開かれた扉、そして
いっぺん行ってみようぜ!
バカ言え。
金をゲットしたって連絡が来てから解放しろと言われてるだろうが。
勝手な事をして台無しになったら、それこそ責任取らされるぞ。
それは分かってるって。
解放しろって指示を無視するのは、さすがにヤバい。そりゃ当然だ。
だけど、ちょっと考えてみろよ。
何をだよ。
要は解放さえしなきゃいいんだろ?鍵は俺たちが預かってんだからよ。
途中で中の様子を見に行くくらい、別に構わねえだろうって話だよ。
誰も訪ねて来ねえ雑居ビルの部屋に監禁された、女子高生だぜ。
無傷で返せとは言われてねえだろ。ちょっとつまみ食いをするくらいの
役得は、あっていいんじゃねえか?
…本気で言ってのかよ、お前。
ダメか?お前も意外と…
ダメとは言わねえよ別に。ってか、なかなかソソる話じゃねえか。
確かに、役得と言っちまえばいい。
よおし。んじゃ行こうぜ。
ハハッ、俺らも堕ちたもんだな。
まあ、今さらだが。
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時間が経っている事だけは分かる。でも、どのくらい経ったかはもう、
感覚がマヒしていて分からない。
明かり取りから差す貧弱な陽光は、何ひとつとして教えてはくれない。
ここまで何も起こらないと、恐怖の感情すらも色あせてしまう。
お母さんたちはどうしてるのかな。警察は動いているのかな。
身代金を渡すとしても、もしそれが失敗したらどうなるんだろうな。
堂々巡りの想像は、悪い方向にさえ行き詰まってしまっていた。
このまま本当に何も起きなければ、水と食べ物が尽きてしまうだろう。
そうなったら、トイレの手洗いから水を得るしかない。それでも…
刹那。
カンカンカンカン…
閉ざされた扉の向こうから、階段を上がる足音がかすかに聞こえた。
耳を澄ませるほどもなく、その音はだんだんと大きくなって停止する。
疑いようもない、扉のすぐ前で。
聞こえた音から察するに、複数だ。それが今になってここに来た。
扉が開くまでの沈黙の中で、ずっと停滞していた思考がぐるぐる回る。
誰が来たのか。
警察だとすれば、もっと足早になるはずだ。という事は犯人の誰かか。
何をしに来たのか。
解放か、それとも殺害か。あるいはどこか別の場所への移動なのか。
扉は、すぐには開かなかった。
そのあまりに重苦しい待ち時間に、心の中の不安が増大していく。
何でもいい。とにかく覚悟させて。どっちつかずのままが何より怖い。
この停滞した世界から、あたしを…
『あ?』
『何だおま』
怪訝そうな声が扉越しに聞こえた、その直後。
ドォン!ドォン!
たて続けに響いた鈍い音が、周囲の空間を震わせた。天井から落ちる、
細かな埃がチラチラ光を反射する。
「…な、何?」
しぼり出した声が、かすれていた。
扉の向こうで何が起こったのかが、サッパリ分からなかった。
もしかして仲間割れでもしたのか。だとしても、今の衝撃はあまりに…
と、次の瞬間。
カチャン!
機械的な解錠音が響いた。そして、ゆっくりと扉がこちらに開かれる。
誰が現れるんだろうか。あたしは、何を求められるんだろうか。
犯人か警察か、家族か、それとも…
ギイィィィッ。
差し込んできたのはたぶん夕陽だ。それを背にした、逆光の人物は……
え。
誰?
…ファンタジーの魔術師?
「あの…」
「真浄寺ミナさん、よね?」
「あっ、はい」
「遅くなってゴメン。助けに来た」
「…………」
返す言葉が浮かばなかった。
ここに閉じ込められてからずっと、考える事しか出来ていなかった。
良くも悪くも、数え切れないほどの可能性を想像していたけれど。
現実は、そのどれとも違っていた。
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ドサッ!
