ダンジョンにて
パァン!
パァン!
ドオォン!
耳が慣れるまでにかなりかかった。
どこのダンジョンにでも生息すると言われるスライムを、ミナさんが
片っ端から火球魔法で粉砕している音だ。威力はさほど大した事ないと
言ってるけど、とにかく迷宮内では着弾音が響く。無駄に迫力に満ちた
その音が、臓腑を震わせる。いや、あたしは一体、何やってんだろう?
「ほらジェス!離れちゃダメよ!」
「あっ、はい!」
いつの間にかちょっと遅れていた。慌ててミナさんの背後に駆け寄る。
「あたしは、防壁なんて気の利いた小細工は出来ないからね!」
「承知です」
この人、攻撃系の術と格闘戦ならば誰にも負けない実力者なんだけど、
意外とそれ以外できる事が少ない。だからこんな場所に同行した場合、
近くにいないと守ってもらえない。この雑さが何とも聖女らしいと…
「何か不思議よね」
「うぉっと!…はい?」
唐突に立ち止まったミナさんの背にぶつかりそうになりつつ、あたしは
彼女の見てる方向に視線を向ける。一撃を喰らった中型のスライムが、
くずぐずと蒸発するところだった。…臭わないのがせめてもの救いだ。
「何が不思議なんですか」
「あたしはたまたま焼き殺してる。けど、こいつ剣で倒せるんだよね」
「そう聞いてますけど?」
「こんな不定形の生き物が、なんで刃物で切られた程度で死ぬかなあ。
もしこれがプラナリアとかだったら切った数だけ増えるだろうに」
「プラナリア?魔物ですか?」
「いや普通の生き物」
「………」
返す言葉に困る。
たぶんプラナリアというのは元いた世界にいる生き物なんだろうけど、
ダンジョンのスライムより生命力が強いというのはどうなんだろうか。
確かにあらためて言われてみれば、スライムが剣で死ぬの不思議だね。
どういう構造なんだろうか。
「キイィィッ!!」
などと考えていたら、それまでとは違う甲高い叫び声が頭上から響く。
ゴブリンだ。暗闇の中で目玉が光を放っているのが見える。数は…
ダダダダダダダン!
数える間もなく、全部吹っ飛んだ。よく見えないけど多分、壁の染みに
なっちゃったんだろうな。
「目が光ってたら格好の的じゃん。何でわざわざ光らすかなぁ」
「まあ、雰囲気重視でしょうね」
「そんなもんかね」
衝撃弾で全て叩き潰したミナさんに対し、何となく適当な言葉を返す。
…何と言うかあたし、いい意味でも悪い意味でも場に馴染んできてる。
いや、マヒしてきてるのかも…
まあ、いいや。
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それにしても、どこまで行く気か。どんどん奥へ向かう迷いのない背に
さすがに質問を投げた。あえて今に至るまで口にしなかった疑問を。
「あの、何を探してるんですか?」
「こんな場所にいるはずのない奴」
「はぇ?」
思わず変な声が出た。
いや、さすがに聞き流せませんて。
「ここにいるはずのないものを何でウロウロ探してるんですか!?」
「いるはずがないだけだから」
「いやいや、矛盾してますってば!いる場所知らないんですか!?」
「ん、じゃちょっと休憩しようか」
「えあ…あの…はい」
思わず興奮していたあたしは、その言葉に我に返った。見回してみれば
確かに広場っぽい場所に来ている。魔物の姿もないし、小休止するには
いいかも知れない。
「ふー、けっこう来たね」
「そうですね」
水筒の水を分け合って飲みながら、他愛もない言葉を交わす。
ここまで来てしまうと、何時頃かがもはやサッパリ分からない。まあ、
気にする事はない。あたしの仕事は聖女のお世話なんだから、今だって
ちゃんと仕事中って事だ。お給料ももらいますともさ。今気づいたけど
けっこう足も疲れてるし。
しばしの休息の最中。
「ねえジェス」
「はい?」
「あり得ないってどういう意味だと思う?」
「え?そりゃあ…」
何だろうか、この質問は。
「可能性すらもないって事では?」
「おお、ばっちりな回答だねうん。さすがは異世界だわぁ」
「…光栄です」
どう言ったらいいんだろうか。
こんな当たり前の質問で、いったい何が分かるというんだろうか?
「あたしのいた世界では、とにかく人は事あるごとにあり得ないという
表現を使ってた。あり得ない光景、あり得ない出来事。そういう形容、
個人的に嫌いだったんだよね」
「あり得ない出来事って何ですか?そもそも起こらないでしょそれ?」
「ここで言うあり得ないってのは、ただ単に「凄い」ってだけの意味」
「明らかに使い方が変ですね」
「だよねえ」
頷いたミナさんは、足をぱたぱたと動かした。
「あり得ないなんて言い切れる事、そうそう世の中にあるわけがない。
「信じられない」とかそういう表現なら、おかしくも何ともないのに。
どうしてあんな傲慢な言い回しが、当たり前になってたんだろうなあ」
「………」
何と答えていいかを迷うのは、もう何度目になるだろうか。やっぱり、
異世界から来た人の感覚というのはいちいち理解が難しい。とは言え、
確かに「あり得ない」なんて言葉を気安く使うのは傲慢だと思うなあ。
しかし、根本的な疑問がある。
今の状況に、何か関係あるのかな?
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「いるはずのないもの。これって、いい表現よね」
しばしの沈黙ののち。
ミナさんは、そう言いつつ笑った。どうやら、何かを察知した表情だ。
「あり得ないとは違って、これまで見なかったって言ってるだけだし。
可能性表現としては妥当でしょ?」
「それはまあ、そうですけど…」
ん?
何だこの地響きみたいなのは。
向かう先からだんだん近づいて…
その刹那。
「ゴォォォォォォォォォ!!」
唐突に轟いた雄叫びが、さっきまでとは比較にならないほど臓腑に重く
響き渡った。思わず耳を塞ぐ。と、闇の中から巨大な影が現れた。
巨大な対のツノと隆々とした体躯。前に何かの本でだけ見た覚えがある
強大な魔物だ。ええと確か名前は…ミノ…
「出たよぉミノタウロス!!」
「そうそれ、ミノタウロス!!」
って、知ってるんですか!?
「やっぱり出てきたか牛イィ!!」
「は?」
そんなひと言を聞いた瞬間、恐怖がどこかに吹っ飛んでしまった。
雄叫びを上げたミナさんの服装が、一瞬で聖女の白いローブに戻る。
え、牛?
これが?
まさか、これを探してたんですか?
って事はその…
え?
これ食べる気ですか?




