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「森で行き倒れたアラサー女、ビンボー領主に厄介になります」  作者: 三ノ宮 みさき


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17 領主は茶会に出掛けるが

茶会に出席するにあたり、ミヤは何を着ていけばよいのかと悩んでいた。

 できれば、きちんとしたドレスを着たい。けれど、今から仕立ててもらうには時間が足りない。

 そもそも、この館には女性用のドレスがないのだ。ジョルジュに姉や妹でもいれば、借りられたかもしれないが。

 ミヤは、普段から着ている黒いドレススーツを見下ろした。

 これだけでは、さすがに少し寂しい。

 そこで、胸元にコサージュをつけることにした。選んだのは、黒い服にもなじむ、落ち着いた色合いの花だった。

「リボンは、やめたほうがいいですね」

 マーサがそう言うと、ローザも頷いた。

「コサージュだけのほうが、すっきりして見えます」

 二人はミヤの装いを確認し、満足そうに顔を見合わせた。

 そして、茶会当日。

「旦那様、いかがでしょう?」

 マーサに呼ばれ、ジョルジュは部屋へ入った。

 ミヤの姿を見た途端、彼は何とも言えない顔になった。

「……どうなさいました?」

 ローザが不思議そうに尋ねても、ジョルジュはすぐには答えられなかった。

 もっと華やかな装いを想像していたのだ。

 新しいドレスを用意するのは難しくても、せめて明るい色の飾りをつけるくらいはすると思っていた。

 コサージュがついている、髪もUPにして結い方が変わっている。

「いや……いつもとあまり」

「今からドレスを仕立てるのは無理ですから」

 マーサは、呆れたように答えた。

「お気に召しませんか?」

 ローザが心配そうに尋ねる。

「そういうわけではないが……もう少し明るい色でもよかったのではないか?」

 その言葉に、マーサは驚いた。

 いや、驚いたというより、呆れたと言ったほうが正しい。

「旦那様。ミヤは旦那様と一緒に茶会へ出席されるのですよ?」

「それは分かっている」

「赤やピンクの華やかなドレスは避けたほうがよろしいでしょう」

「なぜだ?」

 ジョルジュが尋ねると、マーサはため息をついた。

「旦那様の隣で目立つ装いをしていたら、妙な噂、ましてや、派手な色のドレスなど着ていたら、余計な誤解を招きます」

「そうです。今の装いなら、旦那様と並んでもちょうどいいと思います」

 ローザも自信たっぷりに頷いた。

 ジョルジュはミヤを見た。

 確かに、落ち着いた装いだ。

 だが、それが自分と釣り合っているというのは、どういう意味なのだろう。

「……私と、ちょうどいい?」

 マーサとローザは、そろって頷いた。

 ジョルジュは、ますます分からなくなった。

 自分は褒められているのだろうか。それとも、何か別の意味があるのだろうか。

 隣では、ミヤが二人のやり取りを聞きながら、小さく笑っていた。


「旦那様、少々よろしいでしょうか」

 茶会を翌日に控えた夜、バルジャンが書斎を訪ねてきた。

「どうした?」

「私も同行したいのです」

 思いがけない申し出に、ジョルジュはすぐには返事ができなかった。

「旦那様は、ほかの領主方への挨拶でお忙しくなると思います。彼女が一人になれば、周囲からいろいろと尋ねられるのではないかと」

 ジョルジュは言葉を濁した。

 確かに、ミヤを連れて行けば、彼女の身元や、なぜ自分の館に滞在しているのかといったことを、あれこれ詮索されるだろう。

「旦那様と、どういうご関係なのか、と。そうした質問を受けることも考えられます」

 ジョルジュは渋い顔で頷いた、十分にあり得る話だ。

「それだけか?」

 ジョルジュが尋ねると、バルジャンは首を横に振った。

「気になることがございます」

 バルジャンの表情から、軽い雰囲気が消えた。

「妖精たちに、狼は詳しいことを話していないようです。知っていて、あえて話さないのか。確証が持てず、詳しく伝えていないのか……」

 バルジャンは、言葉を切った。

 どちらにしても、気がかりだ。

 狼が何を警戒しているのか分からない以上、茶会で何が起きるのかも予測できない。

「それで、最初はマーサに同行してもらうことも考えました。ですが、妖精たちが反対するのです」

 ジョルジュは眉をひそめた。

「女性では何かあったとき、対処できないかもしれない、と。男性の私が同行したほうがいいと」

「……何かあったとき、だと?」

 ジョルジュの声が低くなった。

 茶会で何かが起きると考えているのか。

「妖精たちは、それ以上は何も?」

「聞いても、はっきりとは答えてくれませんでした」

 バルジャンは慎重に答えた。

 狼は理由を明かさないまま、妖精たちはバルジャンを同行させたがっている。

「……分かった。お前も一緒に来てくれ」

