2 彼女には見えないもの【妖精?】 改
その日、執事から報告を受けたジョルジュは小さく溜息を漏らした。
「そうか、捜索の依頼は出ていないか」
バルジャンは頷いた。
ギルドまでは丸一日かかる。ご苦労だったと、ジョルジュはねぎらいの言葉をかけた。
バルジャンは一礼すると、言葉を続けた。
「実は教会や役所にも尋ねてみようと思ったのですが」
やめましたという言葉に、ジョルジュは不思議そうな顔だ。
「実は他国で最近になって聖女召喚の儀式が行われたらしく、騒ぎになっていると」
「聖女召喚?あれは禁止になったのではないか」
バルジャンは首を振った。
「雨が降らない、作物が育たないということで儀式を行った国があるのではとギルドで噂になっていうるようなのです」
ジョルジュは呆れ顔だ。
他国では聖女、神殿の祈りはあるのかもしれない。
だが、病気や天災がなんとかなるなど、この国の人間は思ってはいない。
「もしかしたら、国王に支援を頼んでくるかもしれません。食料、人材、病人がいれば医者を派遣してほしいと」
あり得るなとジョルジュは頷いた。
「すると思うか、国王が」
バルジャンは少し考えた。
「……難しいでしょう」
「やはりそうか」
「我が国も、余裕があるとはいえません」
ジョルジュは窓の外を見る。
この領地だけではない。近年は王都でも食料価格が上がっていると聞く。
「他国を助けるほど、豊かな国ではないからな」
バルジャンは頷いた。
「それでも、向こうが困窮すれば国境に人が流れてくる」
「難民、ですか」
「そうだ。そうなれば、結局こちらも無関係ではいられない」
ジョルジュは小さく息を吐いた。
「……厄介なことになりそうだな」
ジョルジュの言葉に頷きながら、追い出した方が良くないですかと小声でバルジャンは呟いた。
だが、すみませんと頭を下げる。
「出過ぎたことを申しました」
「構わない。ただ」
ジョルジュは立ち上がり窓の外を見た。
「何か?」
近づき窓の外を見たバルジャンは驚いた。
庭師と彼女の姿が見えた。
「畑の手伝いをしている」
バルジャンは驚いた。
「ミヤ、彼女の名前だ。だが、それ以外のことは話そうとはしない。覚えていないというんだ」
嘘では、そう言いかけて、バルジャンは無言になった。
「警戒しているんでしょうか?」
分からないとジョルジュは首を振った。
「助けてもらったから庭師の手伝いをしている」
「見張りでもつけますか」
「こんな田舎でか」
ジョルジュは苦笑した。
「それに、今の彼女は何もしていない」
「ですが、素性が分かりません」
「だからといって、罪人のように扱う必要もないだろう」
ジョルジュは再び窓の外を見る。
ミヤは庭師の隣で、土に手を入れていた。
「……変わった女性ですね」
バルジャンが呟く。
「そうだな」
ジョルジュも小さく頷いた。
「だが、悪い人間には見えない」
「旦那様は、人を信じるのが……」
「お前は疑うのが早すぎる」
二人は顔を見合わせた。
どちらも譲らなかった。
夕食のあと、部屋に戻ろうとしたジョルジュは呼び止められた。
振り返ると庭師のトマスだ。
「どうした」
「実は畑にトマトを植えてみてはどうかと思いまして」
突然の申し出にジョルジュは不思議そうな顔だ。
「俺は畑、野菜のことは詳しくない。好きにしてもいいと言ってるだろう」
「苗を買うのに少しお金が」
「どのくらいだ」
「足りなければ、こちらで出すと」
ジョルジュの表情が変わった。
苗を買う金を出す?トマスの賃金は自分が出している、だが、今の言い方はおかしい。
「あ、あの、ミヤ、あの女性が、そんなに多くなくていい数本でと」
トマスは言葉を続けた。
「土に植えるトマト以外にも小さなトマトを作ってはどうかというんです」
トマスの言葉は続く。
「苗を畑ではなく、水を入れた容器で育てる、水耕栽培を試してみてはどうかというんです」
「水で、野菜、トマトが育つのか」
トマスは首を振った。
「ただの水では駄目ですよ。肥料を入れた水です。畑はそれほど広くないから、水耕栽培なら狭い場所でも育てられると。やってみる価値はあると思います」
ジョルジュは驚いた。
「それは、あの女が言ったのか」
「ええ、自分の部屋は狭いから畑なんてないって、色々と話してくれました」
野菜を水で育てる、ただの水ではない。
肥料を溶かした水だ。
野菜や作物を育てるなら畑、土に植えないと駄目だ。
そう思っていたトマスにとって、水耕栽培、水で育てるというのは目から鱗だった。
そういえば、貴族の館では高価な花を水で育てると聞いたことがある。
土、泥で室内で汚れることもない。
花でなく野菜も育てる、その日トマスはミヤと一緒に準備を始めた。
「少しでいいんです。水に砂糖を入れましょう」
「砂糖?」
「糖分、甘いものは生き物だけでなく植物にとっても必要な栄養です」
トマスは驚いた。
「色々なことを知っているなあ。あんた学者さんかい」
ミヤは笑った。
「皆、知ってることですよ」
その日、トマスは、水耕栽培の容器を覗き込んだ。
苗の茎が、昨日より明らかに伸びている。
「こんなに早く育つものなのか?」
ミヤから教えられた方法が効いているのかもしれない。
