↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/81

不機嫌と不条理と

「年賀状のお年玉当選番号とか」

「あ?」

「もっと大きいのなら宝くじとか」


沈黙は短かった。

妙な格好をした女は、訳の分からん事をぼそぼそと呟き始めていた。

何なんだ、こいつは?


「何の話だ」

「数字がひとつだけ違うハズレは、かすりもしないハズレよりもずっと

精神的にキツイって話よ」

「………」


会話が成立しない。言ってる事は、確かにあるあるな話だと思う。が、

それと今の状況に何の関係がある。ただでさえ異様なこの状況に。


「…おい、やべえってこの女。」

「分かってる」


言われなくても、十分承知してる。この女はどこから見てもヤバい。

見てくれも言ってる事も、こっちの常識からかけ離れてる。その一方で

俺たちがやった事を把握してる。

いくらここが日本でないとしても、放っておくのは限りなく危険だ。

ざっと周囲を目で薙ぐ。大丈夫だ。人の目が全くない。だとすれば…


この場で仕留めてやる!


いったん殺意さえ抱いてしまえば、目の前の女は限りなく無力だった。

訳の分からん事を言っていようが、黙らせてしまえばそれで終わりだ。

ノコノコ現れた自分を恨めよ。


「あー、お前。何だ、その…」


適当な事を言いつつ、少しずつ距離を詰めようとした刹那。


「レーザードロップ」

「は?…ぎゃあッ!?」

「痛てぇぇぇぇぇッ!?」


いきなり、左足首に激痛が走った。真上から針でぶち抜かれたような、

鋭く熱い衝撃が抜き抜ける。同時に相方も絶叫し、俺と同様に倒れた。

何だ、何をしやがったコイツは!?


「てめえぇぇぇ!!何を」

「もういい、黙れ」


ドン!



俺の意識は、そこで途絶えた。


================================


ジリリリリリン!!


再び鳴り出した電話に、場の全員が身を固くする。やはり被害者少女の

スマホからだった。…という事は、残りの身代金の送付に関する話か…


「…私が出ます」


黒木の言葉に、両親は黙って頷く。

後手に回っているにもかかわらず、警察を信用してくれるその姿が今は

心苦しい。しかし今は、そんな事を言っている時ではなかった。


「…もしもし」


ゆっくりと電話に出た黒木は。

たっぷり十秒、何も言わなかった。その表情に、これまで以上の困惑が

色濃く浮かび上がる。周りの者は、彼の沈黙にじりじりしていた。


そして。


「…失礼ですが、お名前を聞かせて頂けますか…はい、はい。」


言いながら、黒木は傍らのメモ紙に素早く名前を書いた。それを傍らの

刑事に渡し、パソコンを指し示す。「検索しろ」という意味だと察し、

刑事は素早くブラウザを開いた。


体感的に長い、十数秒後。


「…鈴村樹…在英特命全権大使?」


誰もがその名前に困惑する。何だ、いったい黒木は、誰と話している?

場の者の困惑をスルーした黒木は、検索結果の画面をじっと確認した。

そしてあらためて電話に応対する。


「確認しました鈴村大使。それではお手数ですが、固定電話からここに

掛け直して頂けますか?……はい、どうもありがとうございます。では、

15分後という事で」


不可解な通話は、そこで終わった。待ちかねたように皆が声をかける。


「黒木警部!」

「何だったんですか今の電話!?」

「ってか、相手は犯人でしょ!?」

「何ですか在英大使って!?」


「落ち着け!!俺も含めてだ!!」


両手をかざした黒木が、そう言って大きく首を振る。どうやら彼にも、

事態は理解できていないらしい。


「とりあえず説明はするから」


そう言って椅子に座り直し、黒木は長い長いため息をつく。



困惑の空気が、わずかに弛緩した。


================================


「…どういう事です、それって?」

「俺に分かるわけがないだろ」


事情を説明した黒木は、部下からの当然の問いに素っ気なく答える。

少女の両親も、もはや心配や困惑を超えた先にある形容しがたい表情に

なってしまっていた。


電話の相手は、鈴村樹と名乗った。

ボイスチェンジャーを使っていない声で、しかもさっきまでと明らかに

違う人物だ。そして彼はイギリスに駐在する日本人大使だと名乗った。


何の冗談かと思った。

彼いわく、ついさっき大使館の庭に二人の男が転がっていたらしい。

どちらも日本人で、がんじがらめに縛り上げられていた。足首に小さな

傷痕も見受けられた。命には別状はなかったものの意識を失っている。

そしてその首にかけられていた袋の中に、スマホと手紙が入っていた。

日本語で書かれたその手書きの手紙には、信じ難い事が書かれていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――


