「それに服装、おかしいの」
「ウルが気づいたの。それで、ボアやベアに声をかけたの」
妖精の言葉に、バルジャンが尋ねた。
「まさか、猪や熊ですか?」
妖精は楽しそうに笑った。
「ウルたちが、ボアやベアの親たちに、子供たちに狩りの練習をさせたらいいって言ったの」
妖精の言葉に、ジョルジュとバルジャンの表情も変わった。
「旦那様、王都に連絡したほうが……」
バルジャンの言葉に、ジョルジュは頷いた。
「そんなことしなくていいよ」
「うん、放っておいたらいいんだよ」
妖精たちは、構うことはないと断言した。
「勘のいい人なら気づくよ」
「騎士にも分かるんじゃない?」
ジョルジュは考え込んだ。
騎士たちは、日頃から犯罪者を相手にしている。人の動きや態度から、不審な点を見つけることもあるだろう。
しかし、それだけで安心してよいものか。
「誰も気づかなかったら、どうする?」
「おかしいって思わない?」
「わざわざ王都まで来て治療するの?」
「街の人たちも見るし」
ジョルジュは黙って頷いた。
「怪我や傷を隠しても、気づく人間はいるかもしれません」
バルジャンも納得したように頷いた。
「子供のボアとベアだって必死だよ。自分たちだって殺されるかもしれないんだから」
妖精は、ジョルジュの顔をのぞき込んだ。
「ただの狩りの練習じゃないよ」
ジョルジュの表情が変わった。
「……怪我をさせて、周囲に違和感を持たせたというわけですか」
「バルジャン、やっと分かったの?」
妖精は、ぷうっと頬を膨らませた。
「さっきから、ずっとそう言ってるのに!」
「そうだよ。バルーっっ、お間抜けなのっっ!?」
「ジョルもだけど、気づくの遅すぎーっ」
妖精は、ますます不満そうな顔をした。
「隊長」
街中を巡回していたアルバンは、声をかけてきた部下の険しい表情に気づいた。
「どうした?」
「実は先ほど、怪我をした男たちが医者のところに運び込まれたそうです」
もう一人の部下が言葉を続けた。
「獣に襲われたようだと医者は言っているのですが、違和感があるそうです」
「男たちは何者だ?」
「旅の商人だと名乗っているようです」
アルバンは眉をひそめた。
わざわざ王都まで来て治療を受けるのか。
獣に襲われたという話が本当なら、近くの村で手当てを受けることもできたはずだ。
「傷の程度は?」
「かなり出血していたそうです」
アルバンの脳裏に、ジョルジュの言葉がよみがえった。
あの領主は警告していた。
盗賊の残党が貴族の屋敷に入り込んだり、使用人や商人に紛れて情報を集めたりしている可能性もある、と。
アルバンは表情を引き締めた。
怪我を負った男たちは、本当に旅の商人なのか。
獣に襲われたという話も、額面どおりに受け取るべきではない。
身分を偽り、街の中で情報を集めているのだとしたら。
「男たちの居場所を確認しろ。誰と接触したのかも調べるんだ」
部下が駆け出すのを見送り、アルバンは街の人々に目を向けた。
この王都のどこかに、まだ盗賊が潜んでいるのかもしれない。
しばらくして、部下が慌てた様子で報告に来た。
「隊長、怪我をした商人たちですが、治療が終わると、商談があると言って出ていったそうです」
「その後は?」
「宿に泊まったと思うのですが、行方が分かりません」
アルバンは眉をひそめた。
王都には宿屋がいくつもある。捜し出すのは容易ではない。
「一人だったのか?」
「仲間がいたようです」
部下は頷いた。
「実は、医者の手伝いをしている看護師が、男たちの会話について気になることを話していたそうです」
アルバンの表情が変わった。
「仲間と話しているとき、商売をしている人間の話し方とは思えなかったそうです」
アルバンは黙り込んだ。
商人は客商売だ。さまざまな人間を相手にする以上、言葉遣いや態度にも気を配るものだ。
「言葉遣いが乱暴で、商人には見えなかったそうです」
アルバンの脳裏に、あの言葉がよみがえった。
盗賊の残党が、商人や使用人に紛れて情報を集めているかもしれない。
