夕暮れの出来事
剛守さんの里帰り(?)同行から、四日が経過していた。今日は珍しく
社員がみんな会社に揃ってる。まあみんなと言っても六人なんだけど、
やっぱり少しはテンション上がる。
とは言っても、裏を返せばそれだけ喫緊の案件が無いって事でもある。
横井川さんにもらったお土産を全て開封し、少し早めに仕事を切り上げ
事務所で一杯やろう…みたいな話が立ち上がっていた。いいなぁうん。
こういうの、前の職場ではまったく経験が無かったから…
「んじゃ、会議室を片付けよう」
柳橋さんがそんな事を言ったので、それならばとお手伝いを申し出る。
何と言ってもあたしはまだ新参者。こういう時にこそ働きますとも。
柳橋さんは、けっこう現実的だ。
こういう時に、店飲みを好まない。うるさ過ぎるからってのが理由だ。
ちょっと上等のお酒とおつまみと、あとお弁当を買って事務所で飲む。
その方が落ち着けるという、かなり身も蓋もない実益を選択する。
ハッキリ言って、あたしもそういう考えには諸手を挙げて賛成します。
他のお客が喚いてて、隣の人の声も聞き取れない。そんな店で飲んでも
楽しいわけない。そう考えない人は多いだろうけど、あたし自身は別に
マイノリティで結構です。いやあ、女神さまと価値観が同じというのは
地味に浮かぶ瀬になりますねえ。
というわけで、せっせとお片付け。
もうすぐ、夕方だった。
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「日が短くなってきたね」
窓から差し込む夕日に、手を止めた柳橋さんがふと呟いた。あたしも
抱え上げていた椅子を一旦下ろし、同じように窓の夕陽を見やる。
「そうですね。日が経ったんだなと実感します」
「気が付けばけっこう経ってるね」
「そうですね」
あたしは、思わず笑っていた。
逃げるように前職を退職してから、いろんな意味で人生を立て直した。
再就職したこの会社はかなり普通と違っていたけど、楽しい職場だ。
価値観が、根こそぎ変わってしまうような経験ももはや数え切れない。
だとしても、勇気を出してよかったと断言できる自分がここにいる。
あたしは。
ここにいるんだ。
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「…こないだ、剛守さんから色々とお話を聞けました」
「彼、意外と話すでしょ?」
「意外とと言っていいのかは、少し議論の余地がありますが」
慎重に言葉を選んでいるあたしに、柳橋さんはフッと苦笑を浮かべた。
「んじゃ、あたしの事とかも色々と聞いたわけだ」
「はい。勇者レオンの事も含めて」
「まあ、過ぎた事だけどね」
そう言いつつ、柳橋さんは窓の外を向いたまま大きく伸びをする。
その背中に、今さら後悔の色などは浮かんでいなかった。…やっぱり、
柳橋さんは柳橋さんだなと思える。まだまだ付き合いは浅いあたしも、
そのくらいは判るようになってる。決して自意識過剰じゃなくて。
季節の移ろいを感じられるくらい、この会社で頑張ってきた。
ちょっと普通とは言えないお仕事に全力で臨み、結果を出してきた。
それなりに己の見識を広げ、今では部下と呼べる存在もできた。
会社の人たちが、どういった過去を持っているのかも窺い知れた。
ずっと謎キャラだった剛守さんの、驚くべき過去も聞く事ができた。
リプネリスさんが、どうして会社に関わっているのかも知り得た。
柳橋さんが
どういう過去を持っていて
女神としての力を
今現在、どれだけ持っているのかも知り得た。
すいぶんと
時
間が
かかっ
た
けど
知りたか
っ
た
こと
は
知
り
得
た
「時間かかったなぁ、ホントに」
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ドスッ!!
「ぐうッ!!」
柳橋淳子の悲鳴は、短かった。
背後から突き立てられた容赦のない一撃が、胸元まで貫いている。
傷から噴き出しているのは、血ではなく火花の如き光。それは限りなく
不条理な光景だった。
「……あああああああぁ!!!」
「堕ちても女神ですねぇ柳橋さん。後輩としてあなたの力、ありがたく
頂きますよォ!」
「ぅう…丑三ツちゃ…あなた…………………まさか………」
「それじゃあ、ご機嫌よう先輩!」
バシュウゥゥゥゥゥゥッ!
さらに突き立てられた一撃により、柳橋淳子の体は光となって崩れる。
窓際一杯に散ったその光はやがて、智華の右手に吸い込まれていった。
「よォし。欲しいものは半分得た」
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バン!
