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お店に集う人たち

塩味を足したかったのかしら。


真面目にそう思うほど、拓美さんはボロボロに泣きつつパンを食べた。

悲しくて泣いてるんじゃないという事は、見ていてすぐに判った。

一緒に食べている隣のタカネさんの視線は、限りなく優しかった。


鈍いあたしにも、彼女の涙の意味はきちんと理解できますとも。



思い出の味だったんですね。


================================


「いやー、まさかこっちの世界で、ライゾさんのパンを食べる機会が

巡って来るとは思わなかった…」


どうやらパンは、完全にこの二人のお土産だったらしい。他の人たちは

ほんの小さなポンデケージョっぽいパンをもらっただけだ。最初から、

そういう話だったみたいね。


ご店主のトラン・マグポットさん。

奥さんのネミル・ステイニーさん。

お二人の娘のガンダルクちゃん。

そしてノートパソコンを駆使する、恵神ローナさん。

従業員のホージー・ポーニーさん。


ちなみに拓美さんとタカネさんは、別の街でレストランを経営してる。

呑み込むには大変な情報量だけど、この人が言うと妙な説得力がある。


何だろう、このお店。



さっきの街より、よっぽどカオス。


================================


「あたしとニアミスした?」


とりあえず、紅茶を入れてもらう。…いやはや、地元より美味しいな。

ようやく落ち着いて座ってちびちび啜りながら、あたしは心中の疑問を

拓美さんに投げかけてみた。ほんの数秒だったけれど、見間違いだとは

どうしても思えなかったから。

まあそうは言っても、見間違い以外あまり考えられない話だけど…


「ああ、それ多分三代目拓美ちゃんだと思うよ」

「へ?」


三代目?

…いや、あなたバルタン星人か何かですか?


思わず周りの顔色を窺う。だけど、皆さん平然と聞いてらっしゃる。

…え、あたしがマイノリティなの?リプネリスさんは半笑いだし。

「三代目…と言うと?」


「元々あたしは、ナノマシン制御のアバターボディで活動してたのよ」

「うぇあ?」


さらっととんでもない事を言われ、返事の言葉がバグってしまった。

何気に設定がバルタン星人を遥かに超えてる。


「んで、色々とやむを得ない事情があって自分を増やした。ええっと…

何人いたっけ。あたしで5人目か…違ったかな?」

「また増えてるかもね」


タカネさんの合いの手も軽いなぁ。…自己の存在が増える事に対して、

何でそこまで達観できるんだろう。あたしには真似できません。


「元々いたのは、このパン屋さんが存在する世界。他の世界がある事は

けっこう前から知ってたし、何なら異世界転移も経験してるよ。まあ、

別のあたしがだけど」

「そ、そうなんですね」


追いつけない。いやもう周回遅れと形容すべきだ。この人の軌跡って、

常人にはとても理解できない。いや待て。それだとここにいる人全員、

常人じゃないと言ってるも同然で…


「だからこそ、日本人に会えたのは嬉しいって事。ね、丑三つさん!」

「あっ、はい」


笑顔を向けられ、あたしはようやく気を取り直した。…忘れてたけど、

あたしは今日「招かれた」存在だ。この人が招いたんだという事実は、

嫌というほど実感した。要するに、恵神ローナさんがリプネリスさんに

頼んだのはこれだったって事ね。


うん、光栄です。

どうぞよろしく。



やっと、普通に笑えた気がする。


================================


それから、いろんな話をした。


拓美さんの話がぶっ飛んでるのは、もはや周知の事実である。だけど、

普通の喫茶店と思っていたこの店もけっこうぶっ飛んでいた。ご店主も

奥さんも、そこそこ常識を超越したゴタゴタを乗り越えてきたらしい。


ポーニーさんとローナさんの二人はあまり話さなかった。これは多分、

拓美さんへの気遣いなんだろうな。「日本人同士」というこの共感は、

紛れもなく唯一のものだろうから。だからあたしも、変に気を遣わずに

拓美さんやタカネさんと喋った。


タカネさんの出自は、もはや完全にあたしの理解の限界を超えていた。

物語設定としても盛り過ぎである。そうですかと丸呑みするしかない。

承知の上だというタカネさん自身の半笑いが、何だか可笑しかった。


リプネリスさんは、何にも言わずに笑って紅茶を堪能していた。

トランさんたちも、あれこれ細かい詮索はしなかった。…と言うより、

既に知っている感じだった。たぶんリプネリスさん、そこそここの店に

来た事あるんだろうな。でなきゃ、説明だけで日が暮れるだろうから。


今日は、貸切だったらしい。なら、変に遠慮する事もない。

遠い異世界の日本人と、ローカルな話で大いに盛り上がりましたとも。



いやあ、いい休日だなあホントに。


================================


「それじゃあ、これお土産ね」


談笑が一段落した時点で、あたしが持っていた袋からリプネリスさんが

取り出したもの。それはもちろん、アブスコーラ製菓のお菓子です。

見た感じ、作りたての時からあまり変わってない。後から聞いた話だと

女神パワーで維持してたんだとか。いやはや、やっぱり女神は凄いね。

…いや、凄いって事にしとこう。


「おお…すっげえなコレ」

「食べた事ない…」

「おいしいっ!」


ご店主一家は感激しきりだ。たぶん仕事柄の興味も湧くんだろうな。

そうでしょうそうでしょう。大いに参考にして下さい。偉そうだなあ、

何様だよ今のあたしって。


もちろん拓美さんもタカネさんも、そしてポーニーさんも絶賛でした。

ノンドさんとエゴイさんのお菓子は伊達じゃない。スイーツの魅力は、

世界をも超越するのだ。


だけど、ローナさんの反応だけ少し違っていた。いや絶賛だったけど。


「あ、これあの世界のお菓子ね」

「あの世界?」

「ほらアレよ、ずっと前にトランが飛ばされた世界」

「…まさかガンダルクの世界か?」

「そうそう、それ!」

「うっそぉ…」

「マジかよ…」


トランさんとネミルさん、とっても微妙な表情。え、何どうしたの?

あの世界に行った事あるんですか?


何だろう。

日頃あっちこっちの世界に行ってる身だけど、異世界に渡るというのが

非常にイレギュラーな行為って事は理解してる。今日リプネリスさんと

話した事で理解も深まったと思う。


だけどここの人たちの話を聞くと、自分の見識の浅さを実感するなぁ。

むしろ手段を持っている分、転移の持つ重さを実感できていないように

さえ思えてしまう。


まだまだ新人ですね、あたしも。



謙虚さを忘れないようにしよう。

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