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丑三ツちゃんはGランク

でっかいメイスだなぁ…

すれ違った男性が持っていたソレを見た途端、一気に我に返った。


「メイスだなぁ」じゃないってば。

あんなの、コスプレでも見た事ない代物だ。しかも紛れもない本物。

あたしなんか、一発喰らっただけで肉片と化す自信がありますとも。


何をハイテンションになってんだ、あたし。そもそも何だ異世界って。

何なんだ冒険者ギルドって。そんな心構え、簡単にできるわけが…


「あ、あそこだ」


心構えを待ってもらえる間もなく、嬉しそうな柳橋さんの声が響く。

ハッと目を向ければ、いかにもって感じの建物がドンと目の前にある。


うん、あれが冒険者ギルドの建物という事なんでしょうね。

とりあえず、ビジュアル面は納得。だけどそれ以外は何ひとつとして…


「んじゃ行こう!」



うん、上司が容赦ない。


================================


「冒険者登録したいぃ?」


受付の女性からの怪訝そうな視線が刺さる。遠慮なく刺さりまくる。

堂々としてる柳橋さんと剛守さんはともかく、あたしはあまりにも場に

不釣り合いだ。誰よりあたし自身が痛感しておりますとも。


「また何で」

「まあ、何事も経験だと思って」

「命の保障はありませんよォ?」

「もちろん承知の上です」


ちがうちがう、承知してませんて!どうしてそこまで自信たっぷりに…


「まあ、いいですけど」

「どうもー」

「ええー…」


何も言えぬまま目の前で話は進み、あたしたちは冒険者登録する事に。

いや、実力見たりしなくていいの?水晶で魔力量とか測定しないの!?


…とまあ、うろたえはしたものの。実際のところは事前に聞いてます。


この世界、そしてこの国において、冒険者登録は本当に誰でもできる。

もちろん未成年は無理なんだけど、それ以外の、例えば能力的な理由で

「ダメ」と言われる事はほぼない。簡単な手続きをして登録の手数料を

支払えば、たちまち誰でも冒険者。とってもお手軽なライセンスです。


言うまでもなく、自己責任が大前提として存在している。登録した後で

怪我をしようが死のうが、限りなく自業自得。ギルドに文句を言っても

労災とか保険とかのアフターケアは何も期待できない。シビアですね。

このあたり、やっぱり現代日本とは決定的に感覚が違っている。


じゃあどうして、そんなにお手軽に冒険者登録ができるのだろうか。

その理由はいたって単純。登録さえしておけば、だれでもちょっとした

小遣い稼ぎが簡単にできるからだ。何も、危険な魔物を討伐するだけが

冒険者の仕事じゃない。薬草採取や素材集めなんてのも立派なお仕事。

ライセンスさえ持っていれば、己の都合に合わせて「仕事」ができる。

もちろん他の業種の人が兼業として登録するのも可能だ。冒険者一本で

生きていく人もけっこう多いけど、それはそれでかなりリスクが高い。

それこそ、相応の実力を持っている人が選ぶべき生き方なんだろうね。


客観的に考えれば、かなり合理的なシステムと言ってもいいだろう。

自己責任に対する覚悟さえあれば、今日から冒険者になれる!ってね。


問題は今このあたしに、そこまでの覚悟ができてないって事なんです。

だからそのう…


え、記名?

はいはい。ええっと…

ああ、あっさり受理されちゃった。書く項目、あれだけでよかったの?


え?…ライセンスカード?

あ、これですか。どうもありがとうございます…

…取れちゃったよ、ライセンス。


「よおしよし、おめでとう!」

「どうも…」


ぎこちなく掲げたカードに、何だかハイテンションに柳橋さんが喜ぶ。

ちなみに二人も、別の窓口で登録の手続きをしていた。どう見てもあれ

経験者の手際よさだ。きっと以前に同じ事を経験しているんだろうな。

一方のあたしは、流されるまま…



どうしよう、ホントに。


================================


とにかくギルドの建物を後にして、ついでにこの街からも出るらしい。

…え、ホントにライセンスの取得のためだけに来たんですか、この街?

じゃあこの後はどうするんだろう。仕事の依頼すら確認してないのに…


いや、それよりも。

もっと切実な問題があるんです。


「どしたの、もじもじして」

「いやあの…」


言わせるのかよう。


「と、トイレ行きたいんですが」

「あ、そうか。ゴメンゴメン」


ゴメンゴメンじゃないんだよう!

さすがにこの世界のトイレに迷わず入れるほど、あたしは図太くない。

でももう限界なんですよ…!


「えーと、ポイントどこだっけ」

「あそこの木の脇なら大丈夫です」

「オッケー、じゃ行こう」

「えっ!?」


まさかそこで用を足せと!?

いや、いくら何でも…!!

そんなあたしの悲愴な狼狽などには目もくれず、木の脇まで移動した

柳橋さんがスマホを取り出した。


「んじゃ、ポイントWC接続」


え?


キュイン!!