乱暴に室内に投げ出された人物に、見覚えはもちろんなかった。ただ、
どちらも完全に昏倒していた。
「…誰ですか、この人たち?」
「主犯じゃない。たぶん闇バイト。あなたを解放する役目をはした金で
請け負ってたんでしょうね」
「え…じゃあ、身代金は」
「まあ、そこはあなたが今心配するところじゃないよ」
思わず詰問口調になったあたしに、「魔術師ウシミツ」と名乗る女性は
苦笑交じりに言った。…何となく、話題にしたくなさそうだった。
「主犯はもう叩きのめしてるから、誘拐事件そのものは終わってる」
「え?じゃあ…」
「後はこの場所まで警察を呼んで、あなたを保護してもらわないとね」
「警察、ですか…」
直接、この人に送ってもらえるわけではないらしい。なぜかと問う声を
あえて呑み込んだ。彼女の出で立ちを見れば、説明が難しいというのは
さすがに理解できたから。
「これ、ちょっと見て」
「はい?」
見せられたのは、メモ紙に書かれた電話番号だった。あ、これ確か…
「お母さんのスマホの番号よね?」
「そ、そうです!どうしてこれを」
「悪いけど、あなたのスマホの履歴から見せてもらった」
「あたしのスマホですか?それって今どこに!?」
「イギリスの日本大使館にあるよ」
「……」
返す言葉に詰まった。
なんでそんな場所にという疑問は、口にしたら負けな気がしていた。
やっぱりこの人、魔術師なのかな。
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「じゃあ撮るよー…はい!」
パシャ!
ぐったりと気絶してる姿を、彼女のスマホで撮影。それを母のスマホに
送るらしい。何だか悪趣味だけど、これが必要な措置なのは分かった。
ずっと気を失っていた態にすれば、どうやって助かったかという説明を
しなくても済む。雑だけど効果的な方法だと、あたしも納得していた。
「じゃ、ちょっと静かにしててね」
「はい」
「……あ、もしもし真浄寺さん?」
どうやら母のスマホが出たらしい。今さらながら心配になってきた。
「突然すみません。警察の方は誰かいます?…ああ、はい捜査一課の」
やっぱ警察が来てる。それにしてもこの人、動じないなあ。
「ミナさんを保護しました。ええ、気絶してますけど無事です。ええ。
あたし?通りすがりの魔術師です。…いや冗談じゃなくて。まあまあ、
落ち着いて。それでですね…」
動じないっていうか、マイペースが過ぎるんだなこの人。
「急いでお迎えをよこして下さい。場所は牛込3丁目5番の雑居ビルの
3階です。目印に牛のマグネットを付けときますからよろしく。じゃ」
「牛のマグネット?」
通話終了と同時に、あたしは思わず口にしていた。
「これこれ」
そう言って手品のように取り出したそれは、まぎれもなく牛の形をした
リアルなマグネットだった。いや、これを入口に付けておくんですか?
笑いを堪え切れなかった。
肩を震わせ笑うあたしに、魔術師のウシミツさんも笑みを浮かべる。
何だか、力が抜けちゃったなあ。
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「さて、後は警察待ちだけど…」
そう言いつつ、ウシミツさんがふと傍らの闇バイト二人に目を向ける。
「一人で待てる?」
「無理です」
「だよねえ」
即答に即答が返ってきた。
いくら落ちついたとは言っても、今ここで一人にされるのは絶対嫌だ!
「んじゃ、警察が来るまでいるよ」
「だけど、脱出は大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。いよいよって時は転移でパッとトンズラするから」
「転移……異世界ファンタジーって感じですね」
「分かる!?」
思わず口をついたあたしの言葉に、ウシミツさんがパッと食いついた。
「え、ええ…そういったジャンルもけっこう好きですし」
「ラノベとか読むの?」
「むしろ映画が好きです」
「なるほどねー」
何が琴線に触れたのか、嬉しそうに笑ってウシミツさんは腰を下ろす。
どうやら本当に、警察が来るまではここにいてくれるらしい。
「んじゃ、ひととおり説明するね。あたしがどこから何しに来たかを」
「え、いいんですか?」
「二度と来ないと思うから。それに人に話すような内容じゃないしね」
「…そうなんですね」
何となく背筋を伸ばした。
「二度と来ない」というひと言は、あたしにとって決して軽くはない。
命の恩人なんだとすれば、この話はきっちり聞いておかないと。
開けっ放しの扉から、階下の喧騒がかすかに聞こえてくる。
もうすぐ、日暮れだった。




