明日からまた笑顔で
「それじゃあ、また」
「またのご来店を!」
かなり遠慮がちなあたしの言葉に、皆が笑顔で応えてくれた。
拓美さんも。
タカネさんも。
トランさんも。
ネミルさんも。
ポーニーさんも。
ガンダルクちゃんも。
そして、ローナさんも。
すっかり長居してしまったお店を、名残惜しみながら後にした。
ホッと息をつき、リプネリスさんと並んで空を仰ぐ。
夕焼けの綺麗さは、どこの世界でも同じだった。
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「運転できるよね?」
「ええ、まあ一応は…」
ひと気のない、街外れの空き地。
その片隅にポツンと停められていたのは、妙に世界観とマッチしている
小さな車。あまりのも見覚えのあるスバルのてんとう虫。間違いなく、
社長の社用車だった。
「辻本さんの許可はもらってるよ」
「はあ」
そりゃそうだろう。いくら何でも、無断で持ち出すなんて論外も論外。
むしろ、どうやって持ってきたのか訊きたい。いや、訊くのが怖い。
もちろんあたしは免許は持ってる。だけどこの車は、次元跳躍のための
特殊な乗り物だったはずだ。それをペーパードライバーが運転しても、
元の世界に辿り着ける自信が…
「ナビはあたしがするから大丈夫」
見透かしたようにそう言い放って、リプネリスさんは愉快そうに笑う。
「とりあえずあなたは、まっすぐに安全運転してくれればいいよ」
「…了解です」
まあ、そのくらいなら何とかなる。
実際、時間をかけて帰りたい…とも思ってたし。
ささやかなドライブと割り切ろう。
うん。
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「いやあ、遅くなっちゃったね」
「そうですね」
妙に実感のこもるリプネリスさんの言葉に、機械的な返事を返す。
遅くなったと言われても、具体的にどのくらい経ったか実感できない。
今日だけで3つの世界を渡り歩いてきたわけだから、現地時間でさえも
シッチャカメッチャカになってる。時差ボケどころじゃないんですよ。
ずいぶん長く異世界にいた、という感覚だけはドンとあるんだけど。
「そう言えば帰り際、ローナに何かもらったんだよね?」
「ええ、もらったというかその…」
曖昧に答えつつ、あたしはスマホを取り出した。運転中にスマホなんて
言語道断だけど、今に限って言えば事故なんか起こりようがないから。
ひたすら何にもない道をまっすぐに走ってるだけだから。大目に見て。
「オススメの小説をダウンロードで入れてもらっただけです」
「あの世界でやる事かしらね」
「まったくもってそう思います」
即答。
どう考えてもあの世界観で、書籍の電子化ってのはオーパーツ過ぎる。
個人的に…もとい個「神」的にやるだけなら、ギリギリセーフかしら。
まあ、深く考えたら負けでしょう。そういう例はいくらでも知ってる。
「で、何の本?」
「児童文学みたいですね」
この歳で?とも正直思ったけれど、せっかくの恵神さまのオススメだ。
昔と違い、じっくり本を読む時間も取れる暮らしをしている。ならば、
ひとつ読んでみようと思った次第。
タイトルはええっと…
『三つ編みのホージー・ポーニー』ですか。主人公は女の子らしい。
…ん?ポーニーって確かさっき…
まあいいや。
とりあえず帰ってから帰ってから!
