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勇者のなれの果て

家の中の印象は、残酷なほど外とのバランスが取れていた。意外と中は

豪華でモダンなのかも知れない…と思ってたけど、みすぼらしさ全開。

何と言うか、映画とかで見る典型的「貧乏な家」って感じだった。


「…ここが転生者の家?」

「そうなんだと思うけど…」


ギシギシと軋む足音の中、あたしとミナがひそひそ声で言い交わす。

ギリギリ失礼な事は言わないように心がけてるけど、それにしたって…


ギイィッ!


ひときわ不快な音を立て、奥の部屋に通じる古ぼけたドアが開かれた。

迷いなく足を踏み入れる剛守さんの背中が大き過ぎて、中が見えない。

出来るだけ控えめに、かつそこそこ急いでその後を追う。入った部屋は

やっぱりみすぼらしかった。


「…おぉ、あなたでしたか」


しわがれた声が聞こえ、あたしたち三人はやっと剛守さんのすぐ傍らに

陣取る。…いや、狭いなこの部屋。横に並んだらもう壁がすぐそこだ。

こんな所に住んでる人って、一体…


「ご無沙汰してます、志田さん」

「「『え?』」」


思わず声を揃えたあたしたち三人、同じく揃って剛守さんの顔を見る。

相変わらずその表情は薄い。けど、薄いなりに何かの思惟を感じた。

転生して90年も経過してるのに、未だに転生前の名前で呼ぶんだ。

何と言うか、すっごい意外だった。


ちらと見た目の前の人物は、まさに部屋に相応しい貧相な老人である。

力の片鱗も感じない。ぶっちゃけ、今のあいちゃんでも殴り倒せそう。

もちろん高齢だというのは分かる。だけど曲がりなりにも元モエビト。

しかも勇者として生きた人ならば、年齢を超越しても不思議じゃない。

そういう実例も、資料で読んだだけとは言え知っている。それに対し、

この「志田さん」はどこから見てもただの老人だ。


これが普通なんだろうか。あたしもミナもあいちゃんも、目の前にある

事実に納得できない。あたし以外の二人は元モエビトだ。それだけに、

余計に納得できないだろう。だってある意味、自分の未来の姿だから。

90歳は確かに高齢だけど、それを鑑みてもあまりに…


「すっかり老いましたね」

「見ての通りですよ」

「調子はどうです?」

「それも見ての通り。まだ生きてる事が不思議なほど老いぼれました。

どうしてなんでしょうねえ」

「ま、転生者ですからね」

「ははは、それは確かに」


「…………」


何だろう、とても入り込めない。

普段は割とテンション高めに会話に割り込むミナも、今は黙っている。

とは言っても、別の目の前の会話に圧倒されてるってわけでもない。

それはあたしにだって判る事だ。


別に緊迫してるわけでもない。

お互いが強い殺気を放ってるとか、そんな気配も欠片も無い。

語ってる内容もごく普通だ。いや、内容はそれなりに非常識だけども。


さらに言えば、別に腹の探り合いをしているような印象も受けない。

剛守さんとこの志田さんが古なじみだというのは、会話を聞けば判る。

仲が悪いわけでもない。とは言え、友人同士とはとても見えない。

何と言うか…


「…生活保護者と役所の人みたい」


うわっ!

