待ち時間の出会い
キュイン!!
キュイン!!
「お!?…判断が早いね。さすがは丑三ツちゃん!」
「慣れてきましたから」
転移が終わると同時に、おなじみの魔術師モードに一瞬でお着替え。
このあたり、文字通り数をこなして慣れてきている…という感じです。
社用車での異世界転移は、とにかく時間がかかる。一方、今回のような
女神パワーの転移は一瞬だ。しかしどちらも、体感的に変わらないのが
独特の「違和感」である。なかなか言葉にするのは難しいけど、つまり
五感で感じ取る世界の「違い度数」みたいなものだ。ある程度高いと、
ほぼ間違いなく中世ファンタジー系世界に着く。ここでは大抵の場合、
魔術師ウシミツで通す事ができる。このスタイルの許容範囲は、現代の
スーツ姿とかよりも何百倍も広い。今回もそうだろうなという確信が、
着いた瞬間にもう持てていた。
で、かくいうリプネリスさんは…
「んじゃあたしも!」
キュイン!
案の定、スタンダードな冒険者姿。いやそれ、柳橋さんのとそっくり。
「あ、うん。同じブランドだから」
「ブランド?」
異世界転移の服装のブランド?
コスプレ専門店みたいなもの…か?
いいやもう。考えたら負けだ負け。
「んじゃ、行こう!」
号令一発。
晴天の下、未知の異世界への一歩を踏み出す。
いつもテンションが上がる瞬間だ。
うん、あたしもまだまだ若いよ。
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「それにしても…」
のどかな街道を並んで歩きながら、あたしは日頃思っている疑問を口に
出してみた。せっかくの機会だし。
「女神さまって、本当に異世界間を気軽に移動できるんですね。これ、
混乱とか起こらないんですか?」
「あー、やっぱりそう思うよね。」
空を仰ぎながら、リプネリスさんが気楽な口調で答える。
「確かにあたしみたいな女神なら、ほとんどの世界に無条件で行ける。
でも、それは身ひとつの場合だよ」
「え?って事は、今のあたしは…」
「あなたは…というか、あの会社の社員さんたちは特例も特例なのよ。
もう今さら隠す事でもないけれど、柳橋さんはあたしよりもっと高位の
女神。だからそこの融通が利くの。本来は人間どころか、微生物でさえ
転移には厳しい規制がかかるから」
「あー…なるほど分かります」
そこはやっぱり厳しいんだなぁ。
コロンブスの新大陸発見の際には、アメリカにヨーロッパ産の病原体が
大量に持ち込まれてしまい、想像を超える人数の先住民が亡くなった。
沖縄のマングースなど、こういった事例はひとつの世界でさえ繰り返し
起こっている。ましてや異世界ともなれば、影響は甚大なんだろう。
もちろん、見分けがつかないほどの並行世界なら特に問題は起きない。
医療水準も生息する生物もほとんど同じだろうし、対処だってできる。
だけどいわゆる中世ファンタジーの世界では、その考えは許されない。
魂だけで転生するのはいいとして、体ごと行くのは非常にリスキーだ。
「だからお宅の車には、そういった不安要素を最適化する機能がある。
滅菌したり体質変えたりするから、遠い異世界ほど時間がかかるのよ。
もちろんあたしが一緒に行く時は、そこらを一瞬で終わらせるけどね」
「なるほど…!」
ものすごく腑に落ちた。
その最適化プロセスこそが、いつも感じるあの違和感の正体って事ね。
いやあ、まだ知らない事多いなあ。
「じゃあ、例えばここの世界の人をどこかに連れ出すなんてのは…」
「もちろん不可。それこそその人がモエビトでもない限り、他の世界へ
連れ出す行為は絶対の禁忌だよ」
やっぱりそうなのか。…あたしも、ちょっと認識を改めないと。
あれ?じゃあここに来たのって…
「それじゃ、ここへは何をしに?」
「お土産を買いに」
「へ?」
いきなり矛盾してますやん!
