主人公にはなれない
映画を観るのが何より好きだ。
劇場に足を運ぶ事は、滅多にない。DVDを借りる派だ。時代遅れだと
よく笑われるけど、あたしはお店で借りるのが好きだ。棚の上の方で、
紫外線焼けで蒼く退色してしまった名も知らぬパッケージを手に取り、
とりあえずジャンルだけを確認して借りる。もちろん当たり外れある。
だけど、おすすめサイトを見ているだけでは出会えない作品も多い。
そうやってあたしは映画を楽しんできた。他愛もない趣味と言われれば
それまでだけど、かまわなかった。
ホームシアターで作品に浸りつつ、あたしは作品の主人公になり切る。
英雄だったりお姫様だったり、またとんでもない悪党だったりもする。
未来だったり古代だったり、時代も舞台も様々だ。それこそが映画だ。
特に好きなのは、ファンタジーだ。昔ならストップモーション、今なら
CGで描かれる魔法やモンスター。虚構だと知りつつも入り込める。
きっとあたしは、映画という虚構を楽しめる才能を持ってるんだろう。
いつかこんな冒険をしてみたい。
いつも他愛もない想像を膨らませるあたしは、確かに憧れていた。
映画の、いや、映画みたいな物語の主人公になってみたいと。
その夢は
こんな形で叶ってしまった。
SFでもファンタジーでもない。
クライムサスペンスと言うべきか。
それも、かなり救いのない展開の。
ここはどこだろう。
あたしは
生きて還れるのだろうか。
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明かり取りの窓は、あまりに高い。そして小さい。射す陽光も貧弱だ。
どう見ても届かない。仮に届いても通れないし、鉄柵まで見える。
入口のドアは固く閉ざされている。隙間さえも開けられない。おそらく
外から鎖か何かで施錠されている。体当たりしたけど肩を痛めただけ。
狭い室内には、小さな丸テーブルと椅子と古いマットレスがあるだけ。
テーブルの上にはペットボトル入りミネラルウォーターとスナック系の
お菓子の大袋と菓子パンがそれぞれ5つずつ。パンは1つだけ食べた。
水は、喉を湿らすだけにしている。次に補充される保障がないから。
ここに来てもう2日が経っている。誰も来ないし、スマホもない。
部屋の奥には、トイレがある。
水も流れるのはせめてもの救いだ。だけど裏を返せば、それだけ長期間
ここにいる事を強いられる可能性が高いって推測が成り立つ。もちろん
トイレからの脱出も不可能だった。換気扇が小さ過ぎて話にならない。
あまりにも周到に容易されている。このあたり、映画と決定的に違う。
あたしは、ここから出られない。
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いつも通りの帰り道だった。
家まであと少し…というところで、路肩に停まるワゴン車を目にした。
これが映画なら…と、そんな妄想が一瞬だけ頭をよぎったのは事実だ。
次の瞬間、それは現実になった。
あたしは、出てきた2人の男の手であっという間に車に連れ込まれた。
薬品をかがされたところで、記憶が途絶えた。これも映画みたいだと、
馬鹿げた事を最後に考えていた。
次に気付いた時、既にここにいた。腕時計もスマホも奪われていた。
だから、ここに来るまでの間に何日経ったかは、知りようがなかった。
ケガはしていなかった。乱暴された痕跡もない。それが救いだった。
こんな事が自分に起こったのかと、ちょっと興奮したのを思い出す。
丸一日も経過した頃には、底の浅い興奮も完全に萎え切っていた。
状況が分からず、そして進まない。どこからどう見ても誘拐事件なのに
当事者が完全に蚊帳の外。わずかな打開策を探る事さえもできない。
怖れよりも疲れよりも、これまでの自分に対する嫌悪感に苛まれた。
映画みたいな出来事の主役?
こんな状況を望んでたっていうの?