土の中だと固い石、砂利が根が伸びるのを邪魔して育つのに時間がかかる。
だが、水の中だと邪魔するものがない。
成長が早いと彼女は言っていた。
「ふふっっ」
「くすくすっ」
トマスは周りを見た。
声が聞こえた気がしたのだ。
だが、周りには誰もいない。
ただ見えなかっただけだ。
天井のシャンデリアに腰掛けているのは小さな人の形をした生き物だ。
トマスには見えなかった。
部屋の中に誰もいなくなると、天井から、それは降りてきた。
「甘いっっ」
「えっっ、どしたの」
「この水、甘いの」
少女は苗の茎に掴まると、水をすくい飲んでみた。
「本当だ、美味しい」
「他の子にも教えてあげよう」
「もっと飲みたいな」
成長が早い、庭師のトマスから話を聞いたジョルジュは、最初は深くは考えなかった。
だが、数日が過ぎて、報告しなければと考えた。
「水には肥料を混ぜて部屋の温度を暖かくするために古い物置を改造して、そこにトマトを運んだんです」
「それで成長が早くなったのか」
トマスは頷いた。
「ミヤの言うとおりにしてみたんです。でも、成長が早すぎる。彼女は学者なんじゃないかと思ったんです。……まさか、魔術師じゃないでしょうね」
ジョルジュが答えるより先に、バルジャンが笑った。
「彼女が魔術師なら、行き倒れていたなんてこと、ありえませんよ」
「旦那、ここだけの話にしてください。部屋の中に誰か、いるんです」
トマスは真剣な顔で言った。
「笑い声がしたんです。笑い合っているような……複数の声でした」
トマスの言葉に、二人は顔を見合わせた。
「複数、ですか?」
「ええ。小さな声でしたが、確かに聞こえました」
バルジャンの表情から、先ほどまでの軽い笑いが消えた。
「旦那様。一度、確認したほうがよくありませんか」
トマスは自分が水を変えに行った時に聞こえてきたという。
「泥棒ではないですよね」
バルジャンの言葉にジョルジュはトマトを盗みに来るのかと尋ねた。
まだ、実はなっていないのだ。
「彼女はどうなんだ。声を聞いたりしたのか」
トマスは首を振った。
「もし、聞こえていたら、誰かがいると話すと思うんですが」
「そうですね、しかも昼間でも聞こえてくるなんて、おかしくないですか」
バルジャンの言葉にジョルジュは確かにと頷いた。
部屋に入るより、窓の外から確認しようという事になりジョルジュとバルジャンは二人で館の裏手にある物置小屋に行こうとした。
そのときだ。
「こんにちは」
声をかけてきたのはミヤだ。
普段、会うことはあまりない。
住まわせてもらっているからと彼女はメイドたちの手伝い、畑仕事をしているからだ。
「お出かけですか」
「トマスから聞いてね。トマトの温室をみてみたいと思ったんだ」
ジョルジュの言葉にそうですかとミヤは頷いた。
「水を替えようと思って」
ミヤが手にしている小瓶を見たジョルジュが尋ねた。
物置同然の小屋の中に入ると中は温かい。
「水と肥料だけでも、こんなに成長するんですね」
驚いたのはバルジャンだ。
そのときだ。
バルジャンの視線が釘付けになった。
窓枠に不思議な生き物を見つけたのだ。
驚いたバルジャンは隣を見た、ジョルジュも気づいている。
羽根の生えた人間のような生き物だ。
思わず部屋の中を二人は見回した。
周囲を見回すと、一匹、また一匹。
突然、ミヤの肩に、その生き物は止まった。
頭の上をふわふわと飛んでいるものもいる。
羽根の色もさまざまだ。
緑、青、薄いピンク。
彼女を取り囲むように集まっている。
ジョルジュは思わず声をかけようとした。
「甘い水だ!」
「やったー!」
「大きくなあれ!」
「たくさん実がなりますように!」
「甘いトマトになりますように!」
小さな生き物たちは、温室の中を飛び回りながら話している。
だが、ミヤは何も反応しない、いや……。
ジョルジュとバルジャンは顔を見合わせた。
二人は、静かに温室を出た。
「……旦那様」
バルジャンの呼びかけに、ジョルジュはすぐには返事をしなかった。
「見えていないし、聞こえていないようですね」
ジョルジュは頷いた。
「私にもそう見える」
「彼女には声だけではない。姿も見えていない……」
バルジャンは考え込む。
「放っておいてもよいのでしょうか」
ジョルジュは少し考えた。
「今のところ、害を与えているようには見えない」
バルジャンは温室を振り返った。
「彼女のそばに集まっているようでした」
ジョルジュも振り返る。
それ以上、二人は話さなかった。
数日後、トマスが書斎を訪ねてきた。
「旦那様」
手にしている籠には、小ぶりのトマトがいくつか入っている。
「できたのか?」
「ええ。まだ数は少ないですが、実がなりました」
トマスは嬉しそうに籠を差し出した。
「食べてみてください」
ジョルジュは一つ手に取った。
赤く熟したトマトを眺めてから、口にする。
「うまい」
「でしょう?」
トマスの顔が明るくなった。
「普通の畑で育てたものとは、少し違うんです。甘みが強い」
ジョルジュはトマトを見つめ、バルジャンに声をかけた。
「食べてみろ」
トマスは嬉しそうに二人を見ている。
「ミヤの言った通りにしただけなんですがね」
ジョルジュとバルジャンは、黙って顔を見合わせた。




