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「森で行き倒れたアラサー女、ビンボー領主に厄介になります」  作者: 三ノ宮 みさき


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1 メイドが見つけた行き倒れ…… 改稿

 ノックの音と同時に部屋へ入ってきた執事の表情を見て、ジョルジュは眉を寄せた。

 明らかに、いつもと様子が違う。

 ここは首都から遠く離れた、田舎同然の土地だ。

 静かな場所ではあるが、平和で安全というわけではない。

「何かあったのか」

「実は、森の入口で行き倒れを見つけまして」

「行き倒れ?」

 ジョルジュは驚いた、珍しいと思ったのかもしれない。

「メイドが街へ出た帰りに、偶然見つけたそうです」

「まさか、死んでいるのではないだろうな」

 執事は首を横に振った。

「女性のようです。ただ、随分と汚れた格好で……」

 執事の言葉が途切れる。

「盗賊に襲われたか、どこかから逃げてきたのかもしれません」

 ジョルジュは黙った。

 もしかしたら、国境を越えてきた可能性もある。

 奴隷として売られる途中で逃げ出したのかもしれない。

「今、どこにいる?」

「客室に」

 ジョルジュは椅子から立ち上がった。

「案内しろ」

 ベッドに寝かされていたのは、女性だった。



 髪は長い。

 だが、着ている服を見て、ジョルジュはわずかに眉を寄せた。

 農民か、平民か。

 泥で汚れてはいるものの、衣服そのものは粗末には見えない。むしろ、この辺境ではあまり見かけない仕立てだった。

「目が覚めたら、風呂と食事を。それから――」


「旦那様」

 部屋を出た時、メイドがジョルジュを見た、表情が硬い。

「この人が倒れていた近くに……」

 メイドはジョルジュを見た、その顔色に何かあったのかとジョルジュは思った。

「獣が……ブラックウルフ、成獣だと思います、かなり大きかったんです。それも二匹」

「……ブラックウルフだと?」

 ジョルジュの声が低くなる。

 隣に立っていた執事も、明らかに顔色を変えた。

「二匹も、ですか? しかも成獣……間違いないのですか?」

 メイドは頷いた。ブラックウルフの成獣。

 一匹でも、この辺りでは恐れられている獣だ。

二匹同時に現れることなど、滅多にない。

「女の近くにいたのか? ブラックウルフが?」

 メイドは頷いた、青ざめた顔で唇も震えている。

 ジョルジュはベッドの上の女を見る。

 泥に汚れ、目を閉じたまま、身動き一つしない。

「……襲われていないのか? 噛まれたりは?」

「傷は見当たりません。出血もしていませんし」

 執事も女を見つめた。

「……妙ですね」

 ジョルジュは答えなかった。

 獣が近くにいたのに無傷だった。普通なら、あり得ない。しかも、成獣が二匹。

「誰にも話すな、この事は」

 ジョルジュは静かに言った。

「この女が何者なのか分かるまではな」

 メイドと執事は深く頷いた。


 旦那様は変わっている。

 いや、育ちの違いなのだとマーサは思った。

 行き倒れの、素性も分からない人間を助けるなど、裕福な貴族ならまずしないだろう。

 だが、自分の主人であるジョルジュは違う。

 エイダー地方、この領地は広くない。

 先代、そのまた先代の頃から、決して裕福とは言えなかった。

 ジョルジュ自身も、貧しさや苦労を知っている。

 だから、困っている人間を見捨てることができないのだ。

「あの女性が、悪い人ではありませんように」

 マーサは心の中で祈らずにはいられなかった。

 ジョルジュは独り身だ。

 もし彼女がそれを知れば、領主の妻の座を狙って近づいてくる可能性もある。

 以前にも、そういう女がいた。

 領主とはいえ、贅沢な暮らしをしているわけではない。

 この館にあるものだって、決して華美ではない。

 だから、その女も長くは続かなかった。

 見た目のいい女だったため、料理人や庭師は浮ついていたが、執事のヴァルジャンだけは最初から警戒していた。

 そして、何日かすると女は姿を消した。

