信長と世界の向かう先
『あーここまで侵蝕しちゃったか』
捕縛した信長恐竜をスマホアプリでスキャンし、リプネリスさん宛てに
送信。その結果がこの言葉だった。何と言うか、手遅れ感があります。
「戻すのはもう無理ですか?」
『もともと別人に転生させるから、戻すという概念はないんだけどね。
だけど、ちょっと詳しく調べないと何とも言えないなあ。信長本人も、
その世界もね』
「じゃあ、どうしましょうか」
『とりあえず、調べる間待ってて。そんなに長くはかからないから』
「了解です。それじゃ」
そこで通話を切り、すぐ傍でじっと聞いていた平手さんに向き直る。
スマホはスピーカーにしてたから、彼はリプネリスさんとの会話も全て
聞いてる。…我ながらホント雑だ、やってる事が。
「若は、もう助かりませんか」
「いや、そんな事はないと思いたいところなんですが…」
はっきり答えられないのがいささか不本意だけど、この答えは難しい。
どっちみち転生する事は決まってる以上、生とか死とかが曖昧なのが
現状だ。このまま死なせるってのはさすがに無い…と思いたいけれど。
「とにかくもう少し待ちましょう」
「…承知した」
訊きたい事は山ほどあるだろうに、この人の自制心は大したもんだね。
ミナもあいちゃんも、その点は彼を評価しているらしい。顔で判るよ。
あれから恐竜の襲撃はない。けど、まだ問題は解決していない。
もどかしい待ち時間だった。
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ここまでの会話で、平手さんは既にあたしたちがどういう存在なのかを
彼なりに受け止めている。もちろん転生だ何だは理解し難いだろうけど
少なくとも分かる範囲でね。そんな難解きわまる解釈の中、とりあえず
あたしたちが違う世界からの来訪者で、しかも500年くらい未来から
来ているという事も理解している。もちろんこれも、彼なりにだけど。
だけどあたしたちは、これから先の歴史の中で織田信長が何をするか、
彼に語るのは控える事にした。別に過去に来ているわけじゃないから、
歴史改変とか気にする必要はない。異世界の事だから、語ってもいい。
そういう意味で言えば、あたしたち転生管理会社の人間は割と自由だ。
語らない理由は、規則とかそういう類じゃない。
もう、意味が無いからだ。
桶狭間の戦いで今川義元を討つとか室町幕府を滅ぼすとか、あるいは
比叡山を焼き討ちにするとか。その果てに、明智光秀の裏切りによって
本能寺の変で討たれるとか。信長の生涯は波乱万丈で、実に刺激的だ。
今回の信長だって、モエビトになる展開さえなければ同じ覇道を歩んで
本能寺に至っていただろう。だけどそれはもう、決して起こり得ない。
あたしたちにとっては過去の歴史の1ページでも、ここではその全てが
未来でしかない。恐竜になり果てた信長は、もう歴史から外れている。
もしもの話など、今さら語ったって虚しいだけ。平手さんにとっても。
知っておいて欲しい事はそれなりに伝えた。後はもう、彼次第だ。
リプネリスさん、まだかなぁ。
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「それで若は、これからどのような世界に送られるのでしょうか」
「織田信長世界です」
「は?」
あたしの間の抜けた即答に、沈痛な面持ちだった平手さんの声が露骨に
裏返った。ホント、すみませんね。
「何ですかそれは」
「こんな風に世界を歪めてしまった多くの世界の織田信長を、一箇所に
集めて暮らさせている世界があるんですよ。既にこれまで、60人以上
送られていると聞きました」
「若が…60人以上…?」
あ、これもうダメだ限界だ。
平手さんの理解できる許容範囲を、はるか彼方までぶっちぎってるね。
あたしだって、柳橋さんからこれを聞いた時には目が点になったもん。
織田信長世界っていうのは、名前と裏腹に「織田信長」が日本史の中に
現れなかった珍しい世界だ。どんな歴史なんだろうと思うけど、実際は
そんなに変わらない。世界大戦とか原爆投下を、同じように経ている。