何かのアプリを起動させると同時に光が走り、次の瞬間にはその場所に

ドアが出現していた。え、何これ?…いや、確かどっかで見た覚えが…


「ホラ、早く入って丑三ツちゃん」

「え?あ、はい!」


訳も分からずにノブを握った瞬間、それが何のドアなのか思い出した。



そうだこれ、会社のトイレだ。


================================


予想通り。

ドアを開けて駆け込んだその場所は間違いなく、会社の女子トイレ。

あたしと柳橋さんが出かけているという事は、間違いなく空室状態だ。

何だろう、この絶大なる安心感は。実家のようなって、まさにコレだ!


というわけで、用を足します。

もう日が暮れているので、社内には誰もいないらしい。物音がしない。

と言っても、4人が出払ってるから残ってたのは社長だけ。だったら、

とっとと帰っちゃうのは当然だね。…うーん、実に不条理です。


ウォシュレットに水洗。素晴らしい文明の利器に今さら感謝します。

で…


あらためて見返せば、現代の日本のトイレに似つかわしくない魔術師の

服装。いきなり居心地悪くなった。なので服を整え、ドアを再び開け…


「早かったね」

「あっ、はい。」


ドアの向こうはやっぱり異世界。



うん、とことん不条理極まってる。


================================


どうやらどこの世界にも、こういう転移接続のポイントがあるらしい。

もちろん、元の世界の何かを丸ごと持ってくるなんて事は許されない。

世界観破壊も大概にしろ!ってね。だからあんな風に、世界同士を繋ぐ

ドアのみを転移で召喚する。今回はトイレだったけど、会議室なんかも

可能らしい。不条理で便利だけど、どこでも可能って訳には行かない。

そのへんは線引きがあるんだろう。何事も程々に、ってね。


さて、じゃあ本題ですね。


「これからその…お仕事ですか」

「そう。こっちで何かしら稼げば、リプネリスが両替してくれるから」

「両替…」


そう言えば、異世界でのお話なのに日本円のレートを明記してる作品も

意外とあったっけ。どういう意味があるのか全然分からなかったけど、

まさかこういうシステムとは…


「じゃあ、薬草採取とかですか」

「そんなショボい内職、ガソリン代にもなりゃしないよ」

「…やっぱり」


予想はしてました。って事は…



「やっぱ、冒険者と言えばでっかい魔獣の討伐でしょ!」

「ですよね」


納得してしまう自分が怖い。

柳橋さんの傍らで、剛守さんまでもうんうんと頷いてるし。

だけど、致命的な問題があります。


「…あたし、最低のGランクで登録されてるんですけど」

「そりゃそうだよね、うん」


納得しないで下さい。

こんなレベルのままでヘタに魔獣に挑んだら、即死確実です。



そのくらい、想像できますって!


================================


見た事のない文字だけど、読める。このあたりは本当にテンプレだね。

ランク表記がアルファベットという仕様も、もはや疑問すら湧かない。

で、あたしはGランク。当たり前の結果ですよね。各種パラメータも、

清々しいほど何にもない。あたしは間違いなく、最弱の存在ですって。

どういうシステムか知らないけど、このライセンスカードは残酷なほど

あたしの現状を明示していて…………

………………………………


うん?

凝視した手の中のカードに、何だか奇妙な既視感があった。もちろん、

文字が読める不条理とは違う何か…

柳橋さんも剛守さんも、何も言わずあたしをじっと見ている。これって

ひょっとすると、何かか試されてるのかも知れない。ええっと…その…


あ、分かった。

パラメータ表記の外側に施された、幾何学模様っぽい装飾の四隅部分。

まさかこれ…


「…ひょっとして、QRコード?」

「やぁっぱり、見破ると思った!」


それまで以上に嬉しそうな口調で、柳橋さんがそう言い放った。

どうやら正解らしい。剛守さんも、控えめに笑ってる。


この、いかにもな中世ファンタジー世界の真っ只中に、QRコード。

しかも冒険者登録のカード表面に。いやはや、デタラメにも程がある。

だけど、気付かないうちにあたしも笑っていた。笑わずにいられるか。

何度か機会があったけど、おそらくこれが一番のテストだったのかも。

そのくらい柳橋さんのテンションが高い。よっぽど嬉しいのかしら。


「んじゃ、これ支給ね」


そう言って柳橋さんが出したのは、社用と思しき青いスマホだった。

普通に社用スマホを受け取るのとは重みが違う。その意味はここまで、

嫌というほど実感してきましたよ。


今日になって、ここに至ってこれを支給されるという事が、どれほどの

意味を持つのか。さすがに今なら、あたしにもそこそこ想像できます。

まあ、おそらくその想像は斜め上にぶっ飛ぶんだろうなーと思うけど。

もはや望むところです。


って事でスマホ、迷わず受け取る。


開き直るの、これで何度目だろう。だけど、今のあたしは笑顔だ。

その事実が頼もしい。



さあ、討伐ミッションドンと来い!

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