「承知いたしました」

 バルジャンは一礼した。

 ジョルジュは、机の上の書類に目を落とした。

 茶会は、領主同士の親睦を深めるための集まりにすぎないはずだった。

 だが、狼の忠告を聞いてからは、どうにも嫌な予感が拭えない。

 何も起きなければ、それでいい。

 しかし、妖精たちがあれほど念を押す以上、何事もなく終わるとは思えなかった。  


「緊張します」

 馬車に乗って、茶会が開かれる領主の館に到着する間、ミヤは緊張した顔でジョルジュを見た。

「私はジョルジュ参加お世話になった方の……尋ねられてもそれで通しますね」

 ミヤの言葉にバルジャンが頷いた。

「旦那様が挨拶回りで離れている間は、私がついています」

 バルジャンの言葉にミヤは、ほっとしたようだ。


「あの人」

 領主の館に着いた時ミヤは驚いたように小声で囁いた。

「あそこにいる人です。以前、街で会った騎士の方じゃありませんか?」

 ミヤの視線を追い、ジョルジュは顔を上げた。

 玄関近くに、数人の招待客と話している男がいた。

 見覚えのある顔にジョルジュの表情が険しくなる。

 バルジャンも男の姿を確かめると、驚いたように目を見開いた。

「間違いありません。城の騎士団長、アルバン殿です」

 なぜ、騎士団長がこんな場所にいるのか。

 領主たちの茶会に、騎士団長が招かれること自体、あり得ない話ではない。

 だが、今は盗賊の残党が王都に潜んでいる可能性があり、狼からも旅回りの行商人に気をつけろと忠告されている。

 そんな状況で、アルバンがこの館に姿を現した。

 偶然なのだろうか。


「久しぶりだ、ジョルジュ卿。元気そうだな」

 声をかけてきたのは、知り合いの領主だ。

「ああ、ザイラード卿。あなたもお変わりないようで」

 挨拶を交わすと、相手は周囲に目を向け、小声で囁いた。

「妻を連れてきたが、少し後悔している」

「……どういうことです?」

 ジョルジュが尋ねると、ザイラード卿は、周りに聞かれないよう声を落とした。

「招待客を見てみろ。領主だけじゃない。商会の人間も大勢来ている」

 ジョルジュは、さりげなく視線を巡らせた。

「ドレスや宝石など、女たちが目の色を変えて飛びつくような品を扱う、有名な商会ばかりだ」

「なるほど……」

「主催者はずいぶん羽振りがいいらしい。王都からも人が来ている」

「王都から?」

 ジョルジュは、改めて周囲を見回した。

 確かに、見覚えのない顔がいくつもある。

 そして、玄関近くに立つ騎士の姿が目に入った。

 王都の騎士団長が、なぜこのような場所にいるのか。

「……護衛、でしょうか」

 思わず呟くと、ザイラード卿が眉を動かした。

「何か気になることでも?」

「いえ、少し確認したいことが」

 ジョルジュは答えを濁した。

 狼は、旅回りの行商人に気をつけろと忠告していた。

 その一方で、王都の騎士団長がこの茶会に姿を見せている。

 偶然なのか。それとも、何かを調べに来たのか。

 ジョルジュは、アルバンの様子を窺った。

 彼はこちらに気づいていない。

 だが、今なら話を聞くこともできる。


 自分に近づいてくる男に気づいたアルバンは驚いた。

 茶会に呼ばれていたのか。

「驚きました、城の騎士団長が」

 アルバンは頭を下げた。

「ええ、今回、王都の人間も呼ばれています」

 護衛ですかと聞こうとしたジョルジュだが、言葉を飲み込んだ。

「お一人ですか」

 尋ねられて返事に迷ったが、隠したところでバレると思った。

「いえ、彼女と」

 視線を向けるとバルジャンとミヤが数人の女性たちと談笑している。

 ジョルジュは、ほっとした、うまくやっているようだ。

「彼女は、あなたの身内の方ですか」

 アルバンの踏み込んだ質問にジョルジュはね内心ぎくりとした。

「知り合いに頼まれて世話をしているんです」

「そうですか」

 頷くアルバンにジョルジュは不安を感じずにはいられなかった。


「色々な方がいらっしゃいますね。領主だけでなく、商人の方も来ているんですね。こういう茶会では普通なんですか?」

 ミヤの質問に、バルジャンは頷いた。

「領主同士の交流だけでなく、商人とのつながりを作る場でもありますから」

 そう説明しながら、バルジャンは女性たちの会話に耳を傾けた。どうやら王都でも名の知れた商会まで来ているらしい。

 宝石に化粧品。ミヤが元いた世界でも、女性の心をくすぐる品々だ。

「何か欲しいものはありますか? 宝石でも、化粧品でも」

「い、いえ! そんな高価なものは……でも、どんな品があるのか、見てみたいです」

 慌てて首を振ったものの、ミヤの目には隠しきれない好奇心が浮かんでいた。

「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ。貴族の方々ほど派手にはいきませんが、贈り物をするくらいの甲斐性は旦那様にもありますから」