盗賊ではないか。アルバンはそう考えたが、もちろん確証はない。
だが、王都のどこかに仲間が潜んでいる可能性もある。
アルバンの表情が険しくなった。
「医者のところへ行く。看護師から、男たちの特徴と会話の内容を詳しく聞き出せ」
「はっ!」
「それから、王都の宿屋を調べろ。怪我人だけでなく、一緒にいた仲間もだ。商人を名乗っているからといって、信用するな」
盗賊の残党と思われる数人の男たちを捕らえ、城の牢屋に放り込んだところまではよかった。
だが、問題はその先だ。
捕まったというのに、盗賊たちは慌てる様子もなかった。仲間の顔色をうかがうこともなく、まるで最初からこうなることを予想していたかのように平然としていた。
アルバンは、その態度が気にかかっていた。
捕まれば、少しでも逃げる機会をうかがうはずだ。ところが、あの男たちからは焦りも動揺も感じられなかった。
まさか、城の牢に入ることそのものが目的だったのではないか。
考えすぎだと切り捨てるには、気になる点が多すぎた。
アルバンは、男たちを治療した医師から話を聞くことにした。
「獣に襲われたと聞いていますが、どのような傷だったのでしょうか」
医師は少し考え込んでから、口を開いた。
「傷の様子からすると、一匹の獣に襲われたとは考えにくいですね」
「複数だったということですか?」
アルバンが尋ねると、医師は頷いた。
「引っかかれた傷もあれば、噛まれた傷もありました。最初に診たときは、猪に襲われたのだろうと思ったのですが……」
「猪ではなかったのですか?」
「いえ、看護師は猪の傷だと言うのです。私には、熊に襲われたようにも見えました」
アルバンは眉をひそめた。
猪と熊。どちらも人間にとって危険な獣だ。
もし両方に襲われたのなら、男たちが無事で済んだこと自体、不思議ではある。
「つまり、猪と熊の両方に襲われた可能性があると?」
「断言はできません。ただ、傷の種類が一様ではなかったのは確かです」
医師は慎重に言葉を選んだ。
「それに、もう一つ気になることがあります」
「何でしょう?」
「傷は多かったのですが、どれも致命傷には至っていません」
医師は自分の手を見下ろした。
「もちろん、出血もありましたし、放置すれば危険な傷もありました。ですが、深く傷つけられている箇所がある一方で、命に関わるような傷は見当たらなかったのです」
アルバンは黙って聞いていた。
複数の獣に襲われたらしいにもかかわらず、男たちは全員、城まで連れてこられる程度には動けていた。
「先生は、どう思われますか?」
アルバンが尋ねると、医師は困ったように眉を寄せた。
「獣が襲ったのは間違いないと思います。ただ、成獣ではなかったのではないかと」
アルバンは眉をひそめた。
「猪や熊の子供に襲われたということですか」
「可能性はあると思います」
医師は頷いた。
それなら、傷を負いながらも命を落とさずに済んだことに説明はつく。
だが、医師の表情は晴れなかった。何か、まだ腑に落ちないことがあるらしい。
「先生、何か気になることがあるのですか?」
アルバンが尋ねると、医師はしばらく考え込んだ。
「……親はいなかったのだろうか、と」
「親?」
「ええ。近くに親がいたのではないかと思いまして」
医師は難しい顔をした。
「もちろん、私には獣の生態を詳しく語れるほどの知識はありません。ただ、親がそばにいれば、子供が人間に襲いかかるのを止めたり、親自身が襲ってきたりすることもあるのではないでしょうか」
アルバンは黙って聞いていた。
確かに、子供の獣だけが襲ってきたのだとすれば、親はどうしていたのだろう。
そばにいなかったのか。それとも、すでに死んでいたのか。
「親を失った子供たちだった、ということですか?」
「そこまでは分かりません」
医師は静かに息を吐いた。
アルバンは考え込んだ。
親を失った子供の猪や熊が、盗賊たちを襲った。
あり得ない話ではない。だが、それだけで説明できるのだろうか。
「話を聞かせていただき、ありがとうございます」




