↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
97/99

邪悪と魔王と灰色の粒

「教皇女からの現金書留?」

「そうです」

「それはまた…」


何と言えばいいんだろう。

あの子が、そういう現実的な手段で何かするのはしっくり来ないなあ。

限りなく失礼な想像ではあるけど、知る人はみんなそう思うだろうし。


教皇女ポロニヤ。

かつて、マルコシム聖教の教皇女の肩書きを背負っていた少女である。

他人の天恵を宣告前の状態に戻せる「リセット」の天恵の持ち主だ。

あれやこれや苦労してたけど、今はタリーニで頑張っていると聞いた。

その彼女からの現金書留って…


「ちなみに、いくら送ってきたの」

「こんだけです」


ドサッ!


答えたポーニーが、手の中の封筒を逆さにして振る。やや重い音と共に

転げ出てきたのは、札束だった。


「は!?」


あたしの声は、思わず裏返った。

カウンターの向こうから見たトランも、目を丸くしている。いや大金!

何で今さらこんなものを!?


「お釣りだそうです」

「何の!?」

「ずっと前、彼女が本に描き足した宝石を実体化させて渡したんです。

当面の活動費という感じでしたが、彼女はすぐにシュリオさんの実家に

行ったからほぼ用なしだったとか。で、今さら換金したみたいですね。

その金額にビビって…」

「いくらか返すと言ってきたのか」

「半分らしいですね」

「これで半分かよ…」



問うたトランも呆れ顔だった。

…確かポーニーって、描き足されたファクターは無限に出せるはずだ。

って事は、その宝石さえあればほぼ無限の資金源に…


ああ、トランの目が据わってるよ。かく言うあたしも同じなんだろう。

夫婦揃って浅ましいなあ。これじゃ金の亡者と言われても…


「ネミル」

「えっ、はい?あの、別にお金は」

「客が来る。店を閉めて」

「え?」


言い訳をしようと思ったあたしへのローナの言葉は、一言矛盾だった。

客が来るから店を閉めろ?それってどういう…


「早く!」

「はい!」


いつになく張り詰めたその言葉に、あたしは弾かれたように動いた。

素早く営業終了の札をかけ、入口の鍵を閉める。こういうの、久々だ。

ふと見れば、トランは厳しい表情になっている。ポーニーは困惑顔だ。

これってつまり、トランだけが何かあらかじめ聞いていたという事で…


刹那。


パチッ!!



目の前の空間に、火花が散った。


================================


ああ。

こういう不条理、久し振りだなあ。


火花が散った空間が青黒く歪んで、そこから何かがゆっくりと現れる。

天恵持ちの襲撃かとも思ったけど、さすがに肌で判る。そういうのとは

明らかに違う存在が現れるんだと。


あたしとポーニーは、ゆっくり後退して歪みから距離を取る。一方で、

いつもの席に座るローナは不動だ。トランもカウンターの向こうに立ち

じっとその光景を見据えている。


やがて。



歪みは、ひとりの人間の形となって定着した。見覚えのある女性の姿を

成しているけど、明らかに以前とは違う何かになり果てている彼女は…

ええっと…名前は確か…


「丑三ツ智華ちゃん、だったよね」


そうそう、そうだった!

ローナが口にした事で思い出した。ほんのつい先日、リプネリスさんが

連れて来た拓美さんの同郷人(?)だ。さすがに顔は憶えてるけど…


憶えてる顔と、あまりにも違う。

あまりにも禍々し過ぎて、ちょっと吐きそうになっている自分がいる。



何なの、この人は?


================================


「落ち着いてるねえ、恵神ローナ」


声は記憶と同じ。だけどその印象は完全に別人だ。粘りつくかのような

不快感が、声と共に店内いっぱいに撒き散らされる。…何なのホント?


「向こうの間抜けたちとは違うって事か。恐れ入るよ」

「どうもありがと」


圧倒的な邪気を向けられながらも、ローナは限りなくいつも通りだ。

これって多分…


「あたしが来る事を知ってたね?」

「まあね」

「パソコンで異世界の覗き見かよ」

「ってか、それが目的でしょ?」


キィン!


