剛守さんの片鱗
「桧垣さん」
「やめろっつってんのが聞こえないのか?おっさん」
うわぁ、まだ燃料投下するんだ…
正直、あたしはちょっと引いたよ。いくら何でも煽り過ぎではと思う。
チラとみると、さすがにミナたちもちょっと怪訝そうな表情だ。
既に転生してヴァレンデって人間になってるのなら、最低限そこだけは
吞むべきなんじゃないだろうかと…
と、その刹那。
「お互いさまですよ」
相手の顔を見据えたまま放たれた、剛守さんの言葉が氷のようだった。
すぐ傍らで聞いたあたしは、思わずブルっと震えた。…何、今の殺気?
お互いさまって言っただけなのに…
「何だと」
「転生後の名で呼ばれたいのなら、いい加減に過去は封印して下さい。
この世界には、この世界のルールが存在するんですよ」
「………」
明らかに、桧垣さんは剛守さんから受ける圧に押されていた。ってか、
あたしもちょっと怖い。もしかして今、割と状況的にヤバいのかしら…
と、その刹那。
ドォン!!
「いっ!?」
出し抜けに、剛守さんの顔目がけて爆炎が炸裂した。確かめなくても、
それが取り巻き女性の放ったものだという事は判った。…いきなりか!
あまりにも唐突な奇襲だったから、あたしもミナも反応できなかった。
いや、したらしたでややこしい事になったと思うけど…
我ながら呑気というか何と言うか。剛守さんの心配をしてない自分に、
ちょっと呆れる。根拠はないけど、そんな心配は無用だと思っていた。
たぶん、ミナもそう思ってる。
剛守さんは、倒れなかった。いや、後ずさる事さえもなかった。ただ、
煙の上がる顔を攻撃した女性の方に向けただけだった。よく見てみると
着弾した頬が少しだけ焦げていた。…いや、直撃を受けてそれだけ?
あたしだけじゃない。ミナたちも、桧垣さんたちも呆気に取られた。
撃った女性は青い顔だ。そりゃあ、この結果を見たらビビるでしょう。
勢いだけで放った攻撃だろうけど、全く通用しないとは思わなかった。
いや、通用してたらどうなるんだ。ここで殺して逃げる気だったのか。
考え無しにも限度があるだろうが。
あたしは、無性に腹が立ってきた。
================================
何なんだこの人たちは。
遊び半分で狩りをしてたのは、まあ感心する行為じゃないんだろう。
そこに関しては、あたしたち三人は完全に部外者だ。とやかく意見する
立場じゃない。「管轄」だという、剛守さんを信用するしかない。
見方を変えれば、あたしたち三人も向こうの女性と同様の立場だろう。
言い合っている二人の取り巻きで、あれこれ意見ができるほど現状には
明るくない。あくまでも当人同士が決着をつけるのを見守る立場だ。
それがこのザマなのかよ。
あたしは、オロオロしてただけだ。客観的に表現すると情けないけど、
それで正しかったと思う。何たって当人から説明を受けてないんだし。
ここはしゃしゃり出る場面じゃないというのは分かってた。もちろん、
ミナもあいちゃんも同じだ。それは向こうも同じなんじゃないのか。
悪いけど、桧垣さんがそういう点をクリアしてたとはとても思えない。
ならあんたたちもオロオロしてろ。それが正しい礼儀じゃないのかよ。
もう、オロオロする段階じゃない。彼女のやった事は殺人未遂である。
いかなる世界でも許されない行為。まだ何かするようなら、容赦など…
「桧垣さん」
あまりにも平坦なその呼びかけに、猛っていた心はスッと凪いだ。
剛守さんは、己が攻撃された事実を歯牙にもかけていない様子だった。
この人は、本物だ。
何の本物かは知らないけど。
================================
「女性を侍らせるのは結構ですが、最低限の躾はして欲しいですね」
「…………」
聞きようによってはかなり失礼な、剛守さんの容赦ない言葉。だけど、
桧垣さんは何も言わない。…いや、まあ言えないんだろうな多分。
それほど剛守さんからの圧は強い。背後の女性も、みんな真っ青だ。
一方的に攻撃した事への負い目とかじゃない。もっと単純な怯えだ。
きゃあきゃあと自分たちが崇め奉るヴァレンデ様より、目の前の男性が
明らかに計り知れない存在だという直感に対しての。もちろんそれは、
ただの予想でしかない。それでも、確信できるだけの圧がそこにある。
「お前は…まさか勇者レオンか?」
「違いますよ」
うん?勇者レオン?
…それって確か、ついさっき家までお邪魔してたあの老人の事か。
こんな遠い場所で名前を聞くほど、高名な人物だったのかやっぱり。
実際はあんな感じだったけど…
え、ちょっと待って。
世代は違うと思うけど、異世界転生という共通項を持つ人を知ってる?
何気にヤバいんじゃないのかそれ?そうならないようにしたのでは…
「しかし、彼の事は知っています」
「何だと」
「恐らくあなたも知っていますよ、私のかつての名前をね」
え?
剛守さんのかつての名前?って事は剛守さん、まさか転生者だったの?
ええーそれは知らなかった…って、先走るなよあたし。誰もそんな事は
言ってないじゃん!いくら何でも…
「お前…」
ハッと目を向けた桧垣さんの顔は、真っ青になっていた。え、何で?
「…まさか、魔王ゴモルなのか?」
「どう思うかは、お任せします」
えっ?
魔王ゴモル?…何それ?
剛守さんは明言を避けてたけれど、あの返しの言葉はほぼ肯定だった。
ってか、何だ魔王ゴモルってのは。誰もが知ってる名前なのか?
ガサッ!!
一瞬の音を残して、取り巻きだった女性たちの姿が消えた。と言うか、
踵を返して遁走した。振り返る事もせずに、ただただ逃げていった。
場の気まずさに耐えかねた…とか、そんな理由じゃないのは分かった。
あの女性たちは純粋に、桧垣さんが口にした名前に怯えて去ったんだ。
つまり、剛守さんの言葉に怯えて。
…どういう事?