突然失礼します。


この二人は、東京都内で誘拐事件を起こした犯人です。この国に逃れ、

あらためて身代金を海外に送らせるつもりで潜伏していました。


このスマートフォンは、誘拐された少女の私物です。発信履歴の先頭の

番号が彼女のお母さんの番号です。お手数ですが、かけてみて下さい。

おそらく刑事が出ると思います。


私はこれから、少女を助けに日本に向かいます。監禁されている場所は

分かりますので、お任せください。恐縮ですが、現場を担当する刑事と

警視庁に連絡してください。以後の二人の処遇については一任します。


面倒事を押し付けてすみません。

人の命に関わる事ですので。



それでは。


――――――――――――――――――――――――――――――――


一から十まで狂っている話だった。これのどこを信じろというのか。


しかし実のところ、問題のスマホを持っていた…という点は覆せない。

無関係な人間に押し付けた可能性も無くはない。が、あまりに乱暴だ。

調べればすぐ判る事であり、そんな雑な押し付けは絶対に成立しない。

と言うか、スマホを手放したいなら捨てればいいだけの話だろう。


そう考えれば、やはりその「二人」というのは犯人だとしか思えない。

何らかの方法で居場所を突き止め、まとめて叩きのめし、日本大使館に

ポイ捨てした。後は丸投げだ。


「誰が何のために…?」


答えなど出るはずのない、奇天烈な疑問だ。誰がやったんだこんな事?


こちらで事情説明するための時間をもらい、その間に大使には警視庁に

連絡をしてもらった。非常事態とは言え、国際問題にもなりかねない。

きちんと筋を通してもらわないと、後でどんな問題が生じるか…。


「…実行犯がその二人だとすれば、こっちはどうなるんでしょうか?」

「指示が途絶える事になるな…」


部下からの問いに答えつつ、黒木は苦々しい表情を浮かべる。


自警団か私立探偵か、何しろ独断で動いた誰かがいるってのは確かだ。

確証はまだないが、海外に逃亡した主犯格を捕らえたのかも知れない。

だが、それでは事件は解決しない。人質の奪還が最優先なのだから。


だとすれば、状況はまだまだ悪い。いや、悪化したとさえ考えられる。

妙な展開になったせいで、ここからどう事態が動くか見えなくなった。

とにかくその二人から話を訊くしかない。電話だろうと何だろうと、

主犯だと判明した時点で…


「ちょっと待って下さい」


そこで声を上げたのは、少女の父親だった。寝不足で目が赤い。


「これから助けに日本へ向かうと、手紙には書いてあったんですよね?

だとすれば、どのくらいの時間で」

「さすがにそれは方便でしょう」


食い気味にそう言った黒木の目が、テーブルの上のスマホを見据える。


「ご存知の通り、飛行機を使っても日本に来るには時間がかかります。

たとえ主犯格から話を聞いていたとしても…」


そこで、黒木の言葉は途絶えた。

途絶えた事に対し、誰もが不審には思わなかった。途絶えた理由が、

誰しも理解できていたからだった。


無理だと決めつけるのは簡単だ。

イギリスから日本まで、どのくらい時間がかかるかは想像に難くない。

どう考えても現実的な話ではない。


しかし。

もう今の時点で既に、現実的な話はかなり崩れてしまっているのだ。

得体の知れない何者かが、この事件を恐るべき力技で解決させようと

動いている。それだけは確実だ。


一体全体、何だと言うんだ。

黒木はあらためて、己という存在の無力さを噛みしめていた。

そして不本意ながらも願っていた。



でき得るのであれば、人質の少女を無事に見つけ出して欲しいと。



願わずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。