何でそれだけいないの
勇んで臨んだものの、経験上かなりはっきりと予想は出来ていた。
ミナさんがどれだけ料理できるかは知らない。知る機会などなかった。
あたしはけっこう得意だ。メイドの仕事として料理する事はないけど、
幼い頃から母からも伯母からも割とがっつり教えてもらっていたから。
だからこそ分かる事実があった。
この焼肉のたれという代物、たぶんすぐ出来上がるだろうなと。
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「思いのほか早く出来たね」
「まあ…そうですね」
「何、何か言いたそうじゃないの。せっかくだからハッキリ言ってよ」
「じゃあ…」
出来上がったたれを瓶に移しつつ、あたしは淡々と告げた。
「これ、あくまでソースですよね。どっちかと言うと、これを塗る方に
手間と時間をかけるべきなのでは」
「ほほう、鋭いところを突くな」
そんなに鋭いかなあ。
いくら異世界の食べ物とは言えど、根本的なところは変わらないし。
ってか、見りゃ分かりますよ。
「だけど、ちょっと違う」
「は?…ああっしまった!」
思わず向き直った拍子に、ちょっとこぼした。ううん、不覚…
怒る風もなく濡れ布巾を差し出し、ミナさんは小さな笑みを浮かべる。
「確かにこれソースの一種だけど、手間かけた料理用じゃないよ」
「…焼肉という以上、やっぱり肉を焼いてそれにかけるんですか?」
「そう。シンプルイズベスト」
「……………」
ごくごく個人的には、それを料理と呼称するのはちょっと抵抗がある。
お国柄と言うかお世界柄と言うか、何しろあたし的には…
「何、これ使うレシピを考えてたりするのジェス?」
「う…まあ、はい」
バッチリ読まれてしまった。
「まあそれも楽しみにしたいけど、今は本家を目指すのよ!」
「本家?」
つまりそっち世界の焼肉ですか。
別に構いませんけど、ひょっとしてお肉を仕入れて捌いたりする気?
さすがにそんなワイルドな調理は、ほとんど経験した事ないんですが…
「ってわけで、肉獲りに行こう」
「は!?」
思わず声が裏返ってしまった。
盗りに行くって何ですか聖女様!!
「犯罪には加担できません!」
「違うっての。けものへんのトルの方。つまり狩猟よ」
「へ?」
けものへんって何ですか?
いや、って言うか狩猟ですと?
あたしとあなたで?
ご冗談を!
…言ってる顔じゃないよね、うん。
もういいや。
どこまでもお付き合いしますよ。
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「さあて、この辺か…」
あちこちを確認しながら歩いていたミナさんが、森の手前で立ち止まり
その奥をじっと凝視する。え、ここ禁足地じゃなかったっけ?…確か、
大きな地下迷宮があるとか何とか…
「こ、こんな所で何を獲ると?」
「牛」
「は?…何ですかウシって?」
思わず問いかけたあたしにくるりと向き直り、ミナさんは何だか複雑な
表情を浮かべた。…何でしょうか?あたし、何か気に障る事でも…
「じゃあ、豚は知ってる?」
「知りません」
「こっちの名前だと、リーピ」
「あ、それなら知ってます。丸焼き美味しいですよね」
「んじゃあ、鶏は?」
「すみません、知りません」
「こっちの名前だと、ケーオ鳥」
「知ってます。ローストしたもも肉美味しいですよね。玉子焼きも」
「んじゃあ、羊は?」
「知ってます。シチューにするのが一番美味しいですよね」
「何で羊はそのままなのかなぁ…」
腰に手を当てたミナさんは、何だか嘆かわしそうな顔で首を振った。
「さっきの食材もそうだけど、この世界の食べ物はあたしのいた世界と
すごい似てる。たいてい違う名前になってるけど、それは別にいい」
「…もしかして、ウシも元の世界の食材…というか、家畜ですか?」
「そう!その通りッ!」
我が意を得たりといった声で叫び、ミナさんは変なポーズをとった。
ああ、何か溜まってたんだなぁ。
なるほど、そういう事ですか。
「豚も鶏も羊もいるのに、牛だけがいない!乳牛も肉牛もいないのよ!
お肉はおろかミルクも飲めない!」
「いや、ミルクはいつも食事に…」
「そう、おいしいヤギの乳がね!」
「ヤギ?」
「トルゴの事!」
「あ、それもいるんですね」
「何で牛がいないの!?って言うか何でいなくなったの!?」
「え?」
いなくなった?
つまり、前にはいたんですか?
この世界に?
…どういう意味だろ、それ?
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話はそこまでだった。
禁足なんぞ知った事かという勢いで森に分け入り、ミナさんはずんずん
奥へ歩を進めていく。焼肉のたれとお米と鍋を背負いカバンに詰めて、
あたしもその後をびくびくしながら追いかける。…どこまで行くの?
「おっと、あったあった」
ほどなく木立ちが途切れ、いかにも地下ダンジョンの入口と言いたげな
崩れかけの建造物が現れる。いや、本気でここに潜る気ですか?
「おおー、読める読める。なるほど智華の言った通りだわ」
不安が全開のあたしとは対照的に、ミナさんは妙にテンション高い。
何が彼女を駆り立てるのか。そしてこんな場所にウシなんているのか。
いたとして、どうやって狩りを…
「よおし、レッツハンティング!」
「え、ちょ、あの」
「あたしについて来て!!」
取り付く島がありません。ってか、あたしがついて行くの確定ですか。
逃げるとは微塵も思いませんか。
…まあ、今さら逃げませんけど。
ワクワクしてるのも事実ですけど。
「待って下さいってば!」
「早く早く!置いてくよォ!!」
「ちょっとー!」
階段に差し掛かると、声が響く。
一介のメイドがダンジョンに挑戦。何の冗談ですかコレ。
ここまで来たら楽しみますとも。
目指せ焼肉!!




