18 華やかな茶会 潜む者たち
領主たちと挨拶を交わしていたジョルジュは、近づいてきたバルジャンを見て、何かあったと察した。
バルジャンの周りには、いつものように妖精たちがいた。だが、普段なら騒がしいほどに話しかけてくる彼らが、今日は口数も少なく、しきりに周囲を気にしている。
それだけで、ジョルジュの警戒心は強まった。
「少し、お時間をいただけますか」
バルジャンは周囲に聞こえないよう、声を落とした。
ジョルジュも、近くにいる領主たちに気づかれないよう、何気ない顔で応じる。
「……何があった?」
「怪しい男たちがいます。一人ではありません。複数です」
ジョルジュは返事をしかけて、口を閉じた。
思わず周囲を見回しそうになったが、そこで動けば、バルジャンの話を気にしていると悟られるかもしれない。
彼は手にしたグラスに目を落とし、何事もないように尋ねた。
「最初に気づいたのはミヤです。宝石を売っている男が、手袋をしていないことに違和感を覚えたそうです」
「手袋、それだけでか?」
ジョルジュが聞き返した。
意味が分からなかった。
「ミヤが石について質問したとき……」
バルジャンはそこで言葉を切り、周囲に視線を走らせた。
「妖精たちが、男の腕や足に焼き印があると、骨や骸骨のような模様だというんです」
ジョルジュの表情が変わった。
「あと、身なりのよい商人風の男たちも仲間である可能性があると」
ジョルジュのグラスを持つ手に力が入った。
盗賊の残党が王都に潜んでいる可能性は、以前から考えていた。だが、彼らがこの茶会にまで入り込んでいるとしたら、話は別だ。
「アルバン殿に話してくる。お前はミヤを連れて……」
帰るように言いかけたジョルジュの耳に、小さな声が届いた。
「だめ!」
妖精の声だ。
「家までついてきたらどうするの?」
「男たち、綺麗なドレスを着た女の人ばかり、ちらちら見てるんだ」
続けて、バルジャンが声を潜めた。
「帰りを狙って誘拐する恐れもあります」
茶会の最中に何も起きなかったとしても、帰り道で襲われる可能性がある。
「騎士団長に話をする。ミヤも一緒に来てくれ。私たちから離れるな」
「承知しました」
バルジャンは頷いた。
その間も、妖精たちは落ち着かない様子で周囲を見回している。
ジョルジュはアルバンを探した。
招待客と話していたアルバンを見つけ、声をかける。
「少しよろしいでしょうか」
先ほど挨拶を交わしたばかりだ。それなのに、ジョルジュは執事と女性を伴っている。何かあったのかと、アルバンが不思議に思うのも無理はなかった。
ジョルジュは周囲に目を配り、声を落とした。
「この茶会に、怪しい連中が紛れ込んでいる可能性があります」
アルバンの表情が変わった。
「怪しい連中、ですか?」
「最初に気づいたのは彼女です。宝石を売っている商人に、妙な点があると」
ジョルジュはミヤに視線を向けた。
「私の執事も違和感を感じたようです。商人の受け答えに不自然なところがあると。それと、複数の男たちにも気になる点が見つかったそうです」
アルバンは黙って話を聞いていたが、その目つきはすでに変わっていた。
「……彼女と、あなたの執事殿が見つけたのですね?」
「私たちだけでは判断できません。ですが、見過ごすべきではないと思い、あなたに知らせに来ました」
ジョルジュは、それ以上、余計なことを口にしなかった。
妖精たちが見つけた情報だとは言えない。だが、彼らの警告を無視するつもりもなかった。
アルバンは周囲を見渡しかけ、すぐに動きを止めた。
「ここで騒ぎを起こすわけにはいきません。こちらで、確認します」
その声からは、先ほどまでの社交的な雰囲気が消えていた。
アルバンは即座に動いた。
ジョルジュから怪しい男たちがいると聞き、まずは茶会の主催者に事情を確認することにした。
招待客の中には領主たちだけでなく、王都でも名の知れた商会の関係者もいる。アルバンは主催者に、今回の招待客と商会の関係者について、どこまで身元を把握しているのか尋ねた。
