8 妖精たちの秘密と、盗賊への罰 改
「旦那様、よろしいですか」
朝食の後、バルジャンから温室に着いてきて欲しいと言われてジョルジュは不思議そうな顔をした。
温室の中に入ると、バルジャンは地面を指さした。
「なんだ、これは」
「実は妖精が、今朝、私の部屋に来たんです」
芋ですとバルジャンは説明した。
「丸い芋はジャガイモなんですが。領民に配って畑に植えたらいいと言われました」
赤い皮の芋など見たことがない、ジョルジュは驚いた。
バルジャンはこちらは山芋ですと、細長い芋を手に取った。
「ジャガイモは領民に。山芋は秘密にと言われました」
何故だ、ジョルジュは不思議に思った。
「彼女は、この芋が好きだと、栄養がある、病気や体が弱ったときに食べるといいそうです」
ジョルジュは驚いた。
「領民、他の人間は食べたことがないのではと言われました」
どういうことだ。意味が分からない。
「見つけるのが難しいらしいんです。地面の深いところで育つので簡単ではない。それと」
バルジャンは顔をしかめた。
「ボア、ベアの好物らしいんです」
ジョルジュは、細長い芋に目を落とした。
ミヤの好物だから、わざわざ届けてくれたのだろうか。
「ボアやベア以外にも凶暴な獣が好むようです。人間が偶然、見つけて掘り起こそうとすると獲物を奪われると思うのか、襲いかかってくることもあるとか」
ジョルジュは、手の中の芋を見つめた。
金を出せば手に入るというものではないのだとわかった。
彼女は森で倒れていたところを発見された。彼女がどこから来たのか、いまだにわからないことは多い。
妖精たちは、それほど彼女のことを気にかけているのだろうか。
「……この芋のことは、誰にも話さないほうがよさそうだな」
「私もそう思います。珍しい食べ物だと知られれば、欲しがる者が出てくるでしょう。ですが、採りに行った者が獣に襲われるようなことになれば、取り返しがつきません」
バルジャンの言葉に、ジョルジュは重々しく頷いた。
領民の暮らしを豊かにするために、広められるものならと思った。
だが、この芋だけは別だ。
その日の夕方、バルジャンは二通の封筒を持って書斎に入ってきた。
「どうなさいました、旦那様?」
ジョルジュは、バルジャンの難しい顔を見、差し出された封筒に目を落とすと、その表情が変わった。
「どこからだ」
「一通は貴族の茶会です。もう一通は城からです」
ジョルジュの顔色が変わった。
「茶会なんて数年ぶりじゃないか。しかし、城からというのは……」
「盗賊たちのことではないでしょうか。捕らえられた者が、全員鉱山送りになったわけではありません。その理由を説明するつもりなのでは?」
「あり得るな」
ジョルジュは頷き、まず茶会の招待状を脇に置いた。それから、城の封筒を手に取り、封蝋を割った。
中には、格式ばった挨拶も、会合の趣旨を説明する長い文章もなかった。
「休暇は出せない」
その日、宰相のクレイドルから呼び出しを受けたアルバンは苦い顔をした。
「近いうちに城に国内の領主、貴族、商家の人間が集まる、警護だ」
説明する表情にないつもの皮肉めいた笑いはない。
「鉱山送りになった盗賊、それ以外の者たちの説明だ」
「病気になった奴らのか」
アルバンの言葉に宰相は頷いた。
「治療は無理だと言われた」
「どういうことだ」
「薬を塗る、投与、飲んでも症状は改善しない。治療する意味がないと言われた」
嘘だろうと言いたい、だが、アルバンの口から言葉場出てこない。
「神殿、教会の人間にも招集がかかった」
アルバンは思わず聞き返した。
医師たちの手に負えないからといって、神殿まで呼ぶ必要があるのか。
いや、必要があるからこそ、王が命令を出したのだろう。
治療だけの問題ではないのかもしれない。
「医師では原因すらわからない。彼らの知識に頼るしかないと考えたのだろう」
クレイドルは椅子の背にもたれた。
「正直、解決するかどうか」
盗賊たちの病気。効かない薬。そして、教会への招集。
どれも、ただの盗賊事件の後始末とは思えなかった。
だが、その一方で、アルバンの頭には別のことが浮かんでいた。
国内の領主が全員、城に集められる。
それなら、辺境まで足を運ばずとも、王都で確かめる機会が巡ってきたのである。
渡りに船とは、まさにこのことだ。
いや、喜んでいる場合ではないか。
アルバンは、教会まで呼ばれるほどの事態になっていることを思い出し、表情を引き締めた。
二人のことを確かめる機会を逃すつもりはなかった。
その日の夕方、バルジャンは二通の封筒を持って書斎に入ってきた。
「一通は貴族の茶会。もう一通は城からです」
ジョルジュの顔色が変わった。
「茶会なんて数年ぶりじゃないか。しかし、城からというのは……」
「盗賊たちのことではないでしょうか。捕らえられた者が、全員鉱山送りになったわけではありません。その理由を説明するつもりなのでは?」
「あり得るな」
ジョルジュは頷き、まず茶会の招待状を脇に置いた。それから、城の封筒を手に取り、封蝋を割った。
国内各領主へ。
先般、王都にて発生した盗賊事件について通達する。
各領主は本状を受け取り次第、速やかに登城せよ。
本件は国家の治安に関わる重大事案である。
