恐竜を統べる若
『目標に接近』
「そうみたいね」
「あー、この気配がそうか」
「…この禍々しい気配が…若か…」
あ、やっぱり平手さんも判るんだ。そりゃあもう、空間がちょっとだけ
歪んでるのが見えてるもん。戦国の世を生きる侍なら、こういう気配も
感覚で察知できるって事だろうね。だったらもう、変な遠慮は無用だ。
「この先って、何がありますか?」
「集落があったはずです。かつて、一揆を先導した者たちが落ち延びて
再起を図っているとか…」
「何でそんな物騒な連中が野放しになってんの?」
「疑わしいというだけで、ここまで攻め入る事は簡単に出来んのです」
「ああ、なるほど」
そのあたりは色々難しいんだろう。あたしたちにとやかく言えるような
事じゃない。こっちはやるべき事を粛々とやるだけだ。
自分の感覚や常識だけで、異世界を計ろうとするな。
許せるか許せないかを決めるのは、その世界に生きる人間だから。
チームを結成した際、柳橋さんから言われた事だ。もちろんある程度は
自分なりに理解してたけど、やはり言葉として言われると肝銘できる。
ここは戦国時代の日本。ある意味、ベタな異世界よりも遠い世界だ。
気持ちを切り替えていこう。
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道なき道を強引に走る。あれから、ラプトルの追撃なども来ていない。
そしてここまで来ればもう分かる。目指す先に、モエビトがいる事も。
その気配はどこまでも底が知れず、そしてどす黒かった。
「…ん?」
左右の木立ちが開ける前に、前方の空間に大きな動くものが見えた。
遠目にも、何であるのかはおおよそ想像がついた。
「あー、デカイのもいるみたいね」
「そうみたいね」
『やっぱりそうですか』
映画でもしょっちゅう見てたっけ。
新しい説が出る度に色が変わったり羽毛が生えたりする、最強の恐竜。
その名はティラノサウルス。それが2頭、円を描くように歩いている。
グォン!
速度を緩める事などなく、あたしは木立ちの先の広場に駆け出ていた。
強引きわまるブレーキで急停止したサイドカーを、ティラノサウルスが
睨み据えている。2頭かと思ったら3頭だった。いずれも実にデカい。
…まさかここで実物を拝む事になるとは思わなかったなぁ、ホントに。
「若ッ!!」
迷わずサイドカーから飛び降りて、平手さんがかすれた声でそう叫ぶ。
ずっと探し求めたであろう人物は、すぐ目の前の椅子に座っていた。
「よう、平手の爺じゃねえか。よくここまで来れたもんだな?」
「何をしておいでですか…!」
「不逞のやつらの掃討だよ。それは見て察しろよ爺。」
「………」
あれが信長か。
言いにくいんだけど…その、若干…
「イメージ違うなあ。あんな普通の見てくれなわけ?」
「まあ、イメージと現実はね」
言いながら、あたしとミナも降りて平手さんと並び立つ。あたしたちを
見据え、信長はニイッと笑った。
「…妙な格好をした女どもだな」
「初めまして。丑三ツと申します」
「そっちの女は何て呼びゃいい?」
「………」
「あ、ミナでよろしく」
何も答えないミナの代わりに告げて愛想笑い。上司はつらいなホント。
にやにやと座ったまま笑う信長は、明らかにミナがお気に入りらしい。
そんな彼の背後に、護衛か何かかと思わせる動きでティラノサウルスが
控えている。どうやらどの個体も、完全に彼に隷属しているらしい。
…なるほど、もはや意図的な召喚が出来るようになってる…って事ね。
状況は加速度的に悪化してるなあ。
しばしの沈黙ののち。
「帰りましょう、若」
意外にしっかりした声で平手さんがそう言った。震えてもいない。
さすがと言うか何と言うか…
「濃姫様がお越しになりますから」
「俺としては、そっちの金色の髪の女の方が好みだがな」
「……」
うわぁ、やっぱりそういう流れか。当のミナは無表情で立ってるけど。
チラっと見ると、平手さんは両手を固く握り締めていた。
…うつけにも限度があるよ、若?
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「まあ、見ろよ爺」
「?」
「厄介だった連中もこのザマだ」
ガサッ!
信長が右手を振ると同時に、背後の茂みから無数のラプトルが現れた。
どの個体も、人間の遺体をくわえて歩み寄って来ている。どうやら、
この集落にいた謀反人たちらしい。食べないで置いていたという事は、
このラプトルも完全に支配下か。
恐竜の支配者となった、織田信長。実に斬新なシチュエーションだね。
遺体の中には、女性も子供もいる。見境なしに襲わせて滅ぼしたのか。
さすがにちょっと、気が滅入った。
「最初は何かと思ったが、意のまま操れるってのはなかなか愉快だぜ。
この力があれば、道三も今川義元も怖くねえ。天下はもう俺のもんだ」
「……本気のお言葉か、それは」
「当然だろ?なあ爺。これが俺の」
「聞きとうないわ!!」
平手さんは、そこで絶叫した。
「うつけと呼ばれた若を信じてきたわしこそが、真のうつけじゃった。
そんな力に溺れた若に、織田家など継げるはずが無かろうが!!」
「………何だと?」
「丑三ツどの、真浄寺どの」
「はい?」
「ここまで連れて来て頂き、感謝に堪えません。おかげではっきりと
分かり申した。あれなる若はもう、わしの知る若ではないと」
「あ、そう。了解」
しぼり出すような平手さんの言葉に対し、ミナは素っ気なく答えた。
不愛想だなと思うけど、彼女なりに彼の意気に応えるつもりだろう。
声と表情で、それは判るよ。
「…誰にモノを言ってんだ爺。俺はこの尾張を、世界を統べる者だぜ。
爺はそれを傍らで見られるんだぜ?そんな面白え光景を」
「もういいよ」
遮ったのはミナではなく、あたし。一歩前に出て、信長を見据える。
恐竜を侍らせ、無数の遺体をむしろ誇らしげに見せつけてくる若者。
あれが若き日の織田信長という事を踏まえれば、まさに魔王と呼ぶべき
存在なのかも知れない。おそらく、このまま行けば実際にそうなる。
かつてのあいちゃんのように。
いや、自ら望んでいるいう意味で、もっと純粋なモエビトの魔王だ。
「…何だよてめえは。俺に意見するつもりか?」
「意見…どうかなぁ」
凄むその気配は禍々しい。それは、確かに肌でひしひしと感じ取れる。
もう時間が無いのも事実だろう。
だけどあたしは、自分でも驚くほど冷めていた。いや、白けていた。
たぶんミナもあいちゃんも同じだ。
この世界を崩壊させつつある、目の前の若き織田信長。
彼の存在は禍々しくて。
そして、何だかちっぽけだった。