「バルジャンさん、ジョルジュさんのお財布事情を知っていて言ってます?」

「もちろんです。執事ですから」

 バルジャンは、少しも悪びれずに答えた。


 女性たちが宝石や化粧品を見せている商人たちの周りに集まっている様子をミヤは、少し離れたところから見ていた。

 そんな彼女をバルジャンは少し離れたところから見守っていたが、彼女がバルジャンさんと声をかけてきた。

「どうしました、何か欲しいものがありましたか」

「あの人」

 ミヤが宝石を台に広げ、女性たちに売り込んでいる男を見た。

「宝石商なんですよね」

 小声で囁かれ、バルジャンは男を見た。

 気になる宝石を見つけたのかと思った、だが。

「手袋をしていないのは普通なんでしょうか」

 どういう意味だ、バルジャンは驚いた。

「宝石って、固いものもあるけど傷がつきやすいものもあると聞いた事があるんです。手の汚れや油、小さな石は扱いは慎重な扱いをすると聞いた事があるんです」

 バルジャンは男を見た。

「店の人は薄くて白い手袋をはめて、宝石が綺麗に見えるよう、気をつけていると聞いた事があるんです。こちらでは違うんでしょうか」

 ミヤの話を聞きながらバルジャンは男を見た。

 有名な商会の人間なのかと思った、違うのか。

 バルジャンはミヤを連れて、宝石を並べた男のもとへ近づいた。


 布を敷いた台の上には、色とりどりの宝石が並んでいる。どれも見事な品ばかりで、商人の身なりにも不審なところはない。

 本物の商人に見える、勘繰りすぎているのかと思ってしまった。

 そのとき、ミヤが台の上の宝石に目を留めた。

「このエメラルド、素敵だと思いません? バルジャンさん」

 周囲の女性たちも、ミヤの声につられて緑色の宝石に目を向けた。

 バルジャンは頷いた。

「ええ。見事な色合いですね」

「こんなに綺麗なエメラルド、初めて見ました」

「お気に召しましたか?」

 男が愛想よくミヤに声をかけた。

「このインクルージョンは天然ですよね?」

 男の表情がわずかに固まった。

 ほんの一瞬のことだった。すぐに笑顔を取り戻した男は、エメラルドを手に取って答えた。

「石の内部にある結晶ですね。好みの問題もありますが、こうしたものを味わいと考える方もいらっしゃいます」

 もっともらしい説明だった。

 だが、バルジャンは男の顔から目を離さなかった。

 ミヤが口にした言葉に、男は驚いていた。

 インクルージョン。宝石の内部にある内包物のことだろう。

 珍しい質問だったのか。いや、問題はそこではない。

 バルジャンの胸に、疑念が膨らむ、この男は、本当に宝石商なのか。


「バルッ」

 耳元で小さな声がした。

 顔に出さないよう気をつけながら、意識だけをそちらに向けた。

 妖精たちだ。人間には自分たちの声が聞こえないと分かっているはずなのに、なぜか声を潜めている。

「男の左手首。袖で隠れてるけど、焼き印みたいなのがあるよ」

「見えたのですか?」

「うん。ちらっとだけど」

 妖精たちは、男の左手首を気にするように視線を向けた。

「おかしくない?」

「商人なのに?」

 バルジャンの表情は変わらない。

 だが、胸の内では警戒が一段と強まっていた。

 宝石の質問に対する反応、焼き印らしき痕を隠している。

 気になる点が多すぎる。

