19 宰相の訪問に驚く領主たち
街は騎士団の活躍でもちきりだ、無理もない。
王都から離れた領主の茶会に紛れ込んでいた盗賊の一味が捕まったのだ。
少し前に街を騒がせていた盗賊団だけでない、他国から流れてきた流れ者の犯罪者もいた。
それを城の騎士団が捕らえたのだ。
「アルバン凄いじゃないか」
「街は騎士団の噂で持ち切りだ」
少し前まで、捕まえた盗賊たちを神殿に預けるかどうかハッキリしないことで城や貴族の評判は良くなかった。
金持ちは自分たちの身の安全、生活のことしか考えていないと噂が広まっていた。
だが、騎士団のは違う。
街を出ると鎧姿の男たちは尊敬の目で見られる。
部下たちの士気が自然と上がったとしても、無理はなかった。
少し前まで、捕らえた盗賊たちを神殿に預けるかどうかさえ、城ではっきりと決められずにいた。そのせいで、城や貴族たちへの評判は散々だった。
「結局、金持ちは自分たちの身の安全と暮らししか考えていないんだろう」
そんな噂まで広がっていたのだから、たまったものではない。
もっとも、騎士団にとっては、犯罪者を捕らえ、街の安全を守るのが仕事だ。特別なことをしたつもりはない。
だが、当たり前の仕事を当たり前にこなしただけで、これほど感謝されるのなら、これまで街の人々はどれほど不満をため込んでいたのだろう。
騎士団の評判は上がり、反対に王都の貴族たちの評判は下がった。
「おめでとう、アルバン」
宰相のサイラスも、満足そうに声をかけた。
「ありがとうございます。ただ、援軍を送っていただけなければ、あそこまでうまく事を運べたかどうか……」
アルバンは謙遜しながら、率直に答えた。
「今回、盗賊団だけではない、流れ者の犯罪者も混ざっていた。だから牢屋で尋問は行わず即座に来たの鉱山送りだ」
クレイドルの言葉にアルバンは驚いた。
「取り調べもなしですか」
「行商人が売っていた宝石は盗品だ。それも他国で盗まれたものだ。メイドや奉公人が殺されているんだ」
アルバンの表情が変わった。
盗品を売りさばいていただけではない、殺された人間までいる。
「ところで、どうして不審な連中に気づけたんだ?」
アルバンは少し考えてから答えた。
「ジョルジュ卿が来ていたんです。彼が不審な商人に気づき、私に知らせてくれました」
クレイドルの眉がわずかに上がった。
「あの領主も招待されていたのか。知らなかったな」
意外そうな声だった。
「ええ。彼の執事も一緒でした。最初に違和感を覚えたのは――」
そこまで話して、アルバンは言葉を切った。
「……彼の連れの女性だったそうです」
「女性?」
クレイドルの表情が変わった。
先ほどまで事件の経緯を聞いていたときとは、明らかに反応が違う。
「どういうことだ?」
「宝石商の様子に違和感を覚えたそうです。そこから執事が調べ、不審な点がいくつも見つかったと聞いています」
「ジョルジュ卿の連れの女性が、宝石商の不審な点に気づいた……?」
クレイドルは、確かめるように言葉を繰り返した。
ジョルジュが女性を連れて茶会に出席していたことも気になるが、それ以上に、その女性が商人の不審な点を見抜いたという話が引っかかった。
いったい、どんな女性なのだろう。
「その女性は、ジョルジュ卿の身内なのか?」
「そこまでは、知人に頼まれて預かっている女性だと説明していました」
「預かっている?」
クレイドルは、ほんのわずかに目を細めた。単なる客人なのか。それとも、彼にとって特別な存在なのか。
「……なるほど。興味深い話だ」
クレイドルは微笑んだ。
いつもと変わらない、穏やかな笑みだった。
ただ、アルバンはなぜか、その笑顔を見て、余計なことまで話してしまったのではないかと思った。
「その女性は、なぜ気づいたんだ?」
クレイドルは、考え込むように尋ねた。
あのときは、詳しく話を聞く余裕がなかった。だが、宝石商の不審な点に最初に気づいたのが、その女性だったという。
「執事殿も違和感を覚えたと言っていたな。女性の話を聞いて、調べたのだろうか」
「そうだと思います。私も、詳しい経緯までは聞いていません」
アルバンが答えると、クレイドルは少し考えたあと、何気ない調子で言った。
「一度、その女性から話を聞いてみるか」