とにかくこの世界は、織田信長への影響がないという事で「転生先」に
指定されているらしい。もちろん、転生した信長たちには記憶はない。
モエビトとしての力は転生した際に完全に削除されているので、普通の
人間としての生涯を送る事になる。何でも信長は別世界のモエルギーで
モエビト化しているため、転生した時点で簡単に力を取り除けるとか。
とことんまでイレギュラーな存在という事なんだね。勉強になります。
会社の上司と部下がどっちも信長…とか、想像すると少し面白いけど。
何にしても織田信長という存在は、あらゆる世界で厄介な因子になって
しまっているという事だ。本人は、間違いなく被害者なんだけどね。
「…別人になって生きるか。それも良いのかも知れん。今のままでは、
難渋するのは目に見えておるゆえ」
「…………」
あたしたちには、平手さんにかける言葉が無かった。
彼が信長という存在に、途方もない苦労をさせられたって話は有名だ。
思いつめて自刃したという末路も。今ここで信長を見送ったとしても、
やはりこの人の今後は厳しい。もう具体的なアドバイスもできない。
頑張って下さいというのも、何だかちょっと無責任な感じがするし。
しばしの、気まずい沈黙ののち。
『はい、お待たせー』
ようやくリプネリスさんから連絡が来た。さっそくスピーカーで聞く。
「どうでしたか?」
『世界の歪みに関しては、これ以上広がる事はないみたいね。だけど、
すぐには元に戻らない。しばらくはポロポロと恐竜が出現すると思う。
まあ、小さい種だけだろうけどね』
「…しばらくと言うと、具体的にはどのくらいですか?」
『雑に見積もって800年ほどね』
「うエっ!?」
思わず変な声を漏らしてしまった。
今から800年って、24世紀までこのジュラシック現象が続くの!?
そこまでイっちゃってるのここ!?…なんか、変な汗が出てきた気が…
「いいじゃん別にそんなの」
動じる気配もなく言い放ったのは、気のない表情のミナだった。
「根こそぎ世界が恐竜時代になる…って話なら大問題なんだろうけど、
こんな感じにポロポロ出てくるだけなら大した問題じゃない。意外と、
駆除したり捕獲したりする方法とかできるって」
「そうかなぁ…」
「デカい熊だと思えばいいでしょ?そもそも恐竜なら、日本の冬なんか
まず生きて越えられないだろうし」
『そうそう、何とかなるよ』
「うーん…まあそうか」
言われてみればそんな感じかもね。捕まえて見世物にするとか、武将の
兜にあしらわれるとか、もしかして彫刻とか襖絵とかにも登場したり…
やばい。
別の意味でアドレナリン出てきた。
めっちゃ見てみたいな、この世界の未来の姿を。
うん、もう気にするのやめよう。
悩むだけ損だ。
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「それで、この信長は?」
「いかがか!?」
あたしの問いに平手さんも便乗。
もはや相手が誰かとかは、どうでもいいんだろう。ただ聞きたいだけ。
うん、心中お察しします。
『転生は出来るけど、このままじゃいずれまた恐竜の因子が顔を出す。
何年か経ったらそういう体の変化が現れるかも知れないって事よ』
「そんな…」
「どうするんですか?」
『TSね』
「はぁ?」
また間抜けな声を上げてしまった。いや、TSってひょっとして…
『女性として転生させれば、現在の体の恐竜因子は完全に削除できる。
それが一番安全で確実でしょうね』
「え…いやあの…そう…なんですか」
返す言葉に窮した。
この事態の収拾に最も確実な方法が性転換って、予想外にも程がある。
そりゃ織田信長の女性キャラ化ってひとつのテンプレだけれど、それを
今この場でやるなんてのは無茶だ。だってここには、平手政秀さんが…
「若をおなごにするという事か?」
『そうです』
「何と……」
…………
あの、平手さん?
何でそんなに食いついてるんですかあなたは?いや、目がギラついて…
控えめに言って、怖いんですが。
…何のスイッチ入ったんだ、これ?