 バルジャンは男の左手首に目を向けた。袖に隠れていて、今は確認できない。

 確かめる必要がある。

 ただし、ここで不用意に動けば、男に警戒されるかもしれない。

 バルジャンは何事もなかったかのように、男とミヤの会話を見守り続けた。

 違和感が少しずつ大きくなっていく。

 旦那様に知らせた方がいいかもしれない。そう考え始めたときだった。

「バル、気をつけて」

 妖精の声が耳元で響いた。

「ミヤのこと、見てる男たちがいるよ」

 バルジャンは表情を変えず、意識だけを妖精たちに向けた。

「男たち、ですか?」

「うん。一人じゃないよ」

「ほかの女の人も見られてる」

「お金持ちそうな人ばっかり」

「変な目つきなの。獲物を探してるみたい」

 妖精たちの言葉に、バルジャンの背筋が冷えた。

 ミヤだけではない。裕福そうな女性たちが、複数の男たちに目をつけられている。

「……人さらいかも」

 最後の一言に、バルジャンは息を飲んだ

 軽々しく口にできる言葉ではない。だが、妖精たちが冗談でこんなことを言うとは思えなかった。

 宝石商を装った男。袖に隠された焼き印。そして、女性たちを物色する複数の男。

 それぞれが無関係だと考えるには、状況が悪すぎる。

 周囲に気づかれないよう慎重に視線を巡らせた。

 ミヤのそばを離れるわけにはいかない。かといって、ここで騒ぎを起こせば、相手に警戒される恐れがある。

 まずは男たちの位置と人数を確かめなければ。

 バルジャンは何事もなかったかのように立ちながら、周囲の人々を観察し始めた。

「あの男、足首に焼き印があるよ」

「こっちは左腕!」

「骨……骸骨みたいな模様だよ」

 妖精たちの声が、次々とバルジャンの耳元に届いた。

 骨や骸骨をかたどった焼き印。

 普通の商人が、そんなものを身につけているだろうか。

 バルジャンは表情を変えず、周囲を見渡した。

 華やかな服を着た男たちが何人かいる。身につけた装飾品や衣服からして、裕福な商会の人間に見えた。

 だが、妖精たちの話が本当なら、彼らはただの商人ではないのかもしれない。

「バル、あそこ」

 妖精の一人が、少し離れた場所を指さした。

「贅沢な服を着た人が、行商人みたいな男に話しかけてるよ」

「おかしくない?」

「なんか、目だけで合図してるみたい」

 バルジャンは、そちらへ視線を向けた。

 身なりのよい男が、宝石を並べた台のそばに立つ男に話しかけている。

 商売の話をしているのかもしれない。

 妖精たちは複数の男に焼き印があると言っている。

 バルジャンの中で、違和感が少しずつ形を取り始めた。

「ジョルに話そう」

 妖精が小声で言った。

「騎士もいるから」

 バルジャンは、アルバンの姿を探した。

 騎士団長がこの場にいるのは心強い。だが、相手が複数いる以上、下手に動けば何が起きるか分からない。

 まずは旦那様に知らせる。

 バルジャンはミヤのそばを離れないよう注意しながら、ジョルジュの姿を探し始めた。


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質問なのですが、ローザさんって前の方に出ていますか? 急に出てきたように思うのですが
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