アルバンは驚いた。
「なぜです?」
クレイドルが事件の情報を集めるのは不思議ではない。だが、わざわざ一人の女性に話を聞きたいと言い出すとは思わなかった。
「今回の事件は、騎士団が不審な商人を見つけ、捕らえたことになっている。ジョルジュ卿の名前は出していないだろう?」
アルバンは頷いた。
「それでいい。捕まったことで、こちらを恨んでいる可能性がある。もし、あの茶会で不審な点に気づかれなければ、連中は今も自由に動けていたかもしれないからな」
クレイドルの声から、先ほどまでの好奇心が消えた。
「ジョルジュ卿や女性が関わった、名前が出れば、報復の標的にされる恐れがある」
アルバンは、はっとした。
自分たちが事件を解決したと知られることばかり気にしていた。だが、盗賊たちにとっては、自分たちの計画を見破った者こそ、恨みを向ける相手になる。
「女性の名前も、出していないだろうな?」
「もちろんです。ジョルジュ卿の連れの女性についても、こちらから話すつもりはありません」
アルバンは、改めて気を引き締めた。
ジョルジュの名前も、ミヤの存在も、できる限り伏せておかなければならない。
事件の解決に協力した者を、次の事件の標的にするわけにはいかなかった。
その日、バルジャンから城からですと封書を見せられたジョルジュは驚いた。
「呼び出しではないと思うのですが」
中を開いたジョルジュが何故という不可解な表情になった。
「こちらへ来るそうだ。宰相のクレイドルが」
バルジャンは驚いた。
「何故です、まさか」
「話を聞きたいそうだ。執事だけではない、女性も一緒にと書いてある」
「盗賊騒ぎの事についてですか。断るのは無理でしょうね」
「そうだな」
ジョルジュは仕方ないだろうという顔だ、だが。
「騎士の方ならわかります。何故、宰相なのです」
バルジャンの言葉にジョルジュは答えられない。
「盗賊騒ぎの件だろう。こちらが不審な商人に気づき、騎士団に知らせた。その経緯を確認したいのだと思う」
「そうでしょうね。断るのは難しいでしょう」
「そうだな」
ジョルジュも、仕方がないという顔で頷いた。
宰相からの申し出を断る理由はない。事件の調査に必要だと言われれば、協力するしかないだろう。
……それにしても。
「騎士団長なら分かる。事件を調べているのだからな」
ジョルジュは手紙に目を落とした。
「だが、何故、宰相までわざわざ来るんだ?」
「そこです、旦那様」
バルジャンは真顔で頷いた。
「騎士団長なら、事件の話を聞きに来るのも自然です。しかし、宰相閣下が執事だけでなく、ミヤ様にも話を聞きたいとおっしゃるのは……」
「何か不審な点があるのかもしれない」
「あるいは、別の理由があるのかもしれません」
ジョルジュは顔を上げた。
バルジャンと目が合う。
二人とも、しばらく黙り込んだ。
盗賊の残党が何か企んでいるのか。城で新たな問題が起きたのか。それとも、ミヤについて何か知られてしまったのか。
考えられることはいくつもある。
だが、どれも確証はなかった。
「……とにかく、来るものは仕方がない。失礼のないように迎えよう」
「承知しました」
バルジャンは一礼した。
それから、何か思いついたように顔を上げる。
「旦那様」
「何だ?」
「ミヤ様に、宰相閣下がいらっしゃるとお伝えしておきましょうか」
「そうだな。事件について話を聞かれるのだから、心の準備も必要だろう」
「かしこまりました」
バルジャンは素直に答えた。
だが、部屋を出る直前、ぽつりと付け加えた。
「それにしても、宰相閣下が女性に興味を持たれるとは」
「……バルジャン」
「はい、旦那様」
「余計なことを考えるな」
「何も考えておりません」
即答だ、ジョルジュは、これ以上何を言っても無駄だと悟り、深いため息をついた。
宰相の訪問が、盗賊騒ぎの後始末だけで済むことを願うばかりだった。
ミヤはジョルジュから話を聞き、目を丸くした。
「偉い人ですよね。国王の相談役で、国の政治を取り仕切る人でしょう?」
「そうだな」
「……どうして、面識もない私に会いに来るんでしょうか」
ミヤは困惑した顔で首を傾げた。