「ダメじゃないんですかそれ!?」
「だから、厳しいのは生き物の話。そうじゃなければ割と緩いのよ!」
そう言いながら、リプネリスさんはニッとイタズラっぽく笑った。
「無限に世界が存在するんだから、ちょっとくらいそんなオーパーツが
紛れ込んだっていい。世界ってのは案外、その辺には大らかだからね」
「ええ―――……」
返す言葉に困るなあ、ホント。
本当にそんなアバウトでいいのか…
よそう。
これこそ釈迦に説法って言うんだ。半端な知識で物申すべきじゃない。
…いや、釈迦じゃなく女神だけど。
もういいや、そこは。
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街道らしき道を抜けると、明らかに新興住宅地と思しき一帯に出た。
予想通りの中世ファンタジー系世界だけど、建物が全体的に新しいのは
けっこう印象的だ。遠くを見ると、まだ建設中の建物もチラホラ。
「新しいベッドタウンですかね」
「いや、宿場街だよ」
「へえー…なるほど」
確かにあの街道からのお客さんが、それなりに見込めそうな場所だね。
「宿場街」と言われると時代劇的なビジュアルが浮かぶけど、もちろん
そんな和風じゃない。何と言うか、新鮮な驚きがありますね。こういう
ファンタジー世界にも、きっちりと社会があるんだなと再認識できて。
そして街往く人たちも様々だ。
って言うか、一目で人外と判る人も普通に歩いてる。かなり本格派だ、
この世界の異世界度は。やっぱり、魔術師ウシミツモードが正解だね。
「あ、そうそう」
「はい?」
「まあ無いと思うけど、もし名乗る機会があった時の注意事項ね」
「あ、はい。何でしょうか」
「「魔術師」じゃなくて「貴術師」にしといてね」
「…了解です」
何でだろうって疑問は当然のように湧くけど、今は別に訊ねずにおく。
そういう疑問は、この世界を離れた後で口にする。それが鉄則だ。
何だかんだ場数を踏んでますから、その辺は弁えておりますとも。
「よぉし、んじゃ行こうか!」
「はい!」
嬉しそうなリプネリスさんに頷き、あたしも笑う。
さーて、お土産って何だろう。
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「あの」
「うん?」
「何ですか、ここ?」
「役場の前の広場だよ」
「いや、それは判るんですけど」
あたしが訊きたいのは…
まあ、いいや。
それにしても、ちょっと変な光景。だだっ広い広場に、大勢の人たちが
集まって何かを待ってる。そして、広場の中央が大きく空けられてる。
何と言うか、ちょっと宗教的な気配さえ感じられる光景だった。
「…これ、何を待ってるんです?」
「待ってれば分かるよ」
「それはそう…ですよね、うん」
身も蓋もない正論に黙るしかない。おっしゃる通りですね本当に。
だけどこの場で、何を待ってるかが分かってない人間はあたしだけだ。
人間以外も含めて。これって意外と居心地悪い。せめてヒントでも…
と、その刹那。
「…あ、ヤバい小銭がない!」
「え!?…もう来るよ!どうすんのお姉ちゃん!」
「ちょ、ちょっと待ってて!」
少し離れた場所から、そんな会話が聞こえた。チラと視線を向けると、
「お姉ちゃん」らしき大柄な女性とモロに目が合ってしまった。ヤバ…
「ちょっとすみません!」
案の定、大柄女性は迷いない歩調でこっちに駆け寄ってきた。
「これ、両替ってできません!?」
「いや、あの…」
見た事もない金貨を差し出されて、あたしはしどろもどろになった。
ついさっき来たばかりの世界のお金の両替って、あたしにどうしろと…
「はあい、ありますよー」
と、あたしの隣のリプネリスさんがにこやかに助け船を出してくれた。
まるで手品のように、ジャラジャラ細かい銀貨を皮の袋から取り出す。
「ああっ助かります!」
言いながら、大柄女性はそそくさと両替を済ませた。そうこうする間に
相方の少年も近づいて来ていた。
「どうもすみません」
「いえいえ」
きちんとお礼を述べる少年に対し、やはりにこやかなリプネリスさん。
何とも平和なやり取りだった。
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「お見かけしない顔ですね」
そのままあたしたちの傍らに立つ形になった大柄さんが、あたしの顔を
見ながら言った。こんな場所だと、よそ者はすぐに判るんだろうな。
「ええ、初めて来ました」
「旅の貴術師さんとかですか?」
「ええまあ、そんなところです」
「初めてでここにいるって、何だか通ですね。どこかで聞いて?」
「ええっと…」
返す言葉に窮した。
そもそも何を待ってるのか知らない身で、答えられるはずもないのよ。
「あたしが誘ったんですよ」
またもやリプネリスさんの助け舟。
「以前、チョルサの街でここの噂を耳にしましてね」
「あらま、そんな遠くで噂に?」
「ヒマな身だし、一度来てみようと思った次第でして」
「それはそれは、ようこそ」
助け舟は実にありがたいんだけど、地味に情報が積み増されていくから
話に追いつけません。ここはもう、沈黙に徹して…
「お姉さん、貴術師なんですか」
「え?ええまあ、端くれだけどね」
少年に声をかけられ、曖昧に言葉を濁す。ボロが出ないように注意を…
「どうも初めまして。僕クレオっていいます。どうぞよろしく」
「えっ?あっ、はい。ええとその…ウシミツです。どうも初めまして」
今さらちょっと恥ずかしくなった。
名を名乗るという、当たり前すぎる手順をすっ飛ばしている自分が。
社会人何年目だよ!ブラック企業に勤めていた時間は何だったんだよ!
視線を向ければ、リプネリスさんも大柄さんもちょっと苦笑いだった。
「あはは、そうだったそうだった」
「お恥ずかしい」
どうやら二人とも、あたしと同じくちょっと恥ずかしくなったらしい。
負うた子に教えられ…というのは、まさにこれを言うんでしょうね。
「どうも、リプネリスと申します。仕事はまあ…冒険者ですね、うん」
「へえー、そうは見えませんね」
楽しそうに笑いながら、大柄さんはあたしたちの顔を見比べて言った。
「あたしはヨーク。ヨーク・ヨーと申します。ここで人足やってます」
人足?って事は、工事現場で働いているって事なのか。ちょっと意外。
…いや、そうでもないな。すっごくたくましい感じだし。
見上げるような人物だけど、決して威圧感はない。どっちかと言うと、
包容力のあるおかみさんチックだ。ものすごく背丈の違うクレオ君と、
並ぶと不思議とお似合いに見える。
見上げる笑顔が、少し眩しかった。