「商会の方々は、どのような経緯で招かれたのでしょうか」
「以前から取引のある商会に声をかけたのです。先方からも、取引先の商人を紹介したいと申し出がありまして」
主催者は、特に問題があるとは思っていない様子で答えた。
「取引先の商人、というと?」
「旅回りの商人です。各地を巡って品を仕入れ、売買しているそうです。商会の方から紹介されたので、今回の茶会にも招くことにしました」
アルバンは表情を変えずに尋ねた。
「その者たちの身元は、どのように確認されましたか?」
主催者は意外そうに目を瞬かせた。
「紹介してくださったのは、長年取引のある相手です。まさか、問題のある人物を紹介するとは思いませんでしたので……」
言葉が途切れた。
アルバンの表情を見て、主催者もようやく質問の意図を察したらしい。
「つまり、こちらでは個々の商人の身元までは確認していない、と?」
「……問題はないものと考えておりました」
アルバンは小さく息を吐いた。
主催者の判断にも、理解できる部分はある。信頼関係のある大手商会が紹介した商人なら、通常は疑う理由もないだろう。
細かな身元調査を行うのも容易ではない。
だが、商会そのものが信用できることと、紹介された人間一人ひとりの身元が確かであることは別の話だ。
紹介者が意図せず騙されている可能性もある。
誰かが商会の信用を利用して、素性の知れない人間を茶会に紛れ込ませたとしたらどうだ。
いくつもの可能性が浮かんでは消えた。
盗賊が商人を装っているのか。
犯罪者が、商会の紹介という信用を利用して入り込んだのか。
それとも、商会自体が何らかの事情を抱えているのか。
確証はない。
しかし、ジョルジュの話にあった不審な男たちの存在を考えれば、放置するわけにはいかなかった。
今回の茶会は、王都で開かれたものではない。
だから、犯罪者が紛れ込むとは考えていなかったのだろう。
だが、招待客には王都の有力貴族もいる。
彼らの身に何かあれば、主催者の責任だけでは済まない。王都の治安にも関わる問題になる。
そもそも、アルバンがこの茶会に足を運んだのは、宰相のクレイドルから開催の話を聞いたからだった。
当初は、領主たちと王都の人間が交流する場の一つだと考え、特に深くは気に留めていなかった。
だが、王都の貴族が参加すると知り、万が一に備えて様子を見に来たのだ。
「紹介した商会の方には、旅回りの商人たちの身元を確認した記録がありますか?」
アルバンが尋ねると、主催者は困惑した顔で首を振った。
「そこまでは……。先方に確認しなければ分かりません」
「では、確認が取れるまでは、その商人たちを自由に動かさないでください。騒ぎにする必要はありませんが、所在を把握しておくように」
「何か問題があったのですか?」
「まだ、そうと決まったわけではありません」
アルバンは言葉を選んだ。
「確認しておくべきことが見つかりました」
主催者の顔から、ようやく笑みが消えた。
アルバンは、招待客に紛れて警護にあたっている部下たちへ、目立たないよう合図を送った。
今回、彼が連れてきた兵士たちは、鎧姿ばかりではない。一般の招待客に見える服装で、会場のあちこちに配置してある。
提案したのは、宰相のクレイドルだった。
――警護する側が一目で分かるようでは、相手にも警戒されますよ。
あのときの言葉を思い出し、アルバンは今さらながら、言われたとおりにしておいてよかったと感じた。
ほどなくして、部下の一人が人目を避けるように近づいてきた。
「隊長、行商人たちですが、鎧姿の兵士が近づくと、会話をやめたり、様子をうかがったりしています」
問題がない商人なら、兵士の姿を見ただけでそこまで警戒する必要はない。
アルバンの表情が険しくなる。
「それと、彼らが売っている宝石についても、気になる点が」
「どういうことだ?」
「盗品ではないかと」
アルバンは思わず部下を見た。
「確証はありません。ただ、他国で起きた宝石の盗難事件が、ここ最近、噂になっています。今回の品と同じものかどうか、現在確認を進めています」
