年末じゃないけども
落ち着かない。実に落ち着かない。
と言っても別に、状況が悪いからというわけじゃない。…って言うか、
落ち着いてないのあたしだけだし。
さっきは、どうなるかと思った。
リプネリスさんからの質問を受けたご店主―ライゾ・リアーロウさんは
表情を険しくした。何か、マズい事言っちゃったのかと変な汗が出た。
だけど、その緊張はかなり呆気なく霧散した。直後にリプネリスさんが
放った、変なひと言によって。
「年越し蕎麦って、できます?」
「へあッ?」
オロオロしていたあたしは、思わず変な声を漏らしてしまった。いや、
あまりにも場違いが極まり過ぎてるひと言だったから。何言ってんだと
ツッコむべきなのかこれ!?
「ああ、はい。出来ますよ」
「えあッ?」
って、できるんかい!!
こんな異世界のパン屋さんで、何で年越し蕎麦なんか出せるんだよ!!
一から百までワケわからんわい!
「じゃ、そちらでお待ちください」
「どうもー」
って、座るんかい!座らすんかい!あたしだけ完全に置いてけぼりか!
さっきのアレは何だったんだよ!!
…いいや、もう。
ちょっとおなか空いてたし。
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イートインスペースでしばし待つ。やっぱり落ち着かないけど、お店は
いたって普通に営業してる。まあ、無駄に殺気立ってても仕方ないね。
出されたお茶を飲んで気長に…
日本茶ぁ!!
どうしてこんなお番茶出てくる!?ここホントに異世界ですか!?
「あっ」
そこで不意に思い当たった。
どうして今まで思い当たらなかったのだろう。そっちの方が不思議だ。
「リプネリスさん」
「ん?」
小声に力を込めて言った。
「あのご主人、元モエビトですね?日本から記憶を持って転生した…」
「いや違うよ」
「あへぇっ?」
自信たっぷりで言ったのに違うの?…いや、めっちゃ恥ずかしいやん!
「あの人はれっきとしたこの世界の住人。転生なんかしてないよ」
「あれっ…でもこんな日本的なお茶とか蕎麦とか、どうして?」
「ま、色々あったって事なのよ」
「えーー…」
それで納得しろって事か。悪いけど無理ですってば。大雑把過ぎると…
「お待ちどうさまでした」
ゴトッ!
目の前に置かれた器からの匂いが、あたしの安い疑問を消し飛ばした。
立ち昇る湯気。そして紛れもなく、振りネギ入りのかけ蕎麦ですね。
「熱いうちにどうぞ」
「あっ、はい」
って、お箸渡されたぁ!
…………
もういいです。
まずはいただきます!
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しょっちゅう異世界に出向いてる。
恐るべき現地料理を食べた事だって何度もある。もう開き直ってるし、
体のノーマライズをされているからお腹も壊さない。あとは度胸だけ。
そんな食事も、何度もしてきた。
だけど、この違和感は何だろうか。どう見ても中世ファンタジー系の
異世界なのに、そこのパン屋さんでそばを食べる。しかも美味しい。
アメリカ人がアレンジした寿司とかそんなんじゃない。これ間違いなく
日本人がきっちり監修してる味だ。だからこそご主人が元モエビトで、
転生した世界でこういう日本料理を披露してるんだと思ったのに…
あれこれ浮かぶ疑問は、しかしもうどうでもよくなっていた。だって、
美味しいしおなかも減ってたし。
さっきと同じだ。
何か疑問が湧いたとしても、それをその場で訊くのはあまり良くない。
異世界を渡り歩く身だからこその、引くべき一線を常に弁えろ。
今日までに、柳橋さんをはじめ皆に言われてきた事だ。忘れてないよ。
そう、それを野暮と言うんだとね。
野暮はよそうぜ、ウシミツさんよ。
とりあえず…
「ごちそうさまでした!」
これぞ万国共通のひと言だ!
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食後は、あらためてお買物ですね。
さっきのお菓子は自由に選んでいたけど、今回はそんな感じじゃない。
ってかリプネリスさん、メモらしき紙を見て注文してる。いや、まさか
そこまで本格的なお使いだったの?頼んだ相手はいったい誰ですか?
…とは言え、あたしもただボケっと待ってるわけじゃありません。
お使いの方はもうリプネリスさんに任せて、自由にパンを選びます。
案の定ご店主の娘さんだったあの子が、たどたどしくも勧めてくれる。
よーし、ここはおススメを全面的に信用してみようじゃないか。ね?
ちなみに、試食もできました。
さすがに日本のパンとは違うけど、そこらのコンビニよりずっと美味。
さすがの手作り…って感じですね。ただ正直、ひとつ前のお菓子ほどの
インパクトはなかった。個人的に、あっちがお使いの品と言われた方が
納得できる気がする。すみません、失礼な事ばっかり考えてて。
ともあれ、ショッピング終了です。
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「それじゃ、ごちそうさまでした」
「またのお越しを」
そんな言葉を交わし、あたしたちはそそくさと出口に向かう。気付けば
荷物が結構デッカくなってますね。しこたま買い込んだからなあ…。
もしやお菓子をお餞別にするかもと思ったけど、その気配はなかった。
まあ、今日初めて来たパン屋さんにそんなの渡すのは失礼だね確かに。
そのあたり、リプネリスさんは割と常識的だ。じゃあ行きましょう。
扉の取っ手に手をかけた刹那。
『…ぉおいジェラ!メルニィ!ほら早く!おなか空いた!』
扉越しに声が聞こえてきた。あれ、お客さんかしら?
カランカラン!!
「おうっ!」
いきなり扉がこっち向きに開いて、危うく吹っ飛ばされそうになった。
「あっ、ごめんなさい!」
「い、いえいえ。…それじゃあ」
謝る女性に曖昧に答えたあたしは、そそくさと外に出る。パッと見では
日本人っぽい、小柄な女性だった。リプネリスさんも後に続いて出る。
三人連れだったらしく、すぐ後から2人の女性が続く。こっちは普通に
異世界チックな人達だった。
『うぃーッスこんちは!!』
『こんちはー!』
『こんにちは』
『おばちゃんいらっしゃいっ!』
『おばちゃんはやめてっ!』
閉めた入口の向こうから、賑やかな声が聞こえてくる。おばちゃん?
って事は、ライゾさんの妹さんか。どの人だったんだろ…
「じゃ、行こうか丑三ツちゃん」
「はい」
答えたあたしは、頭を下げた。
「どうも、ごちそうさまでした」
「いえいえ。落ち着いたでしょ?」
「ええ。ほどほどに」
まさか年越し蕎麦とは思わなかったけど、いい感じに食べられました。
「次こそ本命ですか?」
「あ、何だったらもうちょっと寄り世界する?あたしは別にいいけど」
「いえいえ結構です!」
刺激的だけど、もう十分ですって。
んじゃ、お友達のところへGO!!
午後の街の喧騒と仰ぐ空の蒼さが、何だかとっても印象的だった。