なったらなったで、完全なる無力。脱出の糸口さえ何も見いだせない。
知恵と勇気で打開する主人公なんて夢のまた夢。本当に何も出来ない。
主人公なんかじゃない。
あたしはただの、犠牲者Aだ。
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「黒木先輩、これって…!?」
「くそっ、やられた!!」
画面を見ながら、思わずうめいた。
女子高生誘拐事件。
無茶な事件だと思ったが、どうやらあまり利口な犯人ではないらしい。
脅迫電話の口調もバカっぽかった。言ってる事もかなり頭が悪かった。
娘を誘拐した。
身代金として1億円を用意しろ。
被害者の父親は大きな会社の社長。そのくらいは出せる。本人としても
娘を取り返せるなら…という温度ですぐ金を用意した。しかしこれなら
人質救出と犯人逮捕を同時に成せる算段も立てられた。何しろ相手は、
考えの足りない刹那的な犯罪者だ。どうとでも裏をかけると考えた。
思った通り、いや思っていた以上に金の引き渡し方法はずさんだった。
『指定した銀行口座に入金しろ』
マジかこいつと、耳を疑った。
個人口座にそんな大金を入金したとして、一日に引き出せる限度額を
知らないのか。せいぜい50万だ。非常事態だから入金は銀行に頼んで
どうにかするものの、振込み口座が分かった時点でやりようはある。
向こうに引出し限度額の設定解除が出来るはずもない。そしていずれ、
どこの口座かは明らかにされる。
馬鹿だコイツと、心の中で嘲った。俺だけでなく、担当した捜査員全員
そういう感情を抱いていたはずだ。能天気に連絡してきた時が最後だと
誰もが思っていた。
甘かった。
口座を指定する電話があったのは、夜の11時55分だった。
金融機関だけ指定されていたから、身代金の入金は問題なく行われた。
人質の保護はもちろん優先するが、口座から犯人の特定も迅速に行う。
全員が、そう意気込んだ刹那。
「…限度額が引き出されました!」
「何だと!?どこのATMだ!?」
「和泉国際空港のコンビニです!」
「空港だと?」
「…あっ、もう一回!」
「は!?」
気付けば、0時を回っていた。
限度額50万が2回引き出された。つまり100万円の現金が、犯人の
手に渡ったという事になる。いや、1億の中のたった100万だと…?
しかもどうして、空港なんかで…
「…まさか、深夜便で海外に?」
「高跳びするってのか!?」
そんなバカな。
たった100万を手に入れただけで満足して、そのまま海外に逃げる?
まさか娘を連れて行く気か?いや、そんな事は絶対に不可能だ。大体、
荷物のチェックはどこの空港でも…
ピロン!
と、そこでメールが届いた。
初めてのアドレスだ。状況から見て犯人からなのは間違いない。
【お金は100万だけ頂きました】
そんな件名のメールだった。
【娘さんは都内に監禁しています。私たちは海外に向かいます。残りの
お金に関しましては、お手数ですが手元に戻して下さい。すでに口座は
警察が差押さえたと思いますので、それほど手間ではないと思います。
残りの受け取り方に関しましては、追ってまた連絡いたしますので】
「…ふざけやがって…!!」
このタイミングで高跳びだと?
「深夜便はいくつあるんだ!」
「今夜は10便あります!もう既に飛び立ったのが3便…」
「くそっ!!」
今からでは間に合わない。
現金100万円なんて、金持ちなら旅行先で普通に使うだろう金額だ。
怪しまれる事もなく、搭乗できたに違いない。それを当座の活動資金に
して、今度は海外に金を送らせる。人質の管理はおそらく、闇バイトで
雇った連中にやらせる気だ。
こんな方法で、俺たち警察の捜査の手が届かない場所に逃げやがった。
明らかにバカっぽい言動は、これを悟らせないための演技だったのか。
「どこへ逃げやがったんだ…」
「絞り込む方法がありません!」
かすれた声が室内に響く。
国際指名手配など、たかが100万ぽっちの窃盗で出来るはずもない。
もちろん誘拐という事実もあるが、それでも手配までに時間がかかる。
そもそもまだ身元も割れていない。どうやって手配するって言うんだ。
もう、既に3日目だ。そんな悠長な事をやっている時間はない。
…くそったれが!




