聖女とお出かけ
つくづくワケが分からない。
何とか服を身繕って着替えをさせ、泥棒のようなやましさを感じながら
聖女を連れて屋敷を後にした。特に咎められる事などなかったものの、
それは門番たちが聖女の顔を未だに知らないからに過ぎない。つまり、
ただの幸運だ。当の聖女はいたって気楽な雰囲気。何かハラ立つなあ。
それでも、これで今の彼女の機嫌が保てるというなら反対は出来ない。
ごく個人的に言えば、引きこもりはあまり良くないと思っていたから。
深く考える余裕もないまま、勢いで外まで出てきてしまっていた。
そこで我に返り、本当に今さら少し怖ろしくなってくる。
そう言えば、買い物って何を?
食材としか聞いていないし、しかも焼肉のたれって何なんだろうか。
おそらく、聖女が元いた世界にある食べ物なんだろう。だけどそれを、
果たしてこの世界にある食材だけで作る事なんて出来るんだろうか…
「さー行こう。市場ってどっち?」
「あの…えっと…」
どう言えばいいのか迷う。と言うかそもそも、市場のどこへ案内すれば
いいのだろうか。今の段階では…
「あ、そうそうこれ買い物リスト」
「えっ?あ、はい拝見します…」
ひょいと差し出された紙を反射的に手に取る。すっごい意外だった。
まさかちゃんとメモしていたとは。だけど、いったい何を……
……………
「あの、ミナさん」
「うん?」
「買い物って、これだけですか?」
「そう。揃えたらタレを作るよ!」
「………」
何だろう。
もっと法外な値段の高級食材とかを買わされるかも…と思ってたのに。
記されていたのは、実にささやかな食材ばかりだ。加えて言うならば、
どれも大して嵩張らない。一人でも十分に買って帰れる量である。
どうしてこんなものを、わざわざ…
まあ、いいや。
文句を言ったり暴れたりといった、不毛な事でないなら実に好ましい。
この人の機嫌がよければ、それだけあたしの懸念も減るし平和になる。
ああだこうだ言う前に、まず彼女がやりたい事にとことんつき合おう。
うん、それでいいよ。
あたしも大人になったなあホント。
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「いやー、いい天気ねえ」
「そうですね」
確かにいいお天気。買い物するには絶好のお日和だ。…それにしても、
そのお買い物を聖女と一緒にとは。少し前までは想像もしなかった。
市場は大いに賑わってる。もちろんあたしのすぐ隣を歩いている女性が
召喚聖女だなんて、誰も知らない。そもそも召喚の事実を知る人なんて
本当に僅かだ。闇夜の魔女でさえ、もう忘れ去られて久しいから。
なんて事を考えながら歩く。そしてやっぱり、当然の疑問は口にする。
相手が聖女だからこそ、遠慮なく。
「この世界の食材に詳しいですね。正直、すごく意外でした」
「そうだろうね」
聞きようによっては失礼なあたしの言葉に、聖女は特に怒る気配もなく
答えてくれた。やっぱり機嫌いい。
「ぶっちゃけ、この世界の食事情はけっこうあたしのいた世界に近い。
醤油まであるのは驚いたしね」
「ショウユって何ですか?」
「そこに書いてあるラーノンの事。向こうの世界ではそんな名前よ」
「へぇぇ…」
メモを見直しつつ、あたしは率直に興味を惹かれた。という事は…
「モノは違わないけど、名前だけが違ってるという事なんですか?」
「そう、まさにそれ!」
我が意を得たりと言った口調でそう言い放ち、聖女は肩をすくめた。
「ややこしいったらありゃしない。存在しないんじゃなく名前が違う。
最初から無いなら諦められるけど、あるんなら意地でも手に入れるよ」
「なるほど…」
それは、大いに興味深い話だった。
聖女が元いた世界に関しては、何も知らない。知る方法もなかった。
それは多分、あたしに限った話ではないだろう。召喚を行った人たちも
おそらく知らなかったに違いない。いや、どうでもよかったんだろう。
とにかく闇夜の魔女を倒せるだけの力さえ得ていれば、後は知らない。
無責任極まりないけど、おおよそはそんなところだろうと確信してる。
言うまでもなく、これまでは聖女とそんな話は絶対にできなかった。
不用意につついて元の世界に戻せと言い出されたら、完全に藪蛇だ。
正直、興味を持つ事さえなかった。
だけど、今になって。
ようやく聖女が語り始めた世界は、思ったよりこの世界に近いらしい。
固有名詞が少し違っているだけで、同じ食材が存在しているというのは
本当に興味深い。ひょっとすると、そっちの世界に行っても楽しいかも
知れない。そんな想像さえ出来る。異世界なんて縁がなかったけれど。
「ちょっとは興味ある?」
「大いにあります」
笑みを浮かべる聖女の問いに対し、あたしは素直に思うまま答えた。
異界の存在だとばかり思っていた、目の前の聖女。その存在が意外と…
「……あれ?」
「どうかした?」
そこで気付いた。ちょっと待って。
「事情は分かりました。ですけど、ミナさんって今日までまともに外に
出た事ありませんよね?」
「まあ、この世界の外にはね」
この世界の?
何だろ、気になる言い回しだな。
時々気配が無くなってる事と、何か関係があるんだろうか。まあ今は、
それは置いておこう。
「こんな場所に来た事も、ましてや買い物をした事も無いでしょうに。
どうしてここまで具体的に、名前の違いを知る事ができたんですか?」
「おっと、いいとこ突くねえ」
あたしの問いに、ミナさんはむしろ嬉しそうにそんな言葉を返した。
「確かにちょっと前までは、名前の違いどころかどんな食材があるかも
全然知らなかったよ。ぶっちゃけ、そんな事に興味もなかったし」
「じゃあ、どうして今になって?」
「ま、認めるのは癪だけどさ」
そこでミナさんが、少し皮肉っぽい笑みを浮かべて肩をすくめる。
何と言うか、これこそが彼女らしい仕草なんだろうなと不意に思った。
「上司に色々と聞いて、この世界にちょおっと興味が湧いてさ」
「え?」
聖女に上司?
「で、調べてもらった。とりあえず焼肉のたれの材料の名前だけ…」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
思わず問わずにはいられなかった。
「上司って誰ですか?」
「ついこないだ訪ねて来たでしょ?あの黒髪のチンチクリンよ」
「え、それって確か…闇夜の魔女のお友だちって名乗ったあの人?」
「そうそう、あれよ」
言いながら、ミナさんの指がメモを指し示した。
「ウシが焼肉のたれを語るってね」
「……はい?」
ごめんなさい。
ちょっと何言ってるか分かんない。