あくまでも調子を変えないローナのひと言で、場の空気が張り詰めた。

正解だったらしい。つまり目の前の「丑三ツ智華」が目の前のローナに

求めるのは、その能力という事か。


きっと、先日の訪問の時に何かしら確信を得たのだろう。だから今回、

単独で戻ってきた。いや、見た限り容姿以外の何もかもが「別人」だ。

「変身」の天恵に似た能力か何かで成りすましていたのか、それとも…


「まあ、目的がはっきりしてるのは分かりやすくていい」

「余裕だな、恵神ローナ」


押し殺したひと言に、悪寒が走る。悪意と殺意が目に見えるみたいだ。

…え、という事は…


「分かってんなら、さっさとその力よこしな。それでここの奴の命は」

「おい、そこの黒髪バカ女」


無遠慮に割り込んだのは、カップを黙々と拭いていたトランだった。


「注文しないんならとっと帰れよ。そこまで俺たちはヒマじゃねえ」

「…ああ?」


それまであたしたちを無視していた智華が、トランの方に向き直った。

こちらに露わになったその横顔は、人間とは思えないほど歪んでいる。

人間ではないからではなく、純粋な怒りと悪意の形相だった。


そうか。

なるほどね。

だからトランだけに言ってたのか。


さすがはローナだね。


「てめえ、挽き肉にされたいのか?だったら望みどおりにしてやるッ!

死んで悔いろこのクソガ」

「動くな。そしてちょっと黙れ」


ガクン!!


店中に響き渡るその醜悪な絶叫が、あまりにも唐突に途絶した。

怒りの形相のまま写真に撮ったかの如く、智華の体は硬直していた。


ずいぶん久し振りに目にしたなあ、トランのこの早業。

あたしの夫は「魔王」なんだよ。

この世界に来た以上、魔王の摂理に抗う術はない。

たとえ誰であろうと何であろうと。



甘く見た事を悔いろ、丑三ツ智華。


================================


「知ってたんですか、この子の事」

「まあ、ちょっと覗き見してね」


彫像のようになった智華を見つつ、ローナがポーニーの問いに答えた。


「知っての通り、あたしは異世界の過去も未来も覗く事ができる」

「そうでしたよね。確か、こっちが干渉出来ない場合のみでしたっけ」

「そう。彼女の世界に物理的干渉は出来ない。だから予見できたのよ」


ああ、そうだったな。

トモキを元いた世界に戻す時にも、あっちこっちパソコンに映してた。

この襲撃も、そうやって未来を見る事で迎撃できたって事なんだろう。


多分、聞いてたのはトランだけだ。あたしやポーニーに知らせとくと、

あからさまに態度に出るだろうし。


「とにかくこっちの世界に誘い込む事さえ出来れば、魔王で墜とせる。

黙っててゴメンね二人とも」

「いえいえ。ビックリしましたけどまあ、結果オーライですよね」

「そうね、結果が全てよね」


しれっと答えるあたり、ポーニーもあたしも図太くなったなあホント。

問題の存在は、まだほんの目の前で硬直してるのに…


まあ、いいか。



…で、どうするのこの子?


================================


「……ん?」


不意に、訝しげなローナとトランの声が被った。ハッと視線を向けた、

その先から。


「…ぁぁ、ぁぁぁ…ぅぅぅっ…」


か細い声が聞こえた。紛れもなく、目の前で硬直している智華から。

あたしもトランもポーニーも、いやローナさえも瞠目する。


あり得ない。


「魔王」の天恵を発動させた状態でトランが「黙れ」と命じていれば、

声など出せるはずがない。たとえ、世界最強のドラゴンだったとしても

その摂理からは絶対逃れられない。うめき声すらも出せるはずがない。

出せるとすれば、可能性はたったのひとつしかない。


彼女がトランに対し、悪意を持っていないという事だ。


ますますあり得ない。

現に彼女は身動きひとつ出来ない。完全に「魔王」の支配下にある。

ひとつの肉体が、理解し難い矛盾を内包しているのである。どうして…


「何だ?」


トランが声を上げる。あたしたちも危うく裏声を上げるところだった。


蠢いている。

彫像のように固まっているはずの、目の前の智華の一部が蠢いている。

まるで肉体の一部が、もがきながら離脱しようとしているかのような。


息を呑んだ。

常識を超えた光景だけど、それでもあたしたちには見覚えがあった。


そうだ。

こんな風に肉体が分割する様子を、かつて見た事があったんだ。

あれは…


「何でもいい」


ハッと視線を向けた先で、ローナがスッと椅子から立ち上がっていた。

今の状況で、いったい彼女が何を?


