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ジレンマが多過ぎる

いったん整理する。


現在、あたしたちはダンジョン内の広場近くにいる。それほど深部では

ないものの、地上までは割と遠い。歩いて来たからそれは実感できる。


現時点では「ここにいないはずの」ミノタウロスはもう出ないだろう。

やや希望的展望だとは思うものの、さらに奥に向かうわけではないから

ほぼ確実だ。帰り道だもんね。


ミナさんが雑に放置した肉の残骸に群がるのは、小型から中型クラスの

魔物たちだ。個々の脅威はそれほど大した事ないけど、何せ数が多い。

ご馳走を前に殺気立っているから、来た時と比べても危険になってる。

…多分に自業自得な面があるけど、それはもう仕方ないですよね。


「仕方ないと思ってんなら、そんなはっきり言わなくていいじゃん」

「確認です確認」


不満気に口を尖らせるミナさんは、何となく可愛い。言ってる場合じゃ

ないけど、あんまり深刻になっても仕方ないもんね。


さて。


あたしたちはと言えば、とりあえず逃げ帰る方法自体はある。そもそも

ミナさんの戦闘能力は圧倒的だし、外の有象無象などは敵じゃないし。

蹴散らしながら地上を目指すのは、決して不可能ではないだろう。


しかし、持ち帰るべきお肉が無事という保証はない。戦っている最中に

奪われる可能性も高いし、あるいは運んでるあたしごと連れ去られる…

なんて展開もあり得る。とにかく、持ち帰る荷物として危険過ぎる。


ミナさんは高速飛行もできるから、それで一気に突っ切って帰るという

方法も選択肢にある。だけどこれは本人が無理だと断言した。理由は、

やっぱり閉鎖空間であるダンジョンの中での飛行は危険過ぎるからって

事らしい。だよね。天井が高いとは言っても、ここは薄暗い洞窟の中。

どっかにぶつかったりすれば、本人は平気でもあたしとお肉はまとめて

仲良く挽き肉になってしまう。


これが現在の状況だ。


どうしましょうか?


================================


「やっぱ、ネックになるのは荷物。そこを何とかしないとなぁ」

「ですよねえ」


荷物は、大きなお肉の塊と最低限の調理器具。どうにかしてこれらを、

地上まで運び出すのがポイントだ。馬鹿みたいだけど、それが最重要。


あたしが運ぶのが当然だろうけど、多分そうすると集中的に狙われる。

手ぶらのミナさんは戦いに専念する事ができる。けどそれでもあたしと

お肉を守り切れるって保証はない。


じゃあ、ミナさんがお肉を運ぶのはどうだろうか。それであれば無事に

運び出せる可能性はぐんと上がる。しかし当然、戦いに支障が出て…


……ちょっと待って。

それで一気に出口まで逃げ切れば、目的は果たせるって事になる。

つまり、あたしを置き去りに…


ごん!


「あいた」

「何バカ言ってんのよ」


思ったまま口にしたら殴られた。


「人ひとり死なせて食べる焼肉が、美味しいわけないでしょうが」

「ですよね」


殴られたせいでちょっと涙目。

いや違うかな。どっちでもいいや。


とにかく、たとえどっちが運んでも高いリスクがあるのは間違いない。

だったらもっと違う方法を…


「あ」

「どうしたの?」

「ええっとですね」



ここに至って、不意に思いついた。


================================


「ここに置いていく?」

「そうです」


怪訝そうな表情のミナさんに答え、あたしはキッチンを見回した。


「このキッチンは、ドアさえあればどこででも開きますよね。だったら

お肉もお米も調理器具も置いたまま外に出て、身ひとつで脱出します。

で、あらためて地上にあるどこかのドアから入って回収するんですよ」

「あーなるほど、そういう事ね」


理解したミナさんの表情も、パッと明るくなった。


「いったん出てしまえばこのドアの空間接続は切れるから、侵入される

心配もない。で、脱出に専念すればどうにでもなると………」

………


あれ。

何だろ、この沈黙は?


「あの、どうかしました?」

「いや、名案だとは思うけどさ」


言いながら、ミナさんはドアに目を向けて表情を曇らせる。え、何?


「首尾よく脱出を果たしたとして、どこのドアから入ればいいと思う?

つまり、地上に帰った後でよ」

「え?それは適当に…」


いやちょっと待て。

適当に選んで…と言いかけたけど、その選択は言うほど簡単じゃない。


街中でやるのは問題外だ。そもそも異常な行為なのに、ミノタウロスの

生肉なんか出したら大騒ぎになる。もはや焼肉どころじゃないだろう。

下手をすれば、ダンジョンに対する認識が変わってしまいかねない。

じゃあ、屋敷まで戻ってから出せばいいのだろうか。…それも怪しい。

どこのドアを使おうが、誰かしらに目撃される可能性は捨て切れない。

あたしが外出のお供をした事自体は別に問題じゃないけど、やった事が

バレたらそれなりに大騒ぎになる。下手するとクビになりかねない。


そもそも、そういった場所でお肉を出したとして、その後はどうする?

いくら何でも、それから焼く場所を探してウロウロしてたら肉が傷む。

悪目立ちする危険性もかなり高い。だったらもう、外に出さずこのまま

キッチンの中で食べれば…


「いや、それを本末転倒と言う」

「ですよね、はい」


おっしゃる通りですね。

外に出さずに食べるなら、今ここで食べるのと何にも変わらない。

はっきり言って、やる意味がない。


ダメだ。

どう考えても行き詰まる。

そもそもミノタウロスの肉を焼いて食べるという発想自体、無理が…

さすがにあきらめかけた刹那。


「あ、ちょい待ち」


不意にミナさんが声を上げた。


「はい?」

「あれ使えるかも」

「…冷蔵庫ですか?」

「そう」


答えながら彼女が指し示したのは、銀色の大きな据え付け冷蔵庫だ。

初めて開けた時は、内部の冷たさに驚愕した。氷の魔術か何かですかと

訊いたけど、笑って流された。まあ説明できる系のものではないという

事なんだろうと、理解は諦めた。


確かにあそこに入れておけば、割と長期に渡って保存できるだろう。

だけど保存できたとしても、根本の問題は何ひとつとして解決しない。

ここのキッチンに置いておく以上、どこかのドアから回収しない事には

話が進まないわけで…


「いいからいいから、任せてよ」


あたしの述べた懸念をさっと流し、ミナさんはニッと笑ってみせる。

明らかに、何かしら勝算を得た時の顔だ。それはこれまでの付き合いで

確信を得ている。

悪そうな感じが聖女らしくないと、そんな風にも思ってしまう笑い方。


何だか、いけそうですね。



期待しちゃおう!

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