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……………
ほんの少しの間、会話が途切れた。
思えば、こんな長時間二人で行動を共にした事はなかった。かなり前に
一緒にゲームはしたけれど、あれはちょっと意味が違っていたし。
まあ、話すネタも尽きるかなと…
「丑三ツちゃん」
「はい?」
「今日は楽しかった?」
「とっても」
「それは良かった」
迷いない即答に、リプネリスさんは嬉しそうに笑った。…やっぱり、
あたしのためのお出かけだったって事なのかな。
「最近、根を詰めてたからねぇ」
「……そうかも知れませんね」
「あなたは真面目だから」
「……そうかも知れませんね」
茶化している雰囲気ではなかった。だから、あたしも正直に答えた。
何の事なのかは、すぐに判った。
ミナの世界をずっと探してる件だ。周りに心配をかけてる自覚はある。
ある意味、ずっと自分のワガママを押し通しているという自覚もある。
だけど、どうしてもあたしは…
「今日会った人たちも、何かしらのきっかけで異世界転生ってものに
翻弄された経験がある。もちろん、望んでじゃなくてね」
「…少しだけお聞きしました」
拓美さんが言っていた。
異世界転生してきた日本人と戦い、そして彼女を元の肉体に戻すために
苦労をしたんだと。その結果として今の自分が在るのだと。
トランさんもちょっと言っていた。
甥っ子の魂が異世界の転生者の魂と融合してしまい、大変な思いをして
送り返したんだと。
こんな仕事をしてると、忘れがちになるけれど。
異世界転移も転生も、人智を超えた現象だ。それを乗り越えられるのは
本当に一部の人間だけ。あたしは、その一部になれているのか怪しい。
能力だけ持ってて、中身が伴わない人間なんていくらでもいるだろう。
あたしは…
「異世界ってのは遠い。それはもうわざわざ言うまでもない当たり前。
他の国へ行くのとはわけが違う」
「そうですよね、確かに」
「確かに、今のミナちゃんの境遇を知れば何かすべきだと思うよね」
「………」
「だけど、気持ち的な責任まで負う必要はない。それも確かな事よ?」
返す言葉に窮した。
間違いなく心配してくれてるけど、そこを思い切れないからこそ今…
「あの人たちだけじゃない。みんな精一杯やってる。それは立派な事。
だけど、終わりの見えない目標ってモノに呑まれちゃダメだよ」
「終わりは、見えませんか」
「もちろん、正解を引き当てる日が来るかも知れない。だけどその時、
もしあなたという存在が壊れてたら何の意味もない。ただミナちゃんを
悲しませるだけ。彼女だけじゃなくみんなもね」
「………」
あたしは、唇を噛みしめていた。
限りなく無力な自分自身に対する、もう何度目かも分からない失望を、
胸に宿して。
だって、あたしは
「笑ってたでしょ?今日のみんな」
「え?」
「成し遂げようと道半ばだろうと、あんな風に笑う人は前を向ける。
ごく当たり前の日常にも難事にも、笑いながら臨めるって事なのよ」
「…今のあたしには、それが出来ていないって事ですか?」
「難しい顔をしてる事が多いもん、最近の丑三ツちゃんは」
そう言いながら、リプネリスさんはフッと寂しそうに笑った。
「お菓子を食べてた時みたいな顔、もっと見たいんだけどなあ」
「………」
こぼれる涙を、堪えられなかった。
ハンドルを握ったままで、あたしはボロボロと泣いていた。…何だか、
拓美さんみたいな泣き方だった。
笑えてないのか、今のあたしって。
ヨークさんみたいに。
クレオ君みたいに。
ノンドさんやエゴイさんみたいに。
ライゾさんみたいに。
拓美さんみたいに。
タカネさんみたいに。
トランさんみたいに。
ネミルさんみたいに。
ポーニーさんみたいに。
ガンダルクちゃんみたいに。
ローナさんみたいに。
意地になっている自覚は、最初からあった。これがあたしの責任だと、
ずっと自分に言い聞かせていた。
ミナと一緒に召喚されたから。
間違いなく、奇縁だと思ったから。
あの子が帰る場所を探したかった。
余計なお世話と言われたとしても、喜ぶ顔が見たかったんだ。
もう、うすうす気づいてはいた。
誘拐されたあのミナの世界に行った時に、感覚で分かってしまった。
無理なんじゃないかと。
何年探したって、あの子の世界まで辿り着く事はないんじゃないかと。
辿り着けない事よりも、諦める事が怖かった。
諦めたその後、あたしはミナの顔を見られなくなるんじゃないかと。
そんな自分勝手な事ばかり考えて。
きっとあたしは、壊れる一歩前まで来ていたのかも知れない。
だけど。
今日、いろんな人たちと会って。
彼らと話して。
彼らと笑い合って。
当たり前の事を思い出せた。
笑い合える事こそが大事なんだと。
ミナやあいちゃんと笑い合えれば、それだけでいいんじゃないのかと。
あたしは…
「…すみません、みっともなくて」
「いいよいいよ、泣けばいいよ」
鼻声のあたしに、リプネリスさんはどこまでも優しかった。
「その代わり、しっかり泣いた後でしっかり笑ってよ?」
「はい」
通り一遍の返答じゃない。
本当に、そうしようと思った。
いいじゃないか、もう。
完全にあきらめる必要はない。
けど、呑まれてしまう必要もない。
何より、笑顔でミナと向き合おう。
案外、答えは簡単だったんだ。
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「それじゃあ、帰りますか!」
「了解です!」
鼻声ながら、元気に答える。
そうだ。
明日から、またお仕事が待ってる。
読み応えのありそうな小説もある。
あしたから、笑って頑張ろう。
どこまでも真っすぐな道を、社長のスバルでひた走る。
いい休日でした!
「女神さまとの休日」から本話までのエピソードは、過去作
「骨身を惜しまず、挑め新世界!!」
「追放剣士とお気楽魔王~自由な奴らが世界を変える~」
「ようこそ神託カフェへ!!」
とのクロスオーバーになります。よろしければそちらもどうぞ。