右隣に立つミナがポツリと漏らしたその言葉に、ぞっと寒気を覚えた。

端的な例えだと思うけど、まさしくそんな感じだ。市役所の福祉課とか

そんな部署の人が、ドロップアウトして久しい人を訪問したみたいな。

親しいってわけでもなく、もちろん血縁関係もない。だけど、お互いが

何であるかは知っていて、そこそこ付き合いも因縁も深い。

目の前の二人には、まさにそういう「乾いた関係」を嫌でも感じる。


…何だろう。

転生勇者のアフターケアと聞いて、多少はワクワクしてたはずなのに。

「最古参」という表現に、けっこう背筋の伸びる思いだったのに。


目の前の志田さん、いや勇者レオンは、枯れ果てた老人でしかない。

そしてあたしたちという異分子にもまったく反応しない。かと言って、

正気を失ってるってわけでもない。…ここまで来ると、転生者だという

前提すら疑いたくなってくるよ。


「何か必要なものはありますか」

「何にもないよ。間に合ってる」


あたしたちの困惑などお構いなしとばかりに、乾いた会話が続く。

ミナのひと言のせいで、役所の人にしか見えない剛守さん。そして、

張りのある答えをまともに返さない志田さん。…正直、見ててキツイ。

それなりに勇んで入ってきたけど、もう失礼したい。ねえ、剛守さん…


「それじゃあ、また」


え?

終わり?

それまで以上のあたしたちの困惑を一顧だにせず、剛守さんは踵を返し

さっさと出ていく。置いてけぼりになったあたしたちも、慌てて続く。

目の前の老人に何を言うべきかなど分からないので、軽く頭だけ下げて

逃げるように部屋を出た。何なんだこの、泥棒がバレたみたいな気分。

後ろめたさがとことん不条理だ。


何なんですか剛守さん。もう少し、後輩への説明責任ってのをですね…

などと文句を言う気にもなれない。何と言うかそんな雰囲気じゃない。

だけど、少しくらい想像はできる。剛守さんとあの人に、何かしらの

因縁があるのは。それで剛守さんが彼に、いい感情を抱いてないのも、


剛守さんは、普段は寡黙で温厚だ。まさに頼れる先輩って感じである。

玉見さんも頼もしくはあるけれど、そっちはむしろ技術面の頼もしさ。

剛守さんの精神的な頼もしさとは、ちょっとニュアンスが違っている。


そんな剛守さんが、あれほど淡白で素っ気ない態度をとる高齢転生者。

「何かあった」のは確実だけれど、気安く訊いちゃいけない気がする。

その事は、ミナでさえ弁えていた。要するに空気を読めって事ですね。


とにかく、なかば逃げるようにして入口から外に出る。ああやれやれ、

少なからずホッとした。深呼吸を…


刹那。


バシッ!!


素早くあたしの前へと出たミナが、飛んできた何かを掴んでいた。

ハッと視線を向ける。それは石だ。それもけっこう大きめのやつだ。

これを、人に向けて投げるって…


その所見を待つまでもなく、ミナは掴んだ石をそのまま投げ返した。

完璧に同じ軌道で石が飛んでいく。おそらく投げた威力は段違いだ。

同じ軌道で投げ返したって事は…


「痛えっ!!」


やっぱり。

投げたと思しき人物の声が響いた。男性か。まあどっちでもいいけど。

その悲鳴を合図にしたかのように、パッと4~5人の人間が逃げ去る。

あたしはその姿を目で追っていた。追っかけようとは思わなかった。


「大丈夫ですか丑三ツさん?」

「ええ、見ての通り。ありがとね、ミナ。」

「まあ別に、これくらいはね」

『危なかったね』


心配してくれる剛守さんの傍らで、二人はけっこう淡白な反応だった。

まあ、ミナがいればこんな感じだ。大抵の問題は自分の力で突破する。

言ったら怒られるけど、男前だね。


あたしは、ゆっくり振り返った。

たった今出てきたこの家の正面に、古びたガラス窓がある。おそらく、

ミナが止めなければあの石はこれを割っていただろう。確信はある。


おそらくは、そっちが目的だろう。

あたしたちを狙ったわけじゃない。結果的に見るならば、来訪者である

あたしたちが予想外だったんだ。


同時に分かってしまった。

この石と、壁に残る文字の消し跡。どう見ても、嫌がらせをする対象は

あたしたちじゃなく勇者レオン。あの枯れ果てた老人に違いない。


素朴な疑問が湧く。



何でこの勇者、ここまでこの世界の人間から嫌われてるんだろ?

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