「どっちにしても憂いが残る存在というなら、この場で消し去るのみ。

ま、その方が後腐れが無くていい」


えっ!?

ローナって、そんな事できたっけ?

付き合い長いけど、そんな物騒な力なんて一度も見た事なかったと…


「全て消え去りな、余所者」


ぞっとするほど冷たい口調で告げたローナが、右手をかざした刹那。


ギュイィィン!!


耳が痛くなるような不快音と主に、目の前の智華が一気に収縮した。

より正確に言えば、存在そのものが目の前の空間から消え去った。

同時に、耐え難かった室内の瘴気が嘘のように霧散していた。


「逃げたか」

「俺の「魔王」を振り切ってか?」

「この異世界から離脱する行為は、動く事と同義じゃないんだろうね。

もういない事は気配で判る。この店からって意味じゃなく、世界から」

「なるほ」


ドサッ!!


唐突に、何かが倒れる音が響いた。思わずあたしとポーニーはビクッと

身を潜める。何なの?この上何が…


「この子は…」


屈み込んだローナの目の前に倒れているのは、見覚えあり過ぎる人物。

ついさっきまで、醜悪極まる殺意を撒き散らしていたあの女性だ。


え、どういう事?

だってさっき…


「何で倒れられるんだよ、まだ俺は「魔王」を解除してないんだぞ?」

「そうなんですか!?」

「ああ。固めてしまえば、どれほど脱力しても倒れたりするはずが…」


「待って」


疑念の言葉を交わしているトランとポーニーを制したローナが、厳しい

表情を浮かべつつあたしたちの顔を見回す。


「事情はおよそ想像がつく。だけど今は、この子をどうするかって事が

最優先よ。もう、時間がないから」

「時間?」


訝しげに言ってカウンターから出たトランが、そこで立ちすくんだ。

先に目にしていたあたしとポーニーも、目の前の智華の姿に絶句する。


「ぁぁぁ…あたしが…柳橋さんたちみんなを…消しちゃった……」


這いつくばるような態勢で、彼女はボロボロと大粒の涙を流していた。

しかしその涙は床を濡らす事なく、落ちた瞬間灰色の粒となり消える。

よく見てみれば、手足の末端もまた同じ灰色の粒になって崩れている。

崩れては戻り、崩れては戻り。その様子は、浜辺の砂の城を思わせる。


ぐずぐずと崩壊しながら、それでも彼女は這いずって前に進んでいた。


「ぁぁぁぁぁ…ぁぁ…ぁたしがぁ……みんなを…リプネリスさんを…」

「どういう事なんだよ、これは」

「丑三ツ智華という存在を形成する要素の大部分が、さっきのあたしの

ハッタリで抜けたのよ。結果的に、この子だけがここに捨てられた」

「ハッタリって…」


やっぱりそうだったのか。だけど、あれを見たら信じるのも無理ない。

あたしたちはローナを深く知ってるけど、ほぼ初見なら警戒するよね。

で、元凶だけ逃げたと…


「多分、この子は何も知らないまま今日まで自分の人生を生きてきた。

いつからかは知らないけどね。で、内に潜むあいつに支配されたのよ。

そのまま職場の同僚を消し飛ばし、リプネリスさえ倒してここに来た」

「何のためにだよ!」

「それは後で考える。それより…」


そう言ったローナの手が、目の前で這いずる智華の前髪に軽く触れる。

触れた部分が、やはり灰色の粒子となって散るのが見えた。


「このままなら、もうすぐこの子は完全に消滅するよ」

「えっ」

「今のこの姿は、ほぼほぼ魂だけ。肉体を持たない以上、個を維持する

意思が途切れた瞬間消えてしまう。そうなったらもう、おしまい」

「…………」


返す言葉に詰まったあたしたちに、向き直ったローナがひと声告げた。

シンプルで、難しい問いの言葉を。



「どうする?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。