 あのときのことを、マーサは思い出した。

 今回も、同じことにならなければいいのだが。


「マーサ」

 部屋を出ると、執事のヴァルジャンが声をかけてきた。

「彼女の様子は?」

「はい。お風呂に入ってもらいました。着替えが済んだら、食事を運ぶつもりです」

「そこまで世話をする必要はありませんよ」

 ヴァルジャンの顔は険しい。

「ですが、旦那様の命令ですから」

「分かっています」

 短く答えたあと、ヴァルジャンは女性のいる部屋を見た。

「……あの女性ですが。あなたは、どう思います?」

 マーサは少し黙ったあと、バルジャンを見た。

「育ちのいい方だと思いました」

その言葉にヴァルジャンの眉が動く。

「実は……私がメイドだと知って、驚いていました」

バルジャンは怪訝そうに聞き返した。

マーサは首を傾げる。

「家政婦さんですか、と聞かれました」

メイドを、そんなふうに呼ぶ人間は珍しい。

貴族や裕福な商人なら、そんな言い方はしない。

「それに、私が何かするたびに『ありがとう』と声をかけてくださるんです」

 マーサは少し笑った。

「頭を下げてくるんです。それに綺麗な人です」

「綺麗、ですか」

 ヴァルジャンが聞き返す。

「ええ。黒い髪で、肌も白くて、普通の方ではない気がします」

 マーサは、表情を曇らせた。

「もしかすると、どこかの貴族の方かもしれません。誘拐されて、奴隷として売られる途中で逃げてきた可能性もありますよね」

「……可能性はあります」

「だったら、家族が捜しているかもしれません」

「そうですね」

 ヴァルジャンは考え込んだ。

「一度、ギルドに確認してみてもいいでしょう」

 マーサの表情が少し明るくなった。

だが、バルジャンは続けた。

「女性を捜している者が、必ずしも善人とは限りません」

 マーサは無言になった。

「誘拐されたのなら、彼女を連れ戻そうとする者が現れるでしょう。ですが、それが家族なのか、誘拐した者なのか……今の私たちには判断できません」

「……そうですね」

「まず、旦那様に話してみましょう。マーサ、あなたも来てください。私だけでなく、あなたの話も必要です。私は人を疑うことが苦手ですから」


「旦那様、今、よろしいでしょうか」

 執事のヴァルジャンが、マーサを伴って部屋へ入ってきた。

 二人そろって来るとは珍しい。

 ジョルジュは書類から顔を上げた。

「何かあったのか?」

 ヴァルジャンが切り出した。

「あの女性について、ギルドに問い合わせをしてみようと思います」

 ジョルジュは眉を寄せた。

 女性は単なる行き倒れではない可能性がある。

 上質な服、丁寧な話し方、土地の者とは思えない容姿。

「誘拐された可能性もある、ということか」

「はい。可能性の一つですが」

 ヴァルジャンは慎重に答えた。

「もし本当にどこかの貴族や裕福な家の者なら、家族が捜しているかもしれません」

 ジョルジュは腕を組んだ。


「ギルドに問い合わせるにしても……少し時間がかかるな」

 この辺境から、ギルドのある街までは距離がある。

 馬を飛ばしても、往復にはそれなりの時間が必要だ。

「私が行きます」

 バルジャンが言った。

「お前が?」

 ジョルジュは意外そうに顔を上げた。

「身元不明、本当に誰かに追われているのであれば、ギルドで余計な騒ぎを起こす可能性もあります」

「なるほど」

「それと、旦那様には一度、本人に会っていただきたい」

「私が?」

「誘拐されたのであれば、詳しいことを話したがらないかもしれません。ですが、本人から話を聞かなければ分からないこともあります」

 ジョルジュはしばらく黙った。

 確かに、その通りだった。

 助けを求めている人間を疑うのは気が進まない。

 だが、領主である以上、感情だけで判断するわけにもいかない。

「……分かった」

 ジョルジュは立ち上がった。

「お前はギルドへ行ってくれ。何か分かったら知らせてくれればいい」

 そう言って、ジョルジュは小さく息を吐いた。



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