勢いよく会議室のドアが開けられ、大柄な影―剛守が駆け込む。
振り返った智華に、躊躇など微塵もなかった。
「柳橋さ」
バシュゥゥッゥゥゥッ!!
「うおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
「お前が一番厄介だったんだよォ。正体が分かっちまえば後は簡単だ」
「う…丑三ツさ…」
「また魔王の夢に酔え。じゃあな」
バシュン!!
蒼い光と共に、剛守は消失した。
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「ごっ、剛守さん!?」
開けはなしのドアから見えていた、信じ難い光景に玉見は戦慄した。
しかし、それ以上のいかなる行為も彼には許されなかった。
影のように駆け出た智華の右手が、刺殺するかのように彼の鳩尾へと
叩き込まれる。と同時にその体は、青白い光に一瞬で包まれた。
「ぐうっ!?」
「失せろ、若僧」
バシュン!!
蒼い光と共に、玉見も消失した。
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ギイィィン!
金色の細い鎖のような光が、智華の上半身に絡みついて締め上げた。
動きを封じられた智華は、首だけを動かして「相手」を睨みつける。
そこにいたのは、両手を突き出して片目を発光させている辻本だった。
「へぇ、さすがにやりますね社長。ロクな詠唱もなしに拘束するとは」
「…あなたは誰です。丑三ツさんをどこへやったんですか!」
「傷付くなあそんな事言われると。ずっと猫被ってただけですってば」
「……ッ!」
「ま、そんな事はどうでもいい」
パキィィン!!
軽く身をゆすっただけで、呆気なく光の鎖は砕け散った。驚愕の表情を
強張らせる辻本に、智華はニイッと裂けたような笑みを向ける。
「んじゃ、会社は頂きます」
バシュゥゥッゥゥゥッ!!
先二人と同じ光が辻本を包み込み、事務所内の備品が吹き飛ばされる。
さながら、小さな竜巻だった。
「ぐうぅっ!?」
「どっかの世界で、オリンピックのメダルでも漁ってて下さいねッ!」
バシュン!!
辻本もまた、蒼い光と共に消失。
後に残ったのは、静寂だけだった。
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キュイィン!
「えっ!?」
「こんにちはあァ、女神さん!」
「う、丑三ツちゃん!?どうやってこの世界に!?」
「落伍者とはいっても、柳橋さんは女神でしょォ?簡単ですよ」
「まさか…」
智華の顔を凝視したリプネリスが、恐怖に顔を引きつらせる。
白い世界を染め上げる勢いで、黒い瘴気が智華から立ち昇っていた。
「邪魔されるのもめんどくさいし、ここであなたの力ももらいますね。
ま、ホントについでですけど」
ガキィィン!
周囲に漂う瘴気が一瞬で結晶化し、空間とリプネリスとを絡め取った。
「じゃ、ちょおっと失礼…あ!?」
ギイィィィィィィン!
唇を噛みしめたリプネリスの体が、胸元を起点に白い石と化していく。
と同時に、浸食された空間が収縮を始めていた。
「クッソ、自分を封じる気かよ!」
顔を歪めた智華が、石化しつつあるリプネリスに右手を伸ばす。
しかし、次の瞬間。
キィン!!
石となって閉じた空間から、彼女は弾き出されていた。
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「……ちぃッ!あそこまで捨て身で自分の力を護ったかよ!」
毒づく智華がいるのは、さっきまで蹂躙していた事務所の只中だった。
夕闇が迫る中、散乱した書類などが寒々しい光景を描き出している。
しかし智華は、やがて裂けた笑みを浮かべて服の埃を払った。
「まあいい。あんな事すればもう、自分で封印は解けないだろうしな。
永遠に引きこもってろリプネリス。それがお似合いだ。それに…」
言いながら見つめる右手の指には、ひと束の金髪が絡みついていた。
「むしり取れたのはこれだけだが、無いよりはマシだ」
低い声で呟いた智華が、迷う事なくその髪の束を口に入れて飲み込む。
やがてその瞳は、徐々に赤く妖しい光を放ち始めていた。
「…力の使い方が分かってきたな。よぉし、もう少しで捉えられる」
………………
果てしなく永い、十数秒後。
「いたな、間違いない」
ぞっとするような口調で言い放ち、顔を上げた智華は虚空を見据えた。
そこに見えている相手に語り掛けるかのように、裂けた笑みを浮かべて
ゆっくりと告げる。
「待ってろよォ、恵神ローナ」
それは、破滅を招くひと言だった。




