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夕暮れの出来事

剛守さんの里帰り(?)同行から、四日が経過していた。今日は珍しく

社員がみんな会社に揃ってる。まあみんなと言っても六人なんだけど、

やっぱり少しはテンション上がる。


とは言っても、裏を返せばそれだけ喫緊の案件が無いって事でもある。

横井川さんにもらったお土産を全て開封し、少し早めに仕事を切り上げ

事務所で一杯やろう…みたいな話が立ち上がっていた。いいなぁうん。

こういうの、前の職場ではまったく経験が無かったから…


「んじゃ、会議室を片付けよう」


柳橋さんがそんな事を言ったので、それならばとお手伝いを申し出る。

何と言ってもあたしはまだ新参者。こういう時にこそ働きますとも。


柳橋さんは、けっこう現実的だ。

こういう時に、店飲みを好まない。うるさ過ぎるからってのが理由だ。

ちょっと上等のお酒とおつまみと、あとお弁当を買って事務所で飲む。

その方が落ち着けるという、かなり身も蓋もない実益を選択する。

ハッキリ言って、あたしもそういう考えには諸手を挙げて賛成します。

他のお客が喚いてて、隣の人の声も聞き取れない。そんな店で飲んでも

楽しいわけない。そう考えない人は多いだろうけど、あたし自身は別に

マイノリティで結構です。いやあ、女神さまと価値観が同じというのは

地味に浮かぶ瀬になりますねえ。


というわけで、せっせとお片付け。



もうすぐ、夕方だった。


================================


「日が短くなってきたね」


窓から差し込む夕日に、手を止めた柳橋さんがふと呟いた。あたしも

抱え上げていた椅子を一旦下ろし、同じように窓の夕陽を見やる。


「そうですね。日が経ったんだなと実感します」

「気が付けばけっこう経ってるね」

「そうですね」


あたしは、思わず笑っていた。


逃げるように前職を退職してから、いろんな意味で人生を立て直した。

再就職したこの会社はかなり普通と違っていたけど、楽しい職場だ。

価値観が、根こそぎ変わってしまうような経験ももはや数え切れない。

だとしても、勇気を出してよかったと断言できる自分がここにいる。


あたしは。



ここにいるんだ。


================================


「…こないだ、剛守さんから色々とお話を聞けました」

「彼、意外と話すでしょ?」

「意外とと言っていいのかは、少し議論の余地がありますが」


慎重に言葉を選んでいるあたしに、柳橋さんはフッと苦笑を浮かべた。


「んじゃ、あたしの事とかも色々と聞いたわけだ」

「はい。勇者レオンの事も含めて」

「まあ、過ぎた事だけどね」


そう言いつつ、柳橋さんは窓の外を向いたまま大きく伸びをする。

その背中に、今さら後悔の色などは浮かんでいなかった。…やっぱり、

柳橋さんは柳橋さんだなと思える。まだまだ付き合いは浅いあたしも、

そのくらいは判るようになってる。決して自意識過剰じゃなくて。


季節の移ろいを感じられるくらい、この会社で頑張ってきた。

ちょっと普通とは言えないお仕事に全力で臨み、結果を出してきた。


それなりに己の見識を広げ、今では部下と呼べる存在もできた。


会社の人たちが、どういった過去を持っているのかも窺い知れた。


ずっと謎キャラだった剛守さんの、驚くべき過去も聞く事ができた。



リプネリスさんが、どうして会社に関わっているのかも知り得た。




柳橋さんが


どういう過去を持っていて


女神としての力を


今現在、どれだけ持っているのかも知り得た。



すいぶんと



時



間が



かかっ



た



けど




知りたか


っ



た



こと



は




知



り





得







た






「時間かかったなぁ、ホントに」



================================


ドスッ!!


「ぐうッ!!」


柳橋淳子の悲鳴は、短かった。

背後から突き立てられた容赦のない一撃が、胸元まで貫いている。

傷から噴き出しているのは、血ではなく火花の如き光。それは限りなく

不条理な光景だった。


「……あああああああぁ!!!」

「堕ちても女神ですねぇ柳橋さん。後輩としてあなたの力、ありがたく

頂きますよォ!」

「ぅう…丑三ツちゃ…あなた…………………まさか………」

「それじゃあ、ご機嫌よう先輩!」


バシュウゥゥゥゥゥゥッ!


さらに突き立てられた一撃により、柳橋淳子の体は光となって崩れる。

窓際一杯に散ったその光はやがて、智華の右手に吸い込まれていった。



「よォし。欲しいものは半分得た」


================================


バン!


