食べて笑って前を向け
今になってようやく分かった。
あれほどまでに、ミナさんが焼肉に執着していた理由が。
そりゃあ、牛がいいに決まってる。食べてこそ分かるそのこだわりよ。
白いご飯があればもう完璧ですね。
そんなわけで。
青空の下での焼肉パーティーだ!
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「やっぱり牛だったねアレは」
「そこまで似てるんですか」
「本物と比べてちょっとだけ固いと思うけど、まあ誤差の範囲内よ」
「なるほど。というかコレ…」
言いながら、あたしは冷蔵庫の扉に上半身を突っ込む。その姿勢のまま
掴み取ったのは、塩の容器だった。
「塩だけでも美味しそうですね」
「おお、分かってらしゃるねぇ」
上半身を戻したあたしのひと言に、ミナさんがニッと笑う。どうやら、
これも焼肉の定番だったらしい。
「よぉし、じゃとっておきの部位を焼きましょうかね」
「とっておき?どこですか?」
「ミノタウロスのミノ」
「え?」
何かの言葉遊び?
「第一胃の事よ。…まあ、一も二もなかったんだけどさ。とりあえず、
こういうのは雰囲気よね」
「つまり胃ですか、これ」
「そうそう。…やっぱ抵抗ある?」
「あると思いますか」
「全然」
「早く焼きましょう!」
ああ、変なテンションになってるなあたし。もちろんミナさんも同様。
いいじゃないか、こんな時くらい。部屋の中で鬱屈してるよりずっと、
生きてるって感じがしますものね。
せっかくなら、元気な姿が見たい。
専属だからってだけじゃない。
あたしはそういうミナさんの方が、ずっと好きだから。
空はどこまでも高く、蒼かった。
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こんなにどうするんだと思っていた肉は、あっという間に平らげた。
我ながらどこに入ったんだろうなと思うけど、満腹ってそんなもんだ。
…久しく、満腹になるまで食べたという記憶がなかったけど。
「いやー堪能したよ」
実にだらしない座り方のミナさんがそう言って、お腹をさすっている。
聖女のイメージが…なんて苦言は、もはや今さらって感じの幻ですね。
闇夜の魔女が討伐されて以降、誰もこの人に聖女としての何かを求める
気配がない。ただの腫れもの扱い。だからこそ、もう知るかって思いは
充分に理解できる。できるからこそあたしは、専属を続けてるんだ。
大変な事も多いけど。
それでもこの人と一緒にいる限り、あたしは退屈って言葉とは無縁だ。
少なくともその苦労に見合うだけの経験は出来ている。それこそこの、
狂気じみた焼肉とかね。
あー、お茶淹れないとなあ。
メイドの仕事だメイドの仕事!
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「ところでさ」
ようやく入れた紅茶を啜りながら、ミナさんがあたしに言った。
「重い冷蔵庫のドアを振り回してたけど、そんなに力持ちだったの?
そうだったとしたら、何で今日までずっと隠してたの?ひょっとして、
戦うのが嫌だったからとか?」
「いえいえ、とんでもない!!」
あたしは慌てて手を振り即答する。ってか、そんな器用じゃないです。
これが他の人相手ならいざ知らず、ミナさんに隠す意味が何にもない。
どっちみち負けるんだから。
「帰る段階まで知りませんでした。それに、無我夢中だったから」
「まあアドレナリンは出てただろうと思うけど、それにしたってねえ」
アドレナリンが何なのかはもちろん知らないけど、言いたい事は判る。
要するに、非常時の馬鹿力としても度を超えてるって事だろう。
だけど実際、あたしには何ひとつとして心当たりがない。もしかして、
代々そういう特別な力を受け継いでいたとか…?
「帰路まで覚えがなかったんなら、直前に何かあったのかもね。つまり
レベルアップのきっかけが」
「レベルアップと言われましても」
そもそも戦いなんて無縁のメイドにそんな事言われても、心当たりなど
あるはずもない。あの短い期間に、そんな特殊な経験なんて何にも…
………
ふと、視界に入ったもの。
それはほぼ無くなった焼肉のたれの瓶と、塩の容器。そしてお皿と…
「あっ」
「あ!」
期せずして、上げた声が被った。
同時に同じ事に思い当たったという確信が、心の中にあった。
そうだ。
実に簡単な事を見落としてたんだ。
特別でも何でもない事だったけど、それは傍から見れば十分過ぎるほど
非常識な行為だった。
そう、ミノタウロスの肉の試食だ。
すっかり忘れてたぁ!
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あの時食べたのは、ほんの二切れ。まさにちょっとだけの試食だった。
あの摂取量で、あれほどのパワーが出せると言うなら。
たらふく食べた今のあたしは一体、どんな存在になってしまったと…
「はいよ」
「えっ!?」
唐突に何かを投げ渡され、あたしはあわててそれを掴み取った。一瞬、
何なのか判らなかった。とりあえず固く冷たい。恐る恐る見てみると、
そこらに転がっている石だった。
「…えと、これは」
「握ってみて。力を込めてね」
「それ」
バキィン!!
何か言う前に、軽く力を入れた手の中で石が砕けた。…え、あの程度で
こんな簡単に砕けちゃうのこの石?って言うか、あたしの力って…
「ま、あんだけ食べりゃあね」
「ええー…」
身もフタもない事をあっさりと口にされ、あたしは思わず空を仰いだ。
あの二切れであれだけの力が出せた事を鑑みれば、確かに今この場で
バカ食いした量は…
何だろう。
怖がったり泣いたりする前に、妙に笑えてきた。後悔の念が、まったく
湧いてこない。声出して笑い始めたあたしを見て、ミナさんも笑う。
そうだ。
確かにとんでもない事した。結果、おそらくとんでもない事になった。
だけど少なくとも、やった事の結果だとすれば悔いる気にはならない。
モンスター肉食べてパワーアップ。だから何だってんだ。
だって、楽しかったし。
そして美味しかったし。
力が強くなったというなら、それでまた牛肉を獲りに行けばいい。
ねえ、ミナさん?
「いやはや、そういう考え方は実にあたし好みだなぁ、うん」
嬉しそうに笑ったミナさんが、あのコケに埋もれた壁面を指し示した。
「あれ、何て書いてあると思う?」
「もしかして、地名とか?」
「そう。」
「それって、どんな…」
「牛込」
「ウシゴメ?」
牛と米?
それって…
うん。
心ゆくまで、二人で笑いました。
焼肉、ごちそうさまでした!
明日も晴れるといいなあ。
ねえ、ミナさん!