アルバンは口を閉ざした。
身元の分からない行商人。兵士への警戒。盗品の疑いがある宝石。
偶然が重なっただけとは考えにくい。
そこへ、別の部下が足早に近づいてきた。
「隊長、招待客の中には、子供を連れてきている貴族もいます。もし連中がこちらの動きを察して、人質に取ろうとしたら……」
部下はそこで言葉を切った。
アルバンも、その先を理解していた。
ここには有力貴族の家族もいる。犯人たちが追い詰められたと感じれば、何をするか分からない。
騒ぎを起こせば、招待客が混乱し、かえって危険が増す可能性もある。
「分かった。全員、引き続き一般客を装え。鎧姿の兵を不用意に近づけるな」
アルバンは声を潜め、部下たちに指示した。
「行商人たちの人数と位置を確認しろ。誰が誰と接触しているのかもだ。だが、こちらの動きを悟られるな。子供を含め、招待客の安全を最優先にする」
「承知しました」
「それから、盗品の疑いがある宝石についても、出所を確認しろ。証拠がないうちに商人たちを一斉に取り押さえるな」
部下たちが頷く。
「相手が動く前に、こちらが動く。ただし、焦って隙を作るな。状況が変わったら、すぐに知らせろ」
部下たちは人混みに紛れ、目立たないように散っていった。
アルバンは招待客たちの談笑を見渡した。
華やかな衣装。楽しげな笑い声。宝石を見比べる女性たち。
一見すれば、何の変哲もない茶会だ。
だが、その裏では、誰が敵で誰が味方なのかも分からない
アルバンは警戒を緩めず、次の報告を待った。
盗賊たちに、こちらの動きを悟られるわけにはいかない。
同時に、招待客たちの安全も確保しなければならなかった。
王都であれば、異変を察知した時点ですぐに応援の兵を呼べる。
だが、ここは王都から離れた領主の館だ。今から連絡を取ったところで、兵が到着するまでには時間がかかる。
今いる人数だけで、複数の盗賊を取り押さえられるのか。
もし、相手がこちらの動きに気づき、招待客を人質に取ろうとしたら。
アルバンは、談笑を続ける人々に目を向けた。
誰も、自分たちのすぐ近くに危険が迫っているとは思っていない。
そのとき、部下の一人が人混みを縫うように近づいてきた。
「隊長」
男は周囲に聞こえないよう、アルバンの耳元で囁いた。
「クレイドル殿から、連絡が入りました」
「何だと?」
思わず声を上げそうになり、アルバンは口を閉じた。
クレイドルは王都にいるはずだ。まさか、本人がここへ来たのか。
「御本人ではありません。援軍の兵が来ています。一般客に紛れるよう、変装しているそうです」
アルバンは一瞬、言葉を失った。
援軍だと?
いつの間に手配したのか。そもそも、クレイドルはここで何かが起きると予想していたのだろうか。
「何人いる?」
「複数です。すでに館の周囲にも配置についている者がいるとのことです」
アルバンは、もう一度、招待客たちを見渡した。
華やかな衣装に身を包んだ人々。その中に、いつの間にか味方の兵が紛れ込んでいる。
これなら、先ほどよりも動ける。
だが、まだ安心はできない。盗賊たちが何人いるのかも、何を企んでいるのかも分かっていないのだ。
「援軍には、こちらの指示があるまで動かないよう伝えろ。招待客を刺激せず、盗賊たちの位置を確認させるんだ」
「承知しました」
「それから、館の出入り口を確認しろ。逃げ道を塞ぐのはいいが、招待客が巻き込まれないようにしろ」
部下は頷き、再び人混みへと消えていった。
アルバンは静かに息を吐いた。
クレイドルの手配には助けられた。だが、あの宰相が何も考えずに兵を送ったとは思えない。
なぜ、ここまで先回りできたのか。
その疑問は残ったままだった。
そのとき、会場の向こうで、一人の男が不自然に周囲を見回した。
アルバンの視線が止まる。
男は、近くにいた仲間らしき人物と目を合わせた。
次の瞬間、二人は別々の方向へ歩き始めた。
気づかれたのか。
アルバンは表情を変えず、部下のいる方向へわずかに視線を送った。




