そんな世界でお土産を
前職のブラック企業を離脱した後、あたしはしばし遊び惚けていた。
映画もガンガン観に行ったし、食に関してもかなりぶっ壊れていた。
いわゆる「行列ができる有名店」にわざわざ出向き、長ぁい時間並んで
絶品グルメを堪能したりしていた。
何と言うか、生きる意味を取り戻すための時間だったように思う。
並んだなあ、あっちこっち行って。並んだ末に食べたものは……まあ、
並んだ価値があったりなかったり…といった感じでしたね、正直な話。
いい思い出です、本当に。
だけど今。
あたしは、引き返せない領域に足を突っ込んでしまったらしい。
都内の人気店と、異世界の宿場街。そもそもの人口密度が違ってます。
だから実際に並ぶ時間も短かった。わくわくしながら焼きたてを購入。
クレオ君が淹れてくれた、オジ湯という飲み物と一緒に頂きました。
意識が飛びました。
この世界にこんなおいしいお菓子が存在してたのか、と思いました。
…うん、分かってる。そもそもここ異世界だし。表現が変だって事は、
分かってる。だけどその…つまり…
ダメだ、言語化できない。ただただ無言で食べた。安いリアクションを
とる余裕もなかった。とにかく今、この味をカケラも逃したくなくて。
我に返った時は、リプネリスさんもヨークさんもクレオ君も半笑い。
ものも言わずに貪るあたしの姿は、限りなく純粋で面白かったらしい。
ええ、そうでしょうとも。
面白くてかまいません。心ゆくまで笑ってもらって結構です。今なら、
怒ったりしません。そんな気分じゃないですから。
貧しい語彙で、今の気分をどうにか表現するのであれば。
生まれて今日まで食べてきた中で、間違いなく一番おいしかったです。
これから死ぬまでにこれ以上の味に出会えなくても、かまいません。
余は満足じゃ。
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「いやー、久し振りにそういう顔を見れましたよ、ウシミツさん」
「お恥ずかしい限りです…」
縮こまったあたしに、ヨークさんは愉快そうな笑みを向けて言った。
「美味いものを美味いと思える心。綺麗なものを綺麗だと思える心。
そういうの大事ですよね。たとえ、自分がどんな境遇だとしても」
「……そうですね」
何だろう、言葉が心にしみた。
ごくごく普通の事を言われただけのはずなのに、やたら心にしみた。
この人の言葉には、意味だけでない何かの実感がこもっていた。
ひょっとして…
「…そういう価値観を同じくする、ご友人がいらっしゃるんですか?」
「いたんですよ、少し前までね」
そう言いつつ、ヨークさんは右手の薬指の指輪をチラッとかざした。
シンプルなデザインだけど、なぜか真っ黒。ちょっと変わった指輪だ。
「ありのままに生きろと、あたしに言ってくれた大切な友人なんです。
不器用な人だったけど、あたしへの思いは大切にしたいんでね」
「すてきなお話ですね」
そう答えた瞬間、不意に泣きそうになって慌てた。何であたしが!
「珍しいね、お姉ちゃんが初めての人にその友達の話をするのって」
「お、何だ妬いてんのかクレオ?」
「ちっ、違うってば!!」
ムキになるクレオ君。ああ、これは妬いてますねえ。間違いないねえ。
罪のないやり取りを前に、あたしもリプネリスさんも大いに笑う。
いきなりな来訪だったけど。
単にお土産買いに来ただけだけど。
とりあえず、来てよかった。
そう思える自分が、嬉しかった。
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完売のお菓子屋さんは、ゆっくりと飛び去って行った。子供たちが皆、
手を振って見送る。…何と言うか、昭和の風景って言葉が思い浮かぶ。
もちろんあたしは生まれてもいない時代ですが、そこは雰囲気よ。
「よおし大漁。んじゃ行こうか!」
満足そうなリプネリスさんの号令に頷き、ヨークさんたち二人に別れを
告げて広場を後にする。別れ際に、思わず「またいつか」と言ったよ。
また会いたいと思ったのは、決して社交辞令とかじゃなかったからね。
仕事じゃない異世界。
そこは大抵問題ばかりだったけど。
こんな世界なら大歓迎ですともよ。
ねえ、リプネリスさん?
「…そう思うよね、やっぱり」
「え?」
率直な感想を述べたあたしに対し、リプネリスさんは小さく笑いながら
遠い山並みに目を向ける。何だろ?
「ねえ、丑三ツちゃん」
「はい」
「SSランクの魔術師モードって、どこの世界に行っても強いでしょ」
「え?あ、そうですね。大抵これで何とかなると言いますか…」
実際これで何とかならなかったの、聖女戦くらいだったと思うし。
今もなお、このモードは強キャラと形容してもいいと実感してますよ。
「だけど、この世界じゃ並みだよ」
「えっ?…そうは思えませんね」
「今みたいに平和になる前だったら多分、厳しかっただろうね」
「へぇー…」
ちょっと実感がわかない。もちろん来て間もないし、新興の宿場街で
お菓子買っただけだし無理もない。あたしはこの世界を何も知らない。
だけどこのモードで十人並みって、相当な荒くれ世界じゃなかろうか。
平和になる前、とリプネリスさんは形容した。平和な世界じゃない。
そのまま解釈するなら、この世界は平和になった世界という事だろう。
正直、ちょっと興味はある。現在に至るまでに、何があったのかに。
だけど。
「お土産買えたし、行きましょう」
「そうね!」
あえて踏み込まなかったあたしに、リプネリスさんは笑って頷いた。
包みを入れたカバンを持ち直して、あたしも笑い返す。
そうだ。
あたしたちは特例中の特例の存在。様々な「世界」を渡り歩いている。
だからこそ知り得る事もある。
だからこそ見えるものもある。
だからこそ気付ける事もある。
そして。
だからこそ、気安く踏み込まない。
そこに生きている人たちにとって、世界はたったひとつだ。その事実を
忘れて、創作物と同じような感覚で世界を見てしまうのは絶対ダメだ。
もちろん創作に通じる部分は多い。いわゆるテンプレも実際に見た。
でもそこにあるのは虚構じゃない。唯一無二の世界そのものである。
気安く興味を持って概要を聞いて、分かったつもりになって済ませる。
その行為は異世界に対する冒涜だ。神になったつもりかって話である。
愉快なお菓子屋さんがある世界。
優しい人がいる世界。
あたしの認識なんて、それでいい。それで充分だと本気で思ってる。
「やっぱり分かってるね。さすがは我らが丑三ツちゃん!」
「自称TKKのホープですからね」
「ははは、確かに!」
愉快そうに笑い、リプネリスさんはあたしの持つカバンに目を向けた。
「あたしの知る限り、一番おいしいお菓子なのよ。納得でしょ?」
「もちろんです」
「知る限り」の重みが違うなあ。
納得も納得、大納得ですとも!
「それじゃあ、なるべく早く持っていきましょう」
「オッケー!」
同時に、魔法陣が足元に出現する。
さあ、んじゃ行きましょう!
最後に仰いだ空の蒼さが目に残る。限りなく澄み渡った空の色が。
どうもお邪魔しました!!