詳細は登城のうえ、王より直接伝えるものとする。
「気をつけてくださいね」
その日の夕方、ジョルジュは馬車で館を出ることになった。
突然の出発に、メイドたちだけでなく、館で働く者たちも驚いていた。もちろん、美也も例外ではない。
マーサから、城からの招集など滅多にないことだと聞かされ、美也は不安そうにジョルジュを見つめた。
「そんなに大変なことなんですか?」
「王からの命令だ。行かないわけにはいかない」
ジョルジュの表情は晴れない。
ジョルジュの肩には、小さな妖精がちょこんと座っていた。窓枠にも、向かいの座席にも、別の妖精たちがいる。
いつの間に乗り込んだのか、まったく気づかなかった。
馬車が走り出してしばらくすると、ジョルジュは肩の妖精に声をかけた。
「お前たち、なぜ私についてくるんだ?」
妖精は不思議そうに首を傾げた。
「ミヤが心配してるもん」
「ジョルは、お間抜けなところがあるから」
「……誰がお間抜けだ」
ジョルジュは眉をひそめた。
初対面のときから思っていたが、この妖精たちは遠慮というものを知らないらしい。
だが、別の妖精が真顔で口を開いた。
「盗賊たちは、死なないよ」
ジョルジュは顔を上げた。
「どういう意味だ?」
「罰だよ」
「死ぬまであのまま」
あまりにも軽い口調だ。
「……それは、お前たちが盗賊に何かしたということか?」
妖精たちは顔を見合わせた。
「あたしたち、そんなことできないよ」
「そうだよ」
「ウルたちは怒ってたからね」
ウル?
「もしかして、狼たちのことか?」
「そうだよ。悪い奴らには容赦しないの」
別の妖精が、当然のことのように頷いた。
「子供を殺したんだから、報いだよ」
意味がわからなかった。
盗賊たちが子供を殺したということか
狼の子供が殺されたのか、意味が分からない。
「……治らないのか?」
ジョルジュは念を押した。
妖精たちは、今度は笑わなかった。
「死なないよ」
まるで、それだけは間違いないと断言するようだった。
「吹き出物や斑点、肌の色も変わるから、すぐにわかるよ」
「悪いことをした証拠なの。誰が見てもわかっちゃう」
「もう悪いことはできないね!」
最後の妖精が声を弾ませると、ほかの妖精たちも笑いだした。
まるで悪戯が成功した子どものようだった。
「……狼たちは、病気を治す方法を知っているのか?」
「ウルたちに聞けば?」
まるで、会いたければ会いに行けばいいと言わんばかりだった。
ジョルジュは深く息を吐いた。
命を奪う病ではないのかもしれない。だが、それは決して軽い問題ではない。
悪事への罰だと妖精たちは言う。しかし、病気の原因も治療法もわからないままでは、人間の側はどうすることもできない。
「……神殿や教会の人間も来るんでしょ?」
不意に、一人の妖精が嫌そうな顔をした。
「やだなー」
「どうしてだ?」
ジョルジュが尋ねると、妖精たちは顔を見合わせた。
「頼み事をするんだよ」
妖精たちは口々に不満を漏らした。
「色々なことをね、頼んでくるの」
「なんで、自分たちでやらないの?」
最後の妖精は、心底不思議そうに首を傾げた。
ジョルジュは返事に困った。
妖精は人間の目に見えないことも多く、存在そのものを信じない者もいる。
「……教会の人間に、何かされたことがあるのか?」
ジョルジュが尋ねると、妖精たちはぴたりと口を閉ざした。
先ほどまで好き勝手に話していたのが嘘のようだった。
「別にー」
一人がそっぽを向く。
「何もないよ」
別の妖精も窓の外へ目を向けた。
「私やバルジャンには君たちの姿が見える。だが、マーサやほかの使用人たちには見えないのは、なぜなんだ?」
ジョルジュが尋ねると、妖精たちは顔を見合わせた。
「だって、見せてないもん」
「……見せていない?」
「そうだよ。見えなくていい人には、見えなくていいの」
「信用できる人間だから、いいでしょ」
一人の妖精が、さも当然というように答えた。
ジョルジュは眉をひそめた。
信用できる人間。
では、自分やバルジャンは信用されているということなのか。
「どうやって判断しているんだ?」
妖精たちは不思議そうに顔を見合わせた。
「見ればわかるよ」
「なんとなくわかるもん」
妖精たちは、思い出したように口々に話し始めた。
「面倒だよね」
「自慢したいって貴族もいるよね」
「自分だけのものにしたいとか、ペット?」
「おかしいよね。あたしたち、誰かのものじゃないのに」
その言葉に、ジョルジュは口を閉ざした。
珍しいものを見つければ、手に入れたいと思う者はいるだろう。貴族なら、妖精を従えていることを権威の証として利用するかもしれない。金持ちや商人なら、珍しいものとして売買することを考える者もいるはずだ。
妖精たちは、それを知っている。
いや、実際にそうした人間を見てきたのかもしれない。
「……だから、私たちには姿を見せているということか?」
ジョルジュが尋ねても、妖精たちはすぐには答えなかった。
一人がジョルジュの肩に座り直し、別の一人はバルジャンのほうを眺めている。
「ジョルは、捕まえようとしないでしょ?」
「バルジャンもね」
それだけ言うと、妖精たちは、また別の話を始めた。




