ありふれ過ぎたお仕事
『ええー、平手政秀さんですか?』
「に、人形が喋った!?」
ラプトル襲撃現場をひとまず離れ、待機していたあいちゃんを召喚。
…予想通り、平手さんはビックリ。まあそりゃそうだよね。雑だなあ、
あたしたちも。
「知ってんの?」
『学級文庫の、まんが日本人物史に登場してたのを憶えてるよ。確か、
織田信長の乳母だったとか…』
「いや何でよ!」
ミナからの質問に、得意げに答えたあいちゃんを放置したのが間違い。
最後の最後に変な単語が出てきた。
「拙者は傅役。乳母ではござらん」
『あっ、ハイ失礼しました』
いたって普通に答える平手さんに、さすがのあいちゃんも謝ったよ。
…と言うか平手さん、気のせいかも知れないけど若干不本意そうだな。
まあ、そこは深く聞くまい。
「傅役って、教育係ですよね?」
「さよう」
「幸先いいじゃん」
腕組みをしたまま、ミナが言った。…もうちょっとかしこまれないか、
キミは。…無理だろうなぁ。
しかし、確かに幸先はいい。
この世界に来て初めて遭ったのが、この人だったというのは。
…とは言え、もう猶予が無い。
まさかこんな所でヴェロキラプトルに襲われるなんて、想定外の極みと
言える異常事態だ。そして悪い事に「心当たり」があり過ぎる。
あたしにもあいちゃんにもね。
世界が、歪み始めてるって事だ。
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「…正直、わしは何が起きとるのかサッパリ分からんのです」
平手さん、冷静かつ正直な人だね。何と言うか、ちょっと助かる。
そもそも正気を保っている時点で、さすが織田家の重臣って感じだし。
「あの獣は、なんであろうか?」
「恐竜です」
「恐竜、とは…」
『何億年も前に、棲息していた生物です。あれはヴェロキラプトルって
種ですね。凶暴な肉食の恐竜です』
「……何億年、とな…」
ミナが殴殺した個体に視線を向け、平手さんはうめき声を上げる。
さすがに受け入れ難いだろうけど、どうやらあたしたちがデタラメを
言っているとは思ってないらしい。けっこう柔軟性があるなぁこの人。
「では、妖の類ではないのですか」
「ええ。れっきとした古生物です。と言っても、この時代に生きている
状況は間違いなく異常ですけれど」
「ふぅむ……」
けっこう話の分かる人だったので、言ってもいい事は言ってしまう。
戦国時代の人にヴェロキラプトルの説明をするのが「言ってもいい事」
かどうかは微妙だけど、どっちみち大した意味はない。今起こっている
「怪異」の結果ってだけだからね。
しばしの沈黙ののち。
「…貴方がたは、この尋常ならざる事態の理由をご存知なのですか?」
「ええ、まあ」
「知ってます」
『と言うか、そのためにこの世界に来たわけですから』
身もフタもない事を平然と言い放つあいちゃん。やっぱ経験者だねえ。
だけど今はとにかく、この状況への最短ルートの打開策を探るべきだ。
すみません平手さん。
巻き込んじゃって、申し訳ない。
是非とも協力して下さい。
「差し支えなければ、原因について教えてもらえまいか。わしとしても
これは放ってはおけん。何かしらの進言を殿にせねば、事態の収拾など
見込めませんからの」
「それはそうですよね」
戦国時代の侍たちと恐竜との戦い。実に燃えるシチュエーションだけど
面白半分は許されない。戦いなんて言ってるけど、これは世界の侵蝕。
多少の数の恐竜を仕留めたとしても解決にはならないし、もう現時点で
世界の歪みは始まっている。なら、モエビトを転生させるか殺すかしか
真の収拾への道はない。とは言え、平手さんにどう説明すればいいか…
「この世界を歪ませている原因は、最初から明白ですよ」
あたしの迷いなど全く意に介さず、ミナが平手さんに言い放った。
「何でありますか?」
「織田信長、その人ですよ」
顔色一つ変えずに言えるその胆力、やっぱり聖女はひと味違うなあ。
そう、そういう事なんですよ。
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「若が…?」
さすがに平手さんは瞠目していた。
「まさかあの恐竜を、若がこの世に呼び寄せたと言うのですか?」
「決して意図した事じゃないけど、そういう事です」
「それはその…確かに若には普通と違うところはあるが…何ゆえ?」
「何ゆえ?って思いますよね」
あたしは、今の平手さんの気持ちが痛いほど理解できていた。
若き日の織田信長が、「うつけ」と呼ばれていたのは有名な歴史話だ。
とにかく型破り過ぎたため、織田家に混乱が生じた。今思い出したけど
そんな信長を諫めるために自刃した家臣がいたんだっけ。つまりそれが
目の前の平手政秀さん…って事か。さすがにちょっと不思議な話だね。
そんな人と話をしてるなんてのは。
平手さんが信長の傅役だとすれば、今起きている世界の崩壊はあまりに
残酷だ。織田家がどうのといった話以前に、世界すら滅ぼしかねない。
「若さまが悪いってわけじゃない。彼が織田信長だという事実こそが、
この状況を招いた原因なんです」
ゆっくりと説明するうち、あたしも何だか落ち着いてきた気がするよ。
いや、覚悟ができたって感じかな。
もう既に世界の歪みが生じており、どうやら犠牲者も出ている現状。
腹を括って臨まないとね。
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「意味が分かり申さぬ」
さすがに平手さんの口調がちょっと荒くなる。当然だよね、そりゃあ。
ヴェロキラプトルが現れた原因が、若さまだと言われて信じられるか。
加えて、言ってるあたしたち自身もあまりに怪しいし。
「そもそも貴方たち三人は、何ゆえそこまで若を知っているのです?」
「そりゃまあ、その…」
『織田信長ですからね』
「それが理由っちゃ理由だよね」
「…………?」
平手さん、思いっきり怪訝顔。
無理もない。
今この世界のこの時点においては、信長はまだうつけと呼ばれている。
濃姫との結婚すらまだだとすれば、もちろん桶狭間の戦いも先の話だ。
弟との確執などを越えて天下人への階段を駆け上がるのは、未来の話。
明らかに異人であるあたしたちが、したり顔で語るのは不思議だろう。
その疑念はよおく分かりますとも。
だけど、現実は現実だ。
この世界に生きる信長だけでなく、そもそも「織田信長」という存在は
すでに概念と化している。それこそ世界を超え、時空さえ超えるほど。
柳橋さんも社長もリプネリスさんもみんな、その点は口を揃えている。
織田信長は、定番なんだよと。
こんなビッグネームの事案に、まだ結成したてのあたしのチームが臨む
理由はひとつ。そんなに言うほど、レアな案件じゃないからって話。
そう。
あたしたちには初めてだけど。
これはうちの会社にとっては、実に67件目の「信長事案」なのです。