森で行き倒れていたところを助けてもらい、今は領主の館で世話になっている。そんな自分が、国の重要人物と会うことになるとは思ってもいなかった。
無理もない、とジョルジュは思った。
「茶会でのことを聞きたいのだろう。君が宝石商の不審な点に気づいたからな」
「でも、私が気づいたのは、ちょっとした違和感だけですよ?」
「その違和感が、事件を解決する手がかりになったんだ」
ジョルジュはそう言ってから、安心させるように続けた。
「君のことは、知人に頼まれて預かっていると説明する。余計なことを聞かれても、こちらから話す必要はない」
ミヤは、ほっとしたように息を吐いた。
宰相と聞いて身構えていたが、ジョルジュがそう言ってくれるなら、少しは安心できる。
ところが、別の意味で落ち着かなくなった者たちがいた。
「旦那様!」
マーサが、いつになく真剣な顔で声を上げた。
「お茶だけではありません。お出しするお菓子も、特別なものを用意したほうがよろしいですよね?」
隣にいたローザも、勢いよく頷いた。
「私もそう思います。クレイドル様は、貴族の夜会にも招かれる方だと聞いたことがあります。お食事だけでなく、お茶の時間も、きっと格式があるのでしょうね」
「いや、そこまで気にしなくても……」
ジョルジュが口を挟もうとしたが、二人の耳には届いていないらしい。
「普段のお茶と同じというわけにはいきませんよね」
「お菓子も、いつもお出ししているものでは失礼かもしれません」
マーサとローザは、すでに頭の中で準備を始めているようだった。
ジョルジュは助けを求めるようにバルジャンを見た。
だが、執事も困った顔で首を振るだけだった。
宰相が来るというだけで、館の中がここまで騒がしくなるとは。
「マーサさん、それならハーブティーを出してみてはどうでしょうか?」
話を聞いていたミヤが、ふと思いついたように口を開いた。
「ハーブティーですか?」
マーサが振り返る。
「紅茶の葉に、香りのいいハーブを混ぜるんです。森に生えているものでも、使える種類があると思います」
「紅茶にハーブを……」
マーサは考え込んだ。
「それから、お菓子にはハーブクッキー。それに、森の果物を使ったタルトなんてどうでしょう?」
「森の果物を使ったタルトですか?」
ローザが目を丸くした。
ハーブティーに、ハーブクッキー、森の果実のタルト。どれも、この館ではあまり聞かない組み合わせだった。
マーサも驚いていたが、やがて何かに気づいたように顔を上げた。
「……なるほど。そういう考え方もあるのですね」
「え?」
ローザが不思議そうにマーサを見る。
「クレイドル様は、貴族の夜会にも招かれるお方でしょう? そうした場で、珍しい菓子や高級な菓子を召し上がる機会も多いはずです」
マーサはゆっくりと言葉を続けた。
「店で売っているような高級菓子は、すっかり食べ慣れていらっしゃるかもしれません」
「確かに……」
ローザははっとした。
宰相を迎えるのだから、できるだけ高級なものを用意しなければ。二人とも、そう考えていたのだ。
けれど、いつも高級なものを口にしている人なら、珍しくもない菓子を並べられても、さほど心に残らないかもしれない。
「森のハーブや果物を使ったお菓子なら、普段とは違う楽しみ方をしていただけるかもしれませんね」
マーサの表情が、少しずつ明るくなった。
「ミヤ様、ハーブの種類や使い方を、もう少し詳しく教えていただけますか?」
「もちろんです。ただ、食べられる種類かどうかは、ちゃんと確認しないといけませんね」
ミヤがそう付け加えると、マーサは真剣に頷いた。
「ええ、それは大切です。香りがよくても、何でもお菓子に使えるわけではありませんから」
「では、まずは森で使えそうなハーブを探すところからですね!」
ローザもすっかり乗り気になっていた。
つい先ほどまで、宰相を迎える準備に頭を悩ませていた二人である。
今では、どんなお菓子を作ろうかと考えるほうに夢中になっていた。
その様子を見ていたジョルジュは、何とも言えない顔でバルジャンに目を向けた。
「……宰相を迎える準備は、進んでいるのだろうか」
「少なくとも、厨房の士気は上がったようですな」
バルジャンは真顔で答えた。
ジョルジュは、これ以上口を挟まないことにした。