勢いよく会議室のドアが開けられ、大柄な影―剛守が駆け込む。

振り返った智華に、躊躇など微塵もなかった。


「柳橋さ」


バシュゥゥッゥゥゥッ!!


「うおおぉぉぉぉぉぉっ!?」


「お前が一番厄介だったんだよォ。正体が分かっちまえば後は簡単だ」

「う…丑三ツさ…」

「また魔王の夢に酔え。じゃあな」


バシュン!!



蒼い光と共に、剛守は消失した。


================================


「ごっ、剛守さん!?」


開けはなしのドアから見えていた、信じ難い光景に玉見は戦慄した。

しかし、それ以上のいかなる行為も彼には許されなかった。

影のように駆け出た智華の右手が、刺殺するかのように彼の鳩尾へと

叩き込まれる。と同時にその体は、青白い光に一瞬で包まれた。


「ぐうっ!?」

「失せろ、若僧」


バシュン!!



蒼い光と共に、玉見も消失した。


================================


ギイィィン!


金色の細い鎖のような光が、智華の上半身に絡みついて締め上げた。

動きを封じられた智華は、首だけを動かして「相手」を睨みつける。

そこにいたのは、両手を突き出して片目を発光させている辻本だった。


「へぇ、さすがにやりますね社長。ロクな詠唱もなしに拘束するとは」

「…あなたは誰です。丑三ツさんをどこへやったんですか!」

「傷付くなあそんな事言われると。ずっと猫被ってただけですってば」

「……ッ!」

「ま、そんな事はどうでもいい」


パキィィン!!


軽く身をゆすっただけで、呆気なく光の鎖は砕け散った。驚愕の表情を

強張らせる辻本に、智華はニイッと裂けたような笑みを向ける。


「んじゃ、会社は頂きます」


バシュゥゥッゥゥゥッ!!


先二人と同じ光が辻本を包み込み、事務所内の備品が吹き飛ばされる。

さながら、小さな竜巻だった。


「ぐうぅっ!?」

「どっかの世界で、オリンピックのメダルでも漁ってて下さいねッ!」


バシュン!!


辻本もまた、蒼い光と共に消失。



後に残ったのは、静寂だけだった。


================================


キュイィン!


「えっ!?」

「こんにちはあァ、女神さん!」

「う、丑三ツちゃん!?どうやってこの世界に!?」

「落伍者とはいっても、柳橋さんは女神でしょォ?簡単ですよ」

「まさか…」


智華の顔を凝視したリプネリスが、恐怖に顔を引きつらせる。

白い世界を染め上げる勢いで、黒い瘴気が智華から立ち昇っていた。


「邪魔されるのもめんどくさいし、ここであなたの力ももらいますね。

ま、ホントについでですけど」


ガキィィン!


周囲に漂う瘴気が一瞬で結晶化し、空間とリプネリスとを絡め取った。


「じゃ、ちょおっと失礼…あ!?」


ギイィィィィィィン!


唇を噛みしめたリプネリスの体が、胸元を起点に白い石と化していく。

と同時に、浸食された空間が収縮を始めていた。


「クッソ、自分を封じる気かよ!」


顔を歪めた智華が、石化しつつあるリプネリスに右手を伸ばす。

しかし、次の瞬間。


キィン!!


石となって閉じた空間から、彼女は弾き出されていた。


================================


「……ちぃッ!あそこまで捨て身で自分の力を護ったかよ!」


毒づく智華がいるのは、さっきまで蹂躙していた事務所の只中だった。

夕闇が迫る中、散乱した書類などが寒々しい光景を描き出している。

しかし智華は、やがて裂けた笑みを浮かべて服の埃を払った。


「まあいい。あんな事すればもう、自分で封印は解けないだろうしな。

永遠に引きこもってろリプネリス。それがお似合いだ。それに…」


言いながら見つめる右手の指には、ひと束の金髪が絡みついていた。


「むしり取れたのはこれだけだが、無いよりはマシだ」


低い声で呟いた智華が、迷う事なくその髪の束を口に入れて飲み込む。

やがてその瞳は、徐々に赤く妖しい光を放ち始めていた。


「…力の使い方が分かってきたな。よぉし、もう少しで捉えられる」


………………


果てしなく永い、十数秒後。


「いたな、間違いない」


ぞっとするような口調で言い放ち、顔を上げた智華は虚空を見据えた。

そこに見えている相手に語り掛けるかのように、裂けた笑みを浮かべて

ゆっくりと告げる。



「待ってろよォ、恵神ローナ」


挿絵(By みてみん)


それは、破滅を招くひと